第58話 第一段階:存在の隠蔽

 領主からの指名依頼を受け、奇々洞穴ストレンジケイヴの探索をする事となった望子たち一行。


 二手に分かれて探索の対策を立てる事となった為、情報収集へ向かった望子を見送ったウルたちはリエナの元を訪れ、指定された場所へ赴いたのだが――。


「ここかよ……って前より狭くねぇか?」


 冒険者が木人に剣を振るい、まとに覚えたての魔術を当てる、そんな光景を見ながらウルがそう呟くと、

「ここは第二訓練場ですから。 ウルさんが決闘の時に使ったのは第一訓練場で、一番広い所だったんです。今は……修繕中なので、こちらでお願いします、と」

 彼女たちに先んじてこの場を訪れていたローブ姿の少女が、白く長い耳をぴんと立てて説明する。


「ふーん……で? 肝心のリエナがいねぇけど、もしかしてお前が鍛えてくれるのか? ピアン」


 ひるがえってウルが声のした方に振り向き、目の前に立つ見習い魔具士、ピアンに問いかけると、

「お任せ下さい! 今や有角兎人アルミラージへと進化を遂げた私が、奇々洞穴ストレンジケイヴで最も重要となる技術を伝授します!」

 進化の際に少し背が伸びた事もあってか、その身の丈に合っている様にも思えるワンドを背負ったまま、自信に満ちた表情でそう言ってのけた。


(……進化してから変わったわねあの子)

(前までのビビリ兎はどこに行ったんだ?)


 そんな快活たる彼女の様子を見てコソコソと呟き合うハピとウルをよそに、フィンが首をかしげてから、

「重要な技術って何?」

 特に笑顔を浮かべるでも無く、今から何をするのかと単純に興味からそう尋ねてくる。


 するとピアンは何が嬉しいのか、ふっふっふ、と随分わざとらしく笑みを湛えて、

「それはですね……鏡写しミラーリングへの対抗手段です!」

 勿体ぶるかの様に一拍置かれた事にきょとんとする三人に対し、ニヤリと口の端を歪めてそう告げた。


鏡写しミラーリング……自分の偽物と戦う事になるってあれね」


 ハピが先日のリエナやアドライトから聞いた話を思い返して呟くと、そうです! とピアンが頷いて、

「といってもそこまで難しいものでは無いんですよ。 もう店主が言ったかもしれませんが、領主様お抱えの兵士さんたちは大抵が使える筈の技術ですからね」

「あー、そういやそんな事言ってたな。 それをお前も教えてもらったってのか?」

 皆さんならすぐ習得可能ですよ、とのピアンの言葉に成る程と納得したウルが、その技術とやらをピアン経由で教えてもらうのだろうと判断して問いかける。


 しかしピアンは彼女の質問に答えるべく、その首をゆっくりと横に振ってから、

「いえいえ、そうじゃないんです」

 ついでの様に手も振って、気遣うかの如くやんわりとウルの言葉を否定してみせた。


「ん? どういうこった」

「そもそも兵士さんたちにその技術を教えたのが私なんです! 私には店主という立派な師匠がいますが、彼らにとっての師匠は私……みたいなものなんです!」


 要領を得ないといった表情のウルに答える様に、ピアンは進化した事で以前よりほんの少しだけ大きくなった胸を張って、えっへんと自慢げにする。


「そうなのね。 一体どんな技術なの?」


 一方、その事に関しては特別興味の無さそうなハピの眼には、多分あれなんだろうという候補は映っていたものの、直接聞いてみない事にはと考えて問うと、

「実際に見てもらった方が良いと思うので、やってみますね。 皆さんは、しっかり私を見てて下さい!」

「「「……」」」

 グッと胸の前で拳を握る彼女の言葉通りに、三人はジーッとピアンを見つめていたのだが――。


「いきますよー……ふー……」

「「「……?」」」


 そう呟いた彼女が深く深く息を吐いた瞬間、ウルたちはほぼ同時にピアンを凝視しつつ小首をかしげた。


(……消えてる、訳じゃねぇな、何だこれ)

(んー……? ボクの目がおかしいのかな)

(……成る程ね)


 そう、彼女たちの目の前でみるみるピアンの姿が希薄になっていく……そんな光景がいまいち現実味のあるものに思えず、ウルとフィンは自分たちの目をこすりながら銘々脳内でそう呟いている。


 ……しかし、唯一ハピだけは最初の姿勢を崩さずピアンがいるのだろうその場所を、ジッと視ていたが。


「……ん〜、ぷはっ! どうでした?」


 ずっと息を止めていたらしいピアンが、すーはーと深呼吸してから彼女たちに問いかけると、

「あー……何つったらいいんだ? 何かこう、お前の身体が見えにくくなってたっつーか……」

「そうそう、薄くなってた! 今の何!?」

 かたやウルは少ない語彙で自分なりにピアンの技術についての所見を語り、かたやフィンは興味津々といった様にそう言いつつ前のめりになっていた。


「ふふふ、今のはですねぇ――」

「『魔素迷彩マナフラージュ』、よね?」


 得意げに解説しようとしたピアンの声を遮って、ハピが口にした聞き慣れないその単語に、

「――マナ……えぇっ!?」

 ピアンは彼女の方を向き目を見開いて、その表情を驚愕の色に染め上げてしまう。


「まな?」

「ふらーじゅ?」


 一方、きょとんとした表情で固まる二人をよそに、ピアンはハピに詰め寄っていき、

「は、ハピさん!? 知ってたんですか!?」

 仮に知ってたとしてもどうして先に言ってしまうんですか!? と疑問と苦言が入り混じる叫びを放った。


「視えてただけよ。 言ってなかった?」


 そんな中、ハピが極めて冷静に彼女を見据え、自分の眼を指差してそう言うと、ピアンはハッとして、

「そ、そういえば店主がそんな事を言ってた様な……す、すみません取り乱しちゃって……」

 数日前に聞いたのだろうリエナの言葉を思い出したのか、へなっと耳を垂れ下げさせて謝罪する。


「こちらこそごめんなさいね。 そういうつもりは無かったのだけど、ずっと視えてたから気になって」


 ハピが特に悪びれる様子も無く、爪を収めた綺麗な手をピアンの白い頬に添えてそう口にすると、

「……わ、分かりました。 分かりましたよぅ。 もういいです、特訓、始めましょう?」

 少し顔を赤らめてハピの肩を両手で軽く押しながら身体を離し、蚊帳の外だった二人にも提案する。


 ……ちなみに、異世界ここへ来たばかりの時よりもハピの眼はより多くの情報データを読み取れる様になっていた。


 今回の場合でいえば、以前までなら視えていたのは名前だけだった筈だが、今はその魔術や武技アーツ恩恵ギフトが齎す効果すらも、全てとは言わないがある程度の情報データを読み取る事を可能としており、これが『慣れ』なのだろうと嫌でも思わされていたハピだった。


「そーだな。 よしフィン、やるぞ……おいフィン?」


 そんな折、気を取り直す為かパシッと左手を右手に打ちつけ、隣のフィンに声をかけたが、

「んぇっ……ふあぁ、話終わったぁ?」

 当のフィンは自分に全く関係ない話をする二人に飽きてしまい、宙に浮かんだままうたた寝していた。


「……す、すみません、私が余計な事を……それじゃあハピさんに言われちゃいましたが、魔素迷彩マナフラージュを習得する為の特訓を始めましょう!」

「その前に、その魔素迷彩マナフラージュってのを詳しく教えてくれよ。 ハピはどうか知らねぇが、あたしはさっぱりだ」


 グッと拳を胸の前で握る彼女に水を差すかの如くウルがそう言うと、ピアンはお任せ下さいと口にして、

「一言で言うなら、魔素迷彩マナフラージュとは『存在の隠蔽』です。 周囲の魔素の流れを感じとり身を任せる事で、そこにいるのに目で捉えきれない程存在を希薄にしてしまう技術ですね……こんな風に」

 目の前の空間に漂う魔素を手で浚う様な仕草を見せつつ語り出した後、再び息を深くついてそう言い終わる頃には、彼女の右手だけが希薄になっていた。


奇々洞穴ストレンジケイヴも立派な生物です。 完全に存在を消すところまで習得するのはこの短期間では難しいかもしれませんが……弱者だと錯覚させ、弱い幻影体ミラージュを発生させる事くらいは可能だと思いますよ」

「おおぉ……! すごー……!」


 自信ありげにそう語る彼女の身体はハッキリと見えているのに、その右手だけが認識出来ない様な状態になり、フィンはその光景に目を輝かせている。


「ただ……先に言っておくと、魔素迷彩マナフラージュは魔術ではありません。 ましてや恩恵ギフトでも武技アーツでもないんです……以前、店主に拾ってもらうまで、故郷を出てから彷徨ってたって話しましたよね?」

「あー、まだ兎人ワーラビットだった頃だな」


 一方、右手の迷彩を解きながら自身の身の上話をし始める彼女に、ウルが相槌を打つ様にそう言うと、

「はい……ただでさえ雌の兎人ワーラビットって、種族柄魔物や魔獣を引きつけやすいんです。 しかも雄ばっかり。 それに加えて私、変に魔力も多いから旅の途中はずっと何かに追いかけられてたんです」

 ピアンは頷きつつも明らかに先程より表情を暗くしながら、暗然たる自分の過去を語り始めた。


「もしかして……逃げて、隠れる為に?」

「……そうなります。 だから、単なる逃げの技術なんですよ、これ……情けないですよね」


 話の流れを理解したフィンがそう尋ねると、ピアンは自嘲気味に苦笑しながら答えたのだが、

「んなこたねぇだろ。 生き抜く為の立派な技術だぜ」

「あんまりそんな事言っちゃ駄目だよ? ちゃんと人の役に立ってるんだから。 ねぇハピ……あれ?」

 ウルとフィンがそんな彼女にまるで師であるかの様に言い聞かせる一方、キミも何とか言ってよ、とフィンはハピにも話を振ったものの……いつの間にか、そこにいた筈の彼女の姿が無い事に気がつく。


 そんな風に疑問符を浮かべたフィンの言葉を受けたウルは、鼻をすんすんと鳴らしながら、

「……ん? どこ行ったあいつ……匂いはまだ残ってるからそんな遠くには……っておいこれ」

 辺りをきょろきょろと見回していたのだが、その時突然何かを察した様にウルはピアンの方を向いた。


「は、ハピさん、もしかして……」


 殆ど確信を持ったピアンがそう口走った瞬間、三人の目の前の空間がグニャリと歪んだかと思えば、

「結構疲れるわねこれ」

「「「ぅわぁ!?」」」

「な、何だ!?」

「大丈夫か!」

 一瞬でその場に姿を現したハピに驚き声を上げる三人に驚き、周囲にいた冒険者たちが声をかけてくる。


「あぁ大丈夫よ。 ごめんなさいね」


 ひるがえってハピが苦笑しつつそう言うと、驚かすなよと口にして冒険者たちは散らばっていったのだが、

「おっ、おま、お前……!」

「もう出来ちゃったんですか!?」

 苦言を呈そうとしたウルの言葉を遮って、ピアンが勢いよく近寄っていきながら彼女を問い詰めた。


「流れがどうこう言ってたから、風の流れを読んでみたの。 で、風に乗った魔素と同調してみたのだけど。 ねぇピアン、これでいいのかしら?」


 一方のハピが手の先に緑色の魔力を集めつつ、さも何でも無いかの様に言ってのけると、

「は、はい、それでいいと思います……くうぅ」

 ピアンは彼女と自分との圧倒的な力と資質の差を嘆き、必要以上に気落ちしてしまっている。


「おいこら! ピアンが卑屈兎に戻っちまっただろ!」

「全く! ハピは全く!」

「えぇ……」


 しゃがみ込んでしまったピアンを慰める様にウルが彼女の肩に手を置き、フィンが精一杯の語彙力で責めるも、ハピは急な展開に困惑しか出来ないでいた。


(……やっぱり凄い人は最初から凄いんだなぁ……)


 一方ピアンは自嘲気味に笑いながら、すっかり陰が差した表情でそんな事を考えていたのだった。


 ――奇々洞穴ストレンジケイヴ探索開始まで、残り五日。

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