第54話 名前をつけるとしたら

 ワイアットたちとの決闘を終えた後、彼らと実際に相対したウルと、仮にも超級魔術をその小さな身体で行使したからか随分と疲れてしまっていた望子は、一日しっかり休んだ事で元気になっていた。


 翌日、望子たち四人は冒険者ギルドからの呼び出しを受け、昼頃にギルドを訪れていたのだが――。


「こんにちは!」

「あら、こんにちは……ギルドマスター! ミコちゃんたちがいらっしゃいましたよー!」


 望子の挨拶に返事したエイミーが、受付の奥で他の職員に指示を出していたバーナードに声をかけると、

「む……おぉ、来たか。 呼び出してすまんかったのぅ。立ち話も何じゃ、応接室で話すとしよう」

 昨日から碌に睡眠を取れていないのか、目の下にくまを作り、気持ちしぼんで見えるバーナードがそう口にして、案内しようとゆっくり重い腰を上げる。


「バーナードさん、私もいいかな?」

「ん? あぁ、構わんよ。 お主も当事者じゃからのう」

「……お前神出鬼没だな」


 そんな中、いつの間にか彼女たちの後ろにいたアドライトが笑顔で同席を要求すると、バーナードはあっさりと頷いてから応接室に向けて歩き出し、その一方でウルは突然現れた彼女に驚きつつも呆れていた。


「……何か覇気がねぇな、疲れてんのか?」


 その後、応接室に続く廊下を歩いている時、明らかに元気の無い彼を見てウルがそう尋ねると、

「事後処理で色々忙しくての。 ある程度片付いたら休むから心配は無用じゃ。 さ、適当に腰掛けてくれぃ」

 バーナードは溜息をつきながらも苦笑いのままそう説明しつつ扉をひらき、上客をもてなす為なのだろう、そこそこに絢爛な部屋へと望子たち五人を通す。


「うっわ、ふっかふかだよこれ。 みこ、おいで」

「う、うん」


 開口一番そう言って、見るからに上質なソファーをてしてし叩いて呼ぶフィンに、望子はとてとてと小走りで近づきフィンに抱っこしてもらう形で座り、

「茶菓子は後で運ばせるからの……さて、まずはあの二人の事じゃが、結論から言えば一命は取り留めた。 我がギルドの救護班は優秀じゃからの。 まぁ、治療術と回復薬ポーションを使いに使って漸く、ではあるが」

 全員が腰を落ち着かせた事を確認すると、バーナードがワイアットたちの現状を説明し始めた。


(よかった……でいいんだよね)


 亜人ぬいぐるみたちやアドライト、バーナードを守る為とはいえ、自分が手を掛けてしまった人が無事とは言えぬまでも生きていた事に安堵する望子とは対照的に、

「……何で助けた? あいつら二人にそこまでしてやる価値があんのかよ」

 ウルは心底あの二人組を嫌っているのか、低い声と冷たい視線で威圧する様にバーナードを見遣る。


「……儂は、ギルドマスターじゃからの。 どんな者であろうと、冒険者を見捨てる様な真似は出来ん……というのは建前じゃな。 今回は決闘を認可した儂にも責任がある。 罪滅ぼしも兼ねてといったところじゃ……お主ら二人にも、随分と迷惑をかけてしもうた」


 すると彼は、うむと頷いて、自分の非を認めると共に彼女たちへ……特に望子とウルへ深く謝罪した。

 

「ふーん。 で? 生きてるってことはあの二人、ちゃんと処分するんだよね?」


 そんな折、望子の頭に顎を乗せた状態のフィンが、ワイアットたちの処罰について尋ねると、

「……それが、今回呼び出した二つの用件の内の一つなんじゃがな。 一命を取り留めたとは言ったが、あれは比喩でも何でも無くての。 息があるというだけで、口も聞けず、身体も動かせんときておっての……」

「つまり……仮に目を覚ましたとしても、彼らは冒険者なんて続けられる状態に無い、という事かな?」

 苦々しい表情で手元の書類に目を通しつつ、ワイアットたちの現状について語る彼の言葉を継ぎ、そう続けたアドライトの発言を肯定する様に彼は頷く。


「そうなる。 一応、書類の上では降格という形になるが、実質意味の無い罰則になってしまう。 ギルドへの出入り禁止も、こうなってはのぅ……」

「……わたしの、せい、なのかな……」


 一方、それを聞いていた望子はバーナードの沈んだ表情を見て、あの時前に飛び出して土傀儡ゴーレムを……もとい、ワイアットを焼いてしまった事を悔いており、

「ミコ、それは違うぞ。 お主に一切の非は無い。 むしろ、お主には感謝しておるんじゃ」

「え……どうして……?」

 されど、それに対して彼は優しい笑顔を浮かべて望子の呟きを否定しつつ礼を述べ、当の望子はいまいち要領を得ず首をかしげてしまっていた。


「もし……あのままハピかフィンが土傀儡ゴーレムを迎撃していたら、ワイアットは勿論、呑み込まれていたメリッサも命を落としておった筈……リエナの青い炎は特別でのぅ、業火滅却から保温に至るまで自由自在に調節出来る。 無論、術者の精神次第じゃが」


 そんな望子に対して、バーナードがウル以外の亜人ぬいぐるみの強さも見抜いた上で殆ど確信に近い推論を口にしつつ、望子が行使した蒼炎の性質について語ると、

「……優しいミコが手を下したからこそ、あの二人が助かったって言いてぇのか?」

 それを黙って聞いていたウルは、彼が言いたいのだろう事を自分なりに解釈して、確認する様に尋ねる。


「そうじゃとも。 だからミコ、お主が気に病む必要など何処にも無い。 誇っても良いくらいじゃ。 お主もウルも、格上の冒険者に勝利を収めたからといって昇級させるという訳にはいかんが……お主ならすぐにでも仲間たちに追いつき、対等になれるじゃろうて」

「……うん!」


 するとバーナードは首を縦に振りつつ少し身を乗り出して、未だフィンに抱きかかえられたままの望子の頭に手を乗せて、そう言い聞かせた。


「っと、そうじゃ。 もう一つの用件なのじゃが、お主ら四人、正式に一党パーティを組んで活動するのじゃろう?」

「ぅん? あぁそうだね、それが何?」


 そんな中、バーナードが不意に思い出した様に、二つ目の用件として自分たちの活動について尋ねられた事で、フィンがそう聞き返す一方で、

「……もしかして、一党パーティ名の事かしら? 確か、名無しアンノウンって呼んでたわよね」

 彼の言葉に心当たりがあり、決闘の際の珍妙な呼び名を思い出したハピが確認するかの如く問いかける。


「まぁそういう事じゃのぅ。 すぐに決めろとは言わんが、一党パーティを組む際、その名と共にギルドへ申請する兼ね合いでどうしても名前は必要になるんじゃ。 それに……名が売れてくればそれだけで、これからも起こりかねん無用な騒動トラブルを回避出来るやもしれんぞ?」


「成る程なぁ。 名前、名前かぁ……」


 ただでさえ女性のみであるのに加え、年端のいかない少女までもが混ざっているこの一党パーティ騒動トラブルに巻き込まれない方が不思議だ、と考えていたバーナードの説明を受け、望子たち四人はそれぞれ首をかしげて腕を組み、思案し始めていたのだが――。


 ――その時。


「あぁ、それなら私に妙案があるよ」


 望子たちと違い然程悩む様子も無く、アドライトが人差し指を立てて自信有り気に笑ってそう言うと、

「……妙案? ほんとに?」

 依頼クエストを共にしたウル程彼女を理解している訳では無いフィンは、いぶかしげな視線を彼女に向ける。


「君たちの一党パーティ亜人族デミ三人に人族ヒューマン一人。 おまけに全員女の子……随分と珍しい組み合わせだろう? 他には無いと思うんだ。 だから――」


 するとアドライトは勿体をつける様にそこで一拍置いて、全員の視線が集中したのを感じてから、

「『奇想天外ユニーク』、なんてどうかな?」

 得意げな表情を浮かべたまま、直感的に思いついたその名を、四人の目を交互に見遣ってそう告げた。


奇想天外ユニーク、ねぇ……確かに他にはいなさそうだが。 あたしはいいけど、ミコはどうだ?」


 特に違和感も無いしな、と呟きつつ、ウルが自分たちの持ち主である望子に意見を求めると、

「んー……うん、いいんじゃないかな?」

 少し思案する様な仕草を見せた後、望子はこくんと頷いてからアドライトの案を採用する事に決める。


「決まりだな! あたしらはこれから奇想天外ユニークだ! 」

「「おー!」」

「お、お〜……」


 それを見たウルが立ち上がって快活に叫ぶと、同調する様に望子とフィンも片手を挙げて声を出す一方、ハピだけは若干気恥ずかしそうに、されど仲間外れにはされたく無い為、控えめに片手を挙げていた。


「ふふ、超新星スーパールーキーたちの名付け親なんて光栄だね」


 そんな折、アドライトも先達らしくパチパチと軽く拍手をして、新たな一党パーティの正式な誕生を祝福し、

一党パーティの申請は受付ですぐに済むからの。 それで儂の用件は終わりじゃ。 わざわざすまんかったのう」

「気にすんなって、じゃあまたな」

 そんな二人の会話を皮切りに、五人はまたぞろとそれぞれ適当な挨拶を彼に返して応接室を後にする。


「あ……みんな、ちょっとさきにいってて」

「え、望子?」


 その時、望子が何かを忘れでもしていたのか急に立ち止まり、扉に手をかけたままそう言うと、ハピが声をかける頃には、既に扉は音を立てて閉まっていた。


「おじいちゃん!」


 一方望子が、ソファーに腰掛けてワイアットたちの診療記録カルテを確認していたバーナードに声をかけると、

「ん? おぉミコ、どうした? 忘れ物かの?」

「えっと……これあげる!」

 そんな彼の問いかけに首を縦に振りつつ、背負っていた鞄から小さな瓶を取り出し、その中に入った水色と黄色の入り混じった玉を手に取ってそう口にする。


「ん? 飴玉ドロップかの? いや、それにしては弾力が……?」


 それを受け取ったバーナードが、その水玉……蜂蜜水玉ハニースフィアを掌に乗せたり指でつまんだりしていると、

「んとね……これ、ぽーしょん? なの」

 望子はフィンとの会話を何とか思い返しながら、瓶からもう一つ水玉を取り出し……自分で食べた。


 ――あぶなくないよ、とでも言いたげに。

 

「……回復薬ポーション? これが?」

「うん、つかれたときにいいの」

「……そうか。 ありがとうの、ミコ」


 バーナードは、望子の拙い言葉に一瞬疑問をいだいたが、自分を慮ってくれた少女の優しさに破顔し、艶のある綺麗な黒髪に手を乗せ、礼を述べる。


「ぇへへ、じゃあまたね!」


 用を終えた望子は笑みを浮かべつつ手を振りながら、部屋の外で待つ仲間たちの元へ走っていき、

「孫娘が出来た様じゃの……どれ……っ!?」

 そんな望子を見送った後、早速それを口に含んでプチッと潰した瞬間、蜂蜜の味が広がると同時に……あろう事か、彼の身体が淡く光り出したではないか。


「これは……! 疲労どころか、古傷までも……!」


 そして、その光が弱まる頃には溜まっていた疲れはすっかり無くなり、そればかりか、かつて冒険者時代に負った傷すらも綺麗サッパリ無くなっていた。


「……まさしく、奇想天外ユニークじゃのう……」


 ――望子のお陰で疲れは取れたものの、別の意味でくたびれてしまうバーナードであった。

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