第61話 第二段階:魔術の解放

 領主からの依頼クエストを受注し、奇々洞穴ストレンジケイヴへの探索に挑む為、訓練を受ける事となったウルたち。


 強さを偽り錯覚させる為の技術、魔素迷彩マナフラージュの存在をピアンから教わった彼女たちは、実に丸一日を費やし訓練していたものの――。


「……ピアン、魔素迷彩マナフラージュの塩梅は?」


 次の日、昨日と同じ訓練場に現地集合し、訓練を続けていた彼女たちの元へリエナが訪ねてきたのだが、

「あはは……いやぁ何とも……皆さん魔力量がとんでもないので、周囲の魔素との同調に苦戦してまして」

 そんな彼女の問いかけに、ピアンはポリポリと頬を掻きつつ苦笑しながら答えてみせた。


 それを聞いたリエナは予想の範疇だと言わんばかりに、ふぅ、と溜息をついてから、

「まぁそうだろうねぇ……ん? ハピの姿が見えないけど、あの子はどこに……」

 ウルたちに目を向けるも、栗色の髪と翼を持つ鳥人ハーピィの姿が無い事に気がついたのだが――。


「ここよ」

「っ!」


 すぐ後ろから、他の二人より随分大人びた女声が聞こえ、少しビクッとした彼女の豊かな胸が揺れる。


「……もう習得したのかい? しかも完全に消えるところまで……器用だねあんたは」


 こぼれそうになった胸を隠す様にズレた着物を直しつつ、姿を現した途端欠伸するハピに声をかけると、

「……まぁね。 それよりあの子たちにコツでも教えてあげて。 ウルなんて煙が出ちゃってるから」

 彼女はふいっと顔を横に向け、その場に跪いている残りの二人を指差して頼み込む。


 ――ハピの視線と指差す先には。


「……だぁああああっ! もー訳分からーん!!」

「むり……ボクにはむり……はは」


 魔素迷彩マナフラージュの魔の字も使いこなせず、うがあああと頭を掻くウルと、中途半端に習得したからなのか点滅しながら項垂れるフィンの姿があった。


「……あの二人はいかにも不器用そうだしねぇ……仕方無い、助言の一つでもしてやろうかね。 ウル、フィン、腐ってないでこっちにおいで」

「……何だよ、つーかお前がやりゃいいじゃねぇか。 探索も討伐も。 絶対あたしらより強ぇだろ」


 煙管キセルを片手にリエナがそう言って手招きすると、かたやウルは拗ねた様子で立ち上がり、かたやフィンはふわっと浮き上がって無言で近寄っていく。


「……あたしはもう引退した身だからね。 それよりピアンの説明は一回忘れな。 魔素の流れを読むなんて、あんたたちみたいな不器用者には土台無理だよ」

「んだとこの……!」

「はは……ボク不器用だったんだ……」


 リエナが二人に突きつける様にそう言うと、ウルは爪と牙に火を灯しつつ彼女に食ってかかり、フィンは目尻に涙を溜めて自嘲気味に笑っていた。


魔素迷彩マナフラージュの習得にはもう一つの方法があるんだ。 そっちならあんたたちでも何とかなるかもしれないよ」

「……ほんとに?」


 一方、煙管キセルを持った方の腕でウルを軽く押しのけ、もう片方の手をフィンの頭に置いてそう告げたリエナに、フィンは濡れた瞳で彼女を見上げて尋ねる。


「あぁ……まぁ絶対とは言わないけどね」

「……いや、その方が良い。 下手に絶対大丈夫とか言われる方がよっぽど信用出来ねぇからな」


 コクリと頷きつつも、若干自信無さげにボソッと呟いた彼女の言葉を聞いたウルは、少し希望が見えた分機嫌を直しつつも、彼女に背を向けてそう言った。


「その意気さね。 じゃ、次の段階へ進むとしようか」

「「……は?」」


 だが、突き放す様にそう告げられたリエナの発言に、二人は絶望的な表情を浮かべて声を重ねる。


「お、おい! あたしらは!?」

「もう一個あるんでしょ!? 教えてよ!」


 二人は一気にリエナに詰め寄り、彼女の紺色の着物を掴みガクガク揺らして問い詰めるものの、

「落ち着きな。 それに関しては最終段階で並行して教えられるから取り敢えず第二段階へ移る、いいね?」

「「……」」

 身体を揺らされながらも煙管キセルを口に咥え、空いた両手を二人の顔に押し当て距離を取り、崩れた着物を直しながら告げる彼女に、あまり納得がいっていないのだろう、二人は拗ねた様に頷いていた。


「……それで? 次は何をするのかしら」


 そんな折、しばらく蚊帳の外となっていたハピが、リエナの言う第二段階について尋ねると、

「あぁそれはね……『魔術の解放』だよ」

「「「解放?」」」

 何の気無しに答えてみせたリエナの口から出た言葉に、疑問をいだいた三人の声が図らずも重なる。


「……ピアン、説明よろしく。 あぁ、ウルやフィンにも分かりやすい様に簡潔にね」

「はい、店主!」


 ピアンの方が詳しいのか、ただ面倒だったのかは分からないが、控えていたピアンにバトンを渡すと、

「「……」」

「ひぇっ……」

 自分たちを蔑む様な発言をしたリエナを、そしてそんな彼女の言葉をあっさり肯定したピアンを、ゴゴゴゴという音が聞こえてきそうな程にウルとフィンが睨みつけた事で、ピアンは思わず声を漏らしてしまう。


 されど、折角店主が自分に任せてくれたのだから、と考え、首をブンブン振って気を取り直し、

「で、では……こほん。 まず前提としてですね? 魔術というものは、様々な要素によって分類されるんですが……級位や系統、範囲に属性……まぁ、ざっとこんなところですね。 ですが今回はもっと大きく、ザックリ二つに分けて説明していきます」

「あれ、二つでいいの?」

 わざとらしく咳払いしつつ、この世界における魔術の常識を真剣な表情で語り始めた彼女に、右手の親指と人差し指を折り曲げながらフィンが尋ねてきた。


「『教示的インストラクト』と『独創的オリジネイト』の二つです。 前者は先達に教わったり魔術書などに記された既存の魔術を指すのに対し、後者は自分で考えついた、或いは既存のものを全く新しく派生させた魔術を指すんですよ」


 そんな彼女の問いかけに、えぇ、と返事をしたピアンが同じく右手の人差し指と中指を立て、さも教師かとばかりに言い聞かせる様に語ったものの、

「「ん、んー……?」」

 ウルとフィンはそれぞれが苦々しい表情を湛えて腕を組み、どうやらいまいち理解しきれていなかった様で、何とか情報を脳内で整理しようと唸っている。


「……じゃあ、私たちが扱ってきたものはほとんどが……独創的オリジネイトに分類されるのかしら?」


 その一方で、彼女の説明の意図を大方理解出来ていたハピが、これまで自分たち三人が行使してきた様々な種類の魔術を振り返ってそう尋ねると、

「その通りです! 皆さんはその……異世界、から来たんですよね? 皆さんの話ではここに来てまだ一月ひとつき未満だそうですし、仮に誰かから教わっていたのだとしても、教示的インストラクトではあそこまでの威力は出せません」

 あくまで教範通りにですからね、と付け加えつつピアンはハピの言葉を肯定し、『異世界』という単語だけ周囲に聞こえぬ様に配慮して解説する。


 ……あの時草原で見た、業炎と巨氷を思い返して。


「それで? 私たちの魔術がその独創的オリジネイトだっていうのは分かったけれど、さっきリエナが言ってた『魔術の解放』とはどう繋がるの?」


 未だに疑問符を浮かべ、頭を抱えている二人をよそに尋ねてきたハピに、ピアンはこくっと頷いて、

「実は、独創的オリジネイトにはとある行程が必須になるんです」

「行程?」

 笑みを崩さず答えると、鳥人ハーピィだからという訳では無いだろうが、さも鸚鵡返しの様にハピが聞き返した。


「はい! それこそが『魔術の解放』、分かりやすく言えば……名付け、ですね!」


 そんなハピの問いかけに、ピアンはリエナが言った題目テーマを持ち出して自信ありげにそう言うと、

「「名付け……?」」

 『分かりやすく』という言葉の後に続けられた、『名付け』という至って簡単な言葉を耳にしたウルとフィンは、思わずピクッと反応して呟く。


教示的インストラクトは『教わる』訳ですから、最初にその魔術の名前を知る機会がありますが、独創的オリジネイトの場合そうはいきません。 何せ『独りで創る』んですから」


 そうです! とそんな二人にハピを含めた三人に、大きく二つに分けたそれぞれの魔術の性質を元気よく語ると、先程までずーっと唸り続けていたウルが、

「……だから、名前をつけろって?」

 情報の整理に労力を割いていた為か、若干疲弊気味な表情と声音でそう尋ねてきた。


「はい! 独創的オリジネイトはその行程を踏む事で初めて、本来の力を発揮出来るんです。 つまりは――」

「……魔術の、解放?」

「その通りです!」


 ウルの質問に答えるピアンの言葉をフィンが継ぐ様にそう言うと、ピアンはやっと分かってもらえたと言わんばかりに、満面の笑みで頷いている。


「ま、そういう事さね。 例えばあたしがあんたたちと最初に会った時に放った『狐炉命コロナ』も独創的オリジネイトだけど、名付ける前は狐をかたどった数体の炎を飛ばすだけの魔術だったんだよ。 あたしでもそれだけの変化があったんだ、あんたたちなら更に強化出来る筈さ……間違い無く魔族はいる、地力をつけといて損は無いだろう?」

「……悪くない話だわ。 ね、二人とも」


 話が一段落ついてからリエナが締めくくる様にそう言うと、ハピは満足顔で頷き二人に話を振ったが、

「けどよぉ、あたし名前付けるのとか覚えるのとか苦手なんだよなぁ。 持ち主に似て……おっといけねぇ」

「こら、そんな事冗談でも言っちゃ駄目だよ。 でも、ボクもそういうのはなぁ……」

 されどウルとフィンは、んー、と脳裏に最も大切な少女の顔を浮かべ、基本的に正式な名前を覚えようとしない望子の悪い癖を思い返しつつも、いやいや、と首を振って自分たちの言葉を否定していた。


 ――次の、瞬間。


「何を言ってんだい。 これは『訓練』なんだよ? 苦手だとか嫌だとかそんな言葉で逃げられるとでも?」

 

 リエナは二人に妖艶な笑みを向けて、先程までとは全く違う気迫の様なものさえ纏わせてそう告げる。


「へ? あ、いや別に嫌とかじゃ……」

「そ、そうだよ、逃げるつもりもなくて」


 二人はリエナからの誤解を解こうと、手をブンブンと振りながら必死に弁明せんとしたのだが、

「問答無用! さぁ行くよ! まずはあんたたちが扱える力を全て見せてもらうからね!」

「うぐぇっ! 引っ張んなぁ!」

「うわ熱っ! 煙管キセルが! 煙管キセルが当たってるからぁ!」

 結局それも彼女の言葉に遮られ、他の冒険者が使っていない木人やまとの方へと引きずられていった。


「あらら……私も行かないとかしら」

「すみません……店主、一度やる気になるとああやって歯止めが利かなくなるんです……」


 苦笑いで呟いたハピに頭を下げて謝罪するピアンに対し、ハピは彼女の頭に手を置いてから、

「気にしないでいいわ。 どのみち必要になるなら、彼女くらい強い人に見てもらえるのは幸運よ」

「っ、は、はいっ! ありがとうございます!」

 そう言って手を振りながらウルたちに合流するハピに、ピアンは尊敬の眼差しを向けていたのだった。


 ……その夜、領主の屋敷で一泊二日を経験し、戻って来た望子とアドライトだったが――。


「み、みんなどうしたの!?」

「これは……何事かな、二人とも」


 店内でグッタリとする亜人ぬいぐるみたちを見て、かたや望子は慌てて駆け寄り、かたやアドライトが首をかしげつつ事情を聞く為リエナたちに向けてそう言うと、

「ハピさんは単純に疲れただけでしょうけど……」

「……残りの二人は頭の回し過ぎ……要は知恵熱みたいなもんだよ。 はぁ、まさかここまでとはね……」

 ピアンは苦笑を、リエナは溜息をつきながらそう語り、差異はあれど一様に呆れの感情が見てとれる。


「「……?」」


 一体この二日で何が? 望子とアドライトは、そう言わんばかりにきょとんと顔を見合わせていた。

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