第60話 調査隊壊滅の原因

「……奇々洞穴ストレンジケイヴに到着してすぐ、わたくしたち魔導白兵隊は一斉に魔素迷彩マナフラージュを行使しましたわ。 鏡写しミラーリングが厄介なのは重々承知の上でしたから」


 語り始めたシャーロットの声は少し震えており、先程までの勢いは空元気だったのだろうと思わせた。


魔素迷彩マナフラージュか……後でミコちゃんにも教えないとね」

「え? ま、まな……?」


 今回の依頼クエストに望子も同行する以上、習得は必須の為、明日にでも手取り足取り指導をと考えたアドライトは彼女の頭を撫でており、一方の望子は聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべ、首をかしげている。


「隊長を始めとした熟達者ベテランの方々は、完全な『存在の隠蔽』を可能としていましたわ。ですが、わたくしたちの様な未熟者ビギナーではそうはいきません。 必要以上に自分を弱く錯覚させるので精一杯でしたの」

「……そして運悪く、奇々洞穴ストレンジケイヴに入ってすぐに私たちの幻影体ミラージュに遭遇し、強襲を受けたんです」


 そんな彼女たちの言葉に、まさか、と強い違和感を覚えたアドライトが首をかしげて――。


「君たち以外全員が幻影体ミラージュに、何て事は無いよね?」


 そんな筈は無いと思いつつも念の為にそう声をかけると、彼女たちは一様に首を横に振って、

「いいえ。 現れた幻影体ミラージュはわたくしたちのものも含めてほんの数体でしたから」

「隊長が指示を出し、私たちはそれに従って……大して手間取る事も無く消滅させる事が出来ました」

 入口付近で不意に起こった戦闘の模様を、彼女たちは息を揃えて簡潔に説明してみせた。


「まぁ、そうだろうね……あぁそういえば、一つ気になったんだけど……魔素迷彩マナフラージュを完全に習得出来ていない彼女たちの様な未熟者ビギナーを向かわせたのはどうしてかな? まぁ……大体想像はつくけどね」


 一方、アドライトは二人からクルトへと視線をスライドさせながら、彼の口から聞かない事にはと考え、答えをほぼ確信しつつも問いかける。


「……そうだな。 君の考えている通りだと思うが……奇々洞穴ストレンジケイヴはそこまで危険性の高い場所では無い……いや、無かったと言うべきか。 だからこそ、質より量を優先した。 魔族の痕跡があっても下級程度なら、と思っていた……、私の判断が間違っていたんだ」


 そんな彼女の質問に、クルトはギリッと歯噛みしながら机を叩き、ほんの一瞬素が出てしまう程には自分の不甲斐なさを責めてしまっていた。


「……クルト様、そんな事はありませんわ。 貴方様が仰られているのは、あくまで結果論ですもの」

「そうです。 私だって、奇々洞穴ストレンジケイヴならと油断していた部分もあったかもしれません……ですから、あまり自分をお責めにならないで下さい……」

「……すまない、本当にすまない……っ」


 数多くの上司や仲間たちを失って、自分たちも辛いだろうにいみじくも主人を慰めるシャーロットとジェニファーに、クルトは頭を下げて謝罪する。


「……それで? どうなったんだい?」

「ぁ、えっとですね。 その後、しばらく魔物にも魔獣にも、勿論魔蟲にも……一切の障害と出くわす事無く順調に調査を続けていたのですけれど……」


 そんな三人のやりとりを見ていたアドライトが、ふぅ、と軽く息を吐いてから先を促すと、シャーロットはハッとしてアドライトに向き直り、話を続ける。


 ――その時。


「――お二人は、魔族との遭遇……或いは戦闘した経験はありますか?」


 突然、ジェニファーがアドライトだけで無く、望子も含めてそう話しかけてきた。


 無論、望子は王都で魔族……もとい魔王軍幹部の姿を目撃しているばかりか、望子の身体の中から現れた《それ》がその幹部を吸収してしまっているのだが、

「え、えーっと……な、いかな……」

 それは絶対に言っちゃ駄目だぜ、とウルに注意されていた為、何とか目を逸らしつつ誤魔化した。


「……私は何度か、ね。 それで、今このタイミングで魔族の話をするという事は……」


 仮にも歴戦の銀等級シルバークラスであり、中級魔族との戦闘経験もある彼女が何かを察した様にそう言うと、

「……はい、いたんです。 深層に……が」

「「!?」」

 震える肩を抱きながらそう言ったジェニファーの言葉に、クルトとアドライトは目を見開いてしまう。


「どっ、どういう事だ!? 何故奇々洞穴ストレンジケイヴに、上級魔族なんてものが現れる……!?」

「それもそうだけど、その前に……何故その魔族が上級だと? まさか、自分からそう名乗ったのかい?」


 かたやクルトは身を乗り出して驚きを露わにし、かたやアドライトは平静を装いつつも、つぅっと冷や汗を流しながら彼女に再び確認する様に問いかけた。


「……は、はい。 会敵して、その存在が即座に魔族だと判断した隊長が指示を飛ばして、臨戦態勢を整えた途端に……一礼してこう言ったんです――」


 震える身体と声音でそう言うと、ジェニファーは一拍おいて深呼吸してから――。


『これはこれは、お初にお目にかかる。我輩の名はローガン。 この様な見窄みすぼらしい姿ではあるが、これでも上級魔族である。 以後よしなに、脆弱な人族ヒューマン諸君』

「――と、そんな風に」


 ……今となっては恐怖でしかない、薄汚れたボロボロの白衣を纏い、ボサボサとした癖っ毛な白髪が顔にかかるのも気にせず一礼する、丸眼鏡をかけた壮年の魔族の姿を振り返りながらそう口にする。


「上級、か……ウルたちと協力すれば何とかなるかもしれないが……その後、どうなったのかな」


 ここにはいない三人の亜人ぬいぐるみを脳裏に浮かべつつ、小さく呟いてから先を促すアドライトに対して、

「っ……それ、は」

「ここからはわたくしが。 いいですわね? ジェニー」

「……」

 一瞬言葉に詰まってしまった彼女に代わり、シャーロットがそう言って身を乗り出すと、ジェニファーはありがとう、とでも言う様に小さく頷いた。


「……隊長は優れた呪文戦士スペルウォリアーでしたわ。 決してすぐに戦闘へと突入する事はせず、なるだけ情報を引き出そうとしている様に感じました。 『何故ここにいる? 何か目的があるのか?』と」

 

 シャーロットは、自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめながら、あの時自分が見た事を出来るだけ詳しく目の前のアドライトたちに伝えようとしており、

「……優秀だね。 それで、魔族は何と?」

「はい……」

 おそらく既にこの世にはいないのだろう、彼女たちの隊長とやらを称賛しつつも先を促すと、シャーロットは先程のジェニファーと同じく深呼吸して――。


魔改造マスタムの技術向上が目的であるよ。 あれは元々我輩が考案したものではあるが、未だ発展途上。 先日の暴食蚯蚓ファジアワームも何某かによって消されてしまった様であるし、更なる被験体を用意せねばならぬ……魔王様の為にも、そして……我輩の知的好奇心を満たす為にも』


「――極めて昏い、邪悪な笑みでそう言って……」


 一息で語ってみせた彼女の息は少し荒くなっていたが……きっと息が続かなかったからでは無く、恐怖によるものなのだろうとアドライトは判断していた。


「魔王様の為に、か……」

「……っ」

「……どうかしたか?」

「っ、う、うぅん、なんでも、ない……」


 何気ないアドライトの呟きに、自分が魔王から狙われているという事実を亜人ぬいぐるみたちから聞かされていた為か、望子は思わずビクッとしてしまい、そんな望子の様子に違和感を覚えたクルトの問いかけにも、大袈裟なくらいに首を振って誤魔化してしまう。


「その後、奴は魔物や魔獣が出現しなかった理由も教えてきましたわ……何でも、洞穴中の自分以外の存在を全て魔素に変換して研究材料とするとか……」

「魔素に変換、か……とんでもないね」


 そして、まるでおまけの様にシャーロットの口から付け加えられた魔族の驚異的な力に、実際に相対した訳では無いアドライトですら戦慄を覚えていた。


「……それから、どうなったの?」


 一方、彼女たちの話を自分なりに噛み砕いて理解していた望子が恐る恐る尋ねると、シャーロットは自分より小さな望子を心配させまいと笑顔を作って、

「……負け戦だろうが放置は出来ない、と言って隊長と数人の熟達者ベテランの方たちが魔族と対峙して……残ったわたくしたちは退却を命じられたのですわ」

 されど、やはり彼女にとってはあまりに辛い出来事だったのだろう、光の灯らない目でそう答える。


 だが、その言葉を聞いたクルトは強い違和感と共に首をかしげ、再び身を乗り出しつつ、

「……退却、出来ていないじゃないか。 一体お前たちに何があったんだ……?」

 彼女の発言を否定する訳では無いが、事実と違いすぎる為、改めて確認する様に訊問したのだが――。


「いいえ、クルト様。 わたくしたちは、間違い無くその魔族から背を向け退却する事を選びましたわ。 ですが、それを実行する事は叶わなかったのです……」

「まさか、一瞬で……?」


 首をゆっくりと横に振ってそう告げる彼女に、その後の展開を察してしまったアドライトが口を挟むと、

「……はい、あの魔族が何かを呟いた時にはもう……わたくしたち二人を除き、全員が光の粒に……っ!」

 シャーロットも途中までは何とか平静を保てていたが、そう言い終わる頃にはとうとう我慢出来ずに、ポロポロと涙を流してしまっていた。


「そう、だったのか……しかし、何故君たち二人は無事だったんだろうね? あぁいや、無事なのが悪いって言ってる訳じゃないんだけど」


 アドライトは純粋な疑問をぶつけると同時に、失言だったと首を振りながらそう告げたものの、

「……『幼い者の声こそ、人族ヒューマンの耳には良く響く』……あの魔族は、そう、言って……」

「暗に私たちは餌だと……っ! 馬鹿にして……っ!」

 ハンカチで涙を拭いながらそう答えたシャーロットの言葉に、ジェニファーもあの時の怒りや屈辱を思い出してしまったらしく涙目で憤っている。


「以上が、わたくしたちから話せる全てですわ。 ミコさん、アドライト様。 どうか、皆さんの仇を……!」

「……本当は、私たちも同行すべきなんでしょうけれど……身体が、言う事を聞かなくて……! ごめんなさい、ごめん、なさい……っ!」


 彼女たちが話せる限りの情報を話し終えると、二人は涙を流し、嗚咽を漏らしながら頭を下げて、自分たちより遥かに幼い望子にまで頼み込む。


 ――それだけ、追い詰められていたのだろう。


「……勿論。 私たちは冒険者だからね。 依頼されれば遂行する、それだけだよ。ね、ミコちゃん」

「うん。 だからなかないで、ふたりとも……」

「ミコさん、アドライト様……!」

「あり、がとう……っ!」


 かたやアドライトが自身の薄い胸をトンと叩いて二人を安心させる為にそう告げて、かたや望子が対面に座る二人の元へ歩いていき、それぞれの手を自分の小さな手で包んでから慰めると、彼女たちは一様に感謝し、目の前の少女に抱きついていたのだった。


「私からも、どうかよろしく頼む……あぁそうだ、代わりといっては何だが、今日はもう遅いし泊まっていくといい。 部屋は……余っているしな」


 そんな彼女たちの様子を見ていたクルトがそう提案すると、二人はパッと顔を見合わせてから頷き、

「っ、それ、良いですわね! お二人のお話も聞いてみたいですわ! ね、ジェニー!」

「……ぐすっ、うん。 ねぇミコちゃん、今日は一緒に寝てくれる? やっぱり、心細くて……」

「あぁ! ずるいですわよジェニー!」

「ぇ、えぇ……っ?」

 どうにか活気を取り戻した様に騒ぎ出す二人と、思わず呆気に取られてしまう望子を、アドライトは心底微笑ましそうに見つめていた。


 その夜、望子はシャーロットとジェニファーの真ん中で、抱きしめられる様にして床に就く事となった。


「みんな、がんばってるかなぁ……」


 憑き物が落ちた……とまではいかずとも、比較的安らかな顔で眠る二人を起こさない様に、そう呟いて。

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