第53話 めらめら勇者

「……これ程醜い土傀儡化ゴーレマイズは初めて見たのぅ」


 一方、異常を察知して飛び退いたウルと同じタイミングで年齢を全く感じさせない動きを見せたバーナードは、望子たちの座る観客席ギャラリーの様な場所まで避難しつつ、記憶の中にあるかつての一党パーティメンバーの土傀儡化ゴーレマイズと比較し、その表情を苦々しく歪めてしまう。


「……私から見てもあれは異常だよ。ウルなら倒してしまうだろうが、問題はあの大きさ……事後対応しんだあとの事を考えるなら、今すぐ止めるべきだと思う」


 バーナードさん、と彼に耳打ちする様にアドライトが冷たい視線をワイアット……もとい土傀儡ゴーレムに向けたまま、ウルの業炎では飛び散った土や泥で訓練場やギルド自体が壊滅してしまいかねないよ、と告げると、

(……許可を下ろしてしまった事がそもそもの間違いじゃったか……儂のミスじゃな、これは)

 彼はアドライトの言葉を受け、心底悔いる様に首を横に振りつつそう考えた後、

「……そう、じゃのう。 ウル! ワイアット! 此度こたびの決闘はここまで――」

 バッと立ち上がってから、威厳に満ち満ちたその声を訓練場に響かせて、二人に向けて叫ぼうとした。


 ――したのだが。


『……ダマレェエエエエッ! イッタハズダ、コウサンナドミトメント! ドチラカガイノチハテルマデ、ヤメルコトモニゲルコトモゼッタイニユルサン!!』


 バーナードの声を遮って、益々悍ましくなっていく土傀儡ゴーレムが二重に聞こえるその声で叫び放った事で、

「……命、果てるまで?」

『アァソウダ! モチロンソウナルノハ……テメェノホウダガナァアアアア!!!』

 ウルがここで漸く土傀儡ゴーレムの言葉に反応を見せてそう呟くと、土傀儡ゴーレムは彼女の呟きに答えると同時に巨大で歪な右のかいなをウルに叩きつけんと振りかぶり、轟音と共に彼女が立つ場所へと振り下ろした。


「お、おおかみさぁんっ!」


 飛び散ってきた泥をハピが風で逸らし、フィンが水玉で相殺する中、望子が涙目で叫ぶも返事は無く、

『……フン、タアイモナイ。 サァ、ツギハ――』

 その一方で満足げに巨大な口を歪めた土傀儡ゴーレムは、次なる獲物……望子に標的を定めて――。


「……そうか」

『ッ!? ……グォオオオオッ!?』


 土傀儡ゴーレムが何処からか聞こえてきた呟きに反応したその瞬間、思い切り叩きつけ、ウルを潰した筈の右腕が燃え上がり……その炎は胴体にも広がっていき、

「……命果てるしぬまでやっていいんだな?」

 炎により崩れていく土塊の中から現れたのは、全身に業炎を纏い、傷どころか泥の一つもその引き締まった身体に付着させていないウルだった。


『バカナ! オレトアノオンナノマリョクスベテヲツギコンダゴーレムノイチゲキダゾ!? ナゼシナン!?』


 最早仲間の名すら出てこない程に動乱したワイアットに、ウルはパキパキと手を鳴らしながら、

「何故って? あたしがてめぇより……てめぇらより強ぇからだ……それ以外の理由なんかねぇよ」

 ズン、ズン、と一歩ずつ踏み締める様に土傀儡ゴーレムに近づいていき、その目を赤く煌めかせてそう告げる。


『……オノレ、オノレオノレオノレェエエエエ!!! ドコマデモコケニシヤガッテェエエエエ!!! コロス、テメェダケハゼッタイニコロ……ス?』

「あ?」


 狂った様に絶叫する土傀儡ゴーレムを沈める為、ウルが改めて炎を放とうとした時、土傀儡ゴーレムに……もといワイアットにとって、予期しない事態が発生した。


「あれ、小さくなってない?」


 ゴシゴシと目をこするフィンの言葉通り、グニャッと全身が歪んだかと思えば少しずつ縮小していき、

土傀儡化ゴーレマイズも含めて、変化ナイズ系統の魔術は術者の精神状態によって大きく左右される……力も、その維持も」

(……魔鋼鉄化マクロナイズ、あれもそうだったのかしら)

 そんな彼女に対して魔術の解説をするアドライトの言葉に、ハピは少し前に王城で戦った魔族姉妹の姉が行使した腕や翼を硬質化させる魔術を思い返す。


「じゃあウルにびびって小さくなってんの? だっさ」


 へー、と興味無さげに声を上げたフィンが、真顔で一回り小さくなった土塊を見据えてそう言うと、

『お、オぉ……みとめラれるか、コの、おれガ……』

 その声が聞こえていたのかいないのか、意地で縮小を止めたワイアットは俯いたまま恨み言を呟いた。


 ――その時。


(ソウ、だ、アイつだ、あの、がきを……!)


 土傀儡ゴーレムの中心部に埋まったままのワイアットの視界に、不安そうにウルを見つめる望子の姿が映る。


 ――実を言うとワイアットとメリッサは、ドルーカの街にミコという幼い冒険者がいる事をあらかじめ冒険者同士の噂で聞いており、いつまで経っても銀等級シルバークラス以上に昇級する事が出来ない腹いせに望子を揶揄ってやろうと酒場を訪れていたのだった。


(……アのガきサえ、イなケれバ――)


『……ぅ……がぁアアアアアアアアッ!!!』


 だからこそ彼は、残る力を振り絞って胴体と左腕だけの土傀儡ゴーレムを動かし咆哮を轟かせ、襲いかかる。


 無論、決闘相手のウルに……では無く――。


「命果てるまでだもんな。 いいぜ、かかってこいよ」


 一方、既に壁から離れていたウルがそう言って、挑発する様に指を上向きにして手招きしたのだが、

「……あ?」

『ギャハハハハ!!』

 突っ込んできた土傀儡ゴーレムを炎の爪で薙ぎ払ったものの、あまりの手応えの無さに違和感を覚えたその瞬間、土傀儡ゴーレムは攻撃を受けた部分を切り離して観客席ギャラリーへ笑いながら飛びかかっていくではないか。


「……っ!? てめぇまさか……! ミコ!!」


 ウルは一瞬で彼の思考を理解し、望子を狙って飛び込んでいく土傀儡ゴーレムの向こうにいる少女の名を叫び、

『てメぇさえアの場にイなキゃアなァアアアア!』

 一方のワイアットは完全に正気を失っており、望子を睨みつけたまま悍しい声で叫び放つ。


「……とんだ八つ当たりだわ」

「往生際が悪いなぁ全く!」

「冒険者の風上にも置けないね……!」

「……此度こたびの事は儂の失態じゃ、責任は取らねばな」


 無論、観客席ギャラリーでは土傀儡ゴーレムから望子を守る為に、ハピ、フィン、アドライト、そしてバーナードまでもが臨戦態勢を取っていたのだが――。


「……っ」

(やっぱり、わたしは……)


 望子は、この状況で全く別の事を思い返していた。


 ――それは、ウルとアドライトが双頭狂犬オルトロスの討伐依頼クエストを受け、草原へと赴いていた頃の一幕。


『ミコ、あんたはこいつをどういう触媒にしたい?』

『どういう……?』


 火のついた煙管キセルを右手に、そして左手に運命之箱アンルーリーダイスを持って尋ねるリエナに要領を得ず望子が聞き返すと、

『あぁそうさ、あたしは魔具士だからね。 ただ作るだけじゃ無く、注文してきた奴らがその魔道具アーティファクトに何を求めてるのかってのも大事になってくる』

 職人然とした表情を浮かべたリエナはそう語りつつも、ほぅ、と器用に輪っか状の煙を吐いた。


『なにを、もとめてるか……』


 そんな折、彼女の言葉を噛みしめる様に鸚鵡返おうむがえしでそう呟いた望子に対して、

『例えば……ハピからは最後まで戦い抜く為の力をってな注文を受けてるし、フィンからは……あー、ミコを守る為の力を、みたいな感じで注文を受けてるよ』

『あのふたりが……そっか』

 一方のリエナはここにいない二人の注文を例に挙げるも、何故か後者の時だけ一瞬言い淀んでしまう。


(……本当は、『みこの障害を全部殺し尽くせる力を』だけど……この子に言う事じゃないね)


 フィンが口にした途方も無く物騒な注文を望子に言うのは憚られ、その事を口にはしないリエナだった。


『……おおかみさんは?』

『ウルはまだ素材を用意出来てないからね……ミコ、簡単にで構わない。 あんたは、何が欲しい?』


 そしてリエナは望子の問いかけに軽く答えつつ、本題だとばかりに望子に手を差し伸べて――。



『……わたしは……っ』



「ミコ!? 何やってんだ! 下がれぇ!!」


 迫真の表情で叫ぶウルの視界には、何故かハピたち四人と襲い来る土傀儡ゴーレムの間に震える身体を抑えて立ちはだかる……望子の姿が映っており、

「っぐ、このぉ……! 邪魔すんなぁ!!」

 そんな望子を助けに行こうにも、彼女を飛び越した土傀儡ゴーレムが着地した際の衝撃で地面に片手をついてしまった事で、僅かに残っていた泥が纏わりつき、一瞬ではあるが彼女の動きを止めてしまっていたのだ。


「望子! 後ろに!」

「……やだ」

「みこ!?」


 ハピの忠告に首を横に振ってそう答えた事に驚いたフィンが声を上げる。


 最初よりは遥かに小さくなっていても、その外見に凶悪さを増した土傀儡ゴーレムの腕が観客席ギャラリーに届こうかという時、望子が首元に下げた立方体を握りしめて、

「わたしも、みんなをまもるの……っ!」

 吸い込まれる様な黒い瞳に涙を浮かべたまま、精一杯の大きな、されで愛らしい声で叫んだ瞬間――。



『――ぅグッ!? ぐぁアアアアアアアアッ!?』



 幼い望子とは比べるべくも無い大きな土傀儡ゴーレムが、一瞬の内に巨大な青い火の玉に覆われその身を焦がし、

「青い、炎……! 望子、貴女……!?」

「も、燃えてるよ!? 消さなきゃ!」

 そして望子が立っていた場所には、先程までの炎に包まれたウルと同じ様に全身が青く燃え上がった望子が、小さな手を土傀儡ゴーレムにかざしていた。


 驚愕の表情で望子を見るハピを押し退けて、フィンがその青い炎を消火しようと水玉を浮かべる中で、

「『火化フレアナイズ』……纏うだけの土傀儡化ゴーレマイズなどとは違う、身体そのものを炎に変換する超級魔術だよ……!それこそリエナさんくらいでなければ……っ、まさか!?」

 アドライトは信じられないといった様子で今も尚燃え続ける望子に目を向けたが、リエナの名を口にした途端、望子の首に下がる立方体の事を思い出す。


 一方、青くめらめらと小さな身体を燃焼させながら頷いた望子は、クルッとアドライトの方を向いて、

『きつねさんが、このはこにこめてくれたの。 あたしがつかえるいちばんつよくてべんりなやつだ、って』

 王都で出会った龍人ドラゴニュートのお下がりの服や靴も蒼炎と化す中で、唯一そのままの状態を保つ立方体に手を添えつつ、なるだけ望子にも分かりやすい様にしたのだろうリエナからの説明を口にしてみせた。


 その時、望子を変化させていた青い炎が不意に消え、望子がぺたんとその場に座り込むと同時に土傀儡ゴーレムを焼却していた蒼炎も消え、ボロボロと崩れていく。


「みこっ! 大丈夫!?」

「……ぅん、だいじょうぶだよ。 これ、いちにちいっかいしかつかえないし、まりょくもたくさんひつようで……でもこれで、わたしもみんなをまもれるよ」


 フィンの言葉に疲労困憊といった様子で答えた望子がそれでも笑顔を見せてそう言うと、そんな望子に思わずきゅんとしてしまった二人は矢も盾もたまらず、

「……っ! もう! 心配したんだから!」

「ありがとうね! 守ってくれて!」

 ウルと望子の赤と青の炎による煙の燻る訓練場で、望子をぎゅっと抱きしめたのだった。

 

火化フレアナイズ……それに運命之箱アンルーリーダイスとは……全く『火光かぎろい』め、八歳の幼子おさなごに無茶をさせおって……」


 そんな折、この場では彼を除きアドライトしか知らないリエナの二つ名を誰に聞かせるでも無くそう口にして、バーナードはよっこらせと腰を上げる。


 黒焦げになった挙句、魔力の殆どを吸われ横たわるメリッサ、土傀儡ゴーレムと同化していた為か右腕が粉々になり土傀儡ゴーレムの中で蒸し焼きになったワイアット、そして望子目掛けて飛び込んできたウルを見ながら――。


「……此度こたびの決闘、名無しアンノウン、ウルの勝利とする!!」


 ――彼は高らかに、そう宣言した。

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