第59話 勇者と森人のお屋敷訪問
ウルたちがピアンから
「……さて、屋敷まで来たはいいけど」
「どうしたの? あどさん」
先日とは違う警備兵に
「あぁ、ちょっとね……今から話を聞く二人は、おそらくたった数時間足らずで多くの仲間を失っている。 まともに話が聞ければいいんだけど……」
その一方、アドライトは少し困り気味に頬を掻き、苦笑しながらそう言うと、
「……めいわく、かな」
それで充分に理解出来た望子も同調する様に、しゅんとしつつ俯いてしまっている。
「そうも言っていられない。 彼女たちからの情報は、私たちの生存率を上げる鍵になり……延いては、それが街の平穏を守る事にも繋がるんだ。 多少無理にでも聞き出さなきゃいけない……心苦しいけどね」
するとアドライトはポンと望子の頭に手を乗せてから微笑みかけて、彼女にも思うところがあるのだろう、哀しげな口調でそう言ってみせた。
「……うん。 そう、だよね。 わたしも、がんばる」
そんな彼女の言葉を受けた望子が、薄い胸の前で両手をグッと握りしめて決意を固めていると、
「……ふふ、ありがとう。 頼りにしてるよ」
アドライトはニコッと笑い、望子の綺麗な黒髪を撫でながら優しい声音で礼を述べる。
やがて確認が終わり
「お待ちしておりました、ミコ様、アドライト様。 本日は例の二人が目的と伺っておりますが……」
先日も彼女たちを案内した壮年の
「やぁカーティスさん。 話が早くて助かるよ。 それで……その二人との面会は出来るかな」
アドライトは隣を歩く望子に歩幅を合わせつつ彼に近づき、
「……えぇ。 クルト様からの許可も下りていますし、何より本人たちも意識がはっきりとしており会話も可能ですので、問題はありません」
少し疲弊した様な表情と声音で話す彼の言葉に、アドライトは安堵の感情を表に出して、
「そうか、それは良かったよ。 それじゃあ早速、二人の元へ案内してもらえるかな」
ふぅ、と軽く息を吐いてから、本題だとばかりにカーティスにそう声をかけたのだが――。
「……ですがその前に一つだけ。 当主の……クルト様の同席を認めて頂けませんでしょうか。 お二人と一緒に、彼女たちの話を聞きたいそうで……お邪魔になるのではとお伝えしたのですが、なにぶん昔から心の動きが外部に出やすい方ですので……」
カーティスはふと足を止めつつ、呆れた様に溜息をつきながら望子たちに頭を下げて頼み込む。
するとそれを受けたアドライトは、心の底から愉しげにクスクスと笑ってから、
「この前の地鳴りの時も、住民たちの事を考えて真っ先に行動してたくらいだからね。
ウルたちが仕留めた
「……うん、いいとおもうよ。 く、く……あのひと、がいっしょなら、あんしんできるかもしれないし」
一方、望子は自分なりにクルトの……誠実そうでしっかりした男の人、という第一印象を振り返りつつ、アドライトの目を見て答えてみせる。
……残念ながら名前を覚えきれていなかった為、いまいち締まらない答えではあったが。
「ではその様に。 これより執務室へご案内します」
「え、療養室とかでは無いのかい?」
望子の言葉を受け、
「いえ、負傷自体はそこまでのものでは無かったのです……ただ、帰還してすぐは精神が非常に不安定でしたので、簡単に手当てを済ませた後、兵舎にて休養をとらせていたのですよ。 今は随分落ち着い、て……」
彼はそう言って、既に主人がいるのだろう執務室へ向けて、改めて歩を進めようとしたものの――。
「……ん? どうしたんだい?」
何故かカーティスが話の途中で黙ってしまった事に、疑問を
「……いえ、これは私から申し上げる事ではありませんね……どうかお気になさらず」
何か意味深な事を呟いて頭を下げ再び歩き始める彼に、望子とアドライトは顔を見合わせ首をかしげた。
しばらく廊下を歩くと見覚えのある絢爛な扉が彼女たちの目に映り、その扉をカーティスがノックして、
「クルト様、ミコ様とアドライト様をお連れしました。 お通ししても宜しいでしょうか」
「あぁ、通してくれ」
「かしこまりました。 ではお二人とも、どうぞ中へ」
中にいるのだろう主人に入室の許可を取ると、彼はドアノブに手をかけて望子たちを部屋へと通す。
カーティスが扉を開けると、先日の様に椅子に座って作業していたのか、何らかの書類が広げられた机に向かうクルトと、その傍らに立つ従者のカシュア……そして、ソファーに座った平服の二人の少女がいた。
少女たちは主人の前だからなのかは分からないが、随分と緊張した面持ちでこちらを見つめており、
「……君たちが例の――」
入室するやいなや少女たちに声をかけたアドライトに対し、その内の一人がバッと立ち上がって――。
「はっ、初めまして! わたくし、シャーロットと申します! アドライト様のお噂はかねがね……!」
明らかにアドライトを尊敬しているらしい二つ結びの赤い長髪を揺らした少女が、興奮した様子で彼女の手を取りブンブンと振りながら声をかけてきた事で、
「え、あぁ初めまして……よろしく、シャーロット」
シャーロットと名乗った少女の勢いに気圧されたのか、アドライト若干引いた様にそう返す。
「シャルとお呼び下さいませ! 親しい方々からはそう呼ばれておりまして――」
そんな彼女の心情に反して益々勢いが強くなったシャーロットが、呼び名まで強制しようとしたその時、
「ちょっとシャル! その辺にしときなよ! クルト様も同席なさってるんだから……!」
彼女と同じくソファーに腰掛けていた、茶色の短髪とサイドテールが特徴的な少女が立ち上がって声を張り、主人の前だよと彼女を諌めた。
「むぅ、いいじゃありませんか。 アドライト様にお会い出来る機会なんて、この先あるかどうか分かりませんのに。 そう思わなくて? ジェニー」
しかし、シャーロットは全く反省する様子も無く、さも正論だとばかりにそう告げる一方、ジェニーと呼ばれた少女は額に手を当て、はぁ、と深く溜息をつきながらアドライトたちの方へ向き直り、
「彼女がとんだ失礼を……私はジェニファーと申します。 魔導白兵隊所属、
どうやらジェニーというのは愛称だった様で、ジェニファーと名乗ったその少女は、自身の所属と
「……あぁ、よろしくね……」
ほんの短時間のシャーロットとの会話ですっかり疲弊してしまっていたアドライトは、一見そっけなくも思える返事をすると共に、
(あの時言おうとしてたのは……)
そんな意を込めてカーティスを一瞥すると、彼はゆっくりと首を縦に振って溜息をついており、
(……押せ押せな
自分の憶測が正しかった事にげんなりとして、シャーロットに悟られぬ様に同じく溜息をついた。
その時、アドライトを憧れの視線で見つめていたシャーロットが、彼女の隣に立つ自分たちよりも遥かに幼い少女の……望子の存在に気がついて、
「……あら? 貴女は……? まっ、まさか、アドライト様のご息女ですの……!?」
明らかにアドライトの面影など無い望子の顔や身体を、ペタペタと触りながらそう口にする。
「……!」
一方の望子は、シャーロットのあまりの勢いに何も言えず、されるがままとなっていた。
……齢八歳、望子は生まれて初めて自分にも苦手なタイプがいる事を自覚する。
「……シャル、その辺りで――」
「シャーロット! いい加減にしないか! クルト様に恥をかかせるつもりか!?」
そこで漸く声を発して彼女を宥めようとしたクルトの言葉を遮る様に、カシュアが低い声で叫び放つと、
「……はっ! も、申し訳ありません!」
シャーロットはその声にビクッと反応し、パッと望子から手を放しつつ深く頭を下げて謝罪した。
「すまない二人とも。 まずは座ってほしい……確か、他三人はリエナの特訓を受けているんだったかな?」
彼女たちがいかにも高価なそのソファーに座った途端、クルトはウルたちの話を望子に振り、
「えっ、と、うん。 がんばってる、とおもうよ?」
望子はシャーロットに詰め寄られた時の衝撃が消えていないのか、未だにビクビクしながらそう答える。
「それは何より。 二人とも、彼女はミコ。 幼いが、
「「えっ!?」
「あ、あはは……」
そんな風に望子の紹介をした主人に二人は驚愕し、望子は苦笑しつつも珍しく照れているらしかった。
「こ、こんな小さくて愛らしい子が冒険を? 一体彼女の
「いやそれより率いるって……く、
二人は望子を衝撃半分、疑問半分で見つめており、ジェニファーがおずおずと問いかけると、
「えっと……このまえおぶ、しうす? になったよ」
「「
望子が先日の昇級の際に告げられた
「……さて、紹介も終えた事だし、そろそろ本題に移ろう。 君たちも、今日はその為に来たんだろう?」
そんな彼女たちの様子を見たクルトは軽く手を叩いてみせつつ、横に立つカシュアと、扉の前に立っていたカーティスに退室を命じてからそう告げたものの、
「そうだね。 それじゃあ……シャル、ジェニー。 教えてくれるかい?
正直アドライトは一度休憩を挟みたいくらいには疲弊していたのだが、ここで折れては何の為に来たのかと考え、二人に目を遣り……声をかけた。
「っ、それ、はっ……!」
先程まで気丈に振る舞っていたジェニファーだったが、
「だいじょうぶ。 ここには、こわいひとはいないよ」
「「……!」」
望子は肩を並べて座る二人の元へ歩み寄り、その小さな手を二人の手に重ね、哀しみや悔しさを共有する様に憐憫を含ませた儚げな笑みを湛えてそう告げる。
「……あり、がとうね、ミコちゃん……!」
「……ミコさん。 それに、アドライト様も。お教えしますわ……わたくしたちが、壊滅した原因を」
望子に小さな勇気を貰ったジェニファーは、その小さな身体をぎゅっと抱きしめて感謝し、シャーロットも望子の綺麗な黒髪を梳く様に手を通しながら、アドライトへ目を向けてハッキリと口にしたのだった。
――異世界にて、望子の魅力を知った者がまたも増えてしまった瞬間であった。
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