第52話 決闘開始

 冒険者ギルド内の酒場にて望子に因縁をつけてきた二人組、ワイアットとメリッサを絞めあげた事で彼らに決闘を申し込まれてしまったウル。


 勝ち戦と踏んで二つ返事で引き受けた上に、二対一というハンデまで与えた彼女はその翌日、いざ決闘へと訓練場まで足を運んだのだが――。


「あ"ー……めんどくせー……」

「君が申し出を受けてしまったからなんだけどね」


 訓練場の一室……所謂控え室のソファーでごろごろと寝転がり怠惰を全身で表現する彼女に、応援に来たアドライトが壁にもたれかかったまま苦笑する。


「……仕方ねぇだろあれは。 あん時ゃたまたまあたしが一番あいつらに近かったってだけで、ハピもフィンも同じ様な事考えてたぜ? 多分だけどよ」


 彼女の言葉を受けたウルが、寝転がったまま顔だけ向けて言い訳がましくそう言うと、

「……きっとこういう展開になるだろうと思ったから、私が彼らを止めようとしたんだけど……バーナードさんが許可を下ろすとは考えもしなかったよ」

 アドライトは肩を竦め、ギルドマスターの采配が理解出来ないといった様に、はぁ、と溜息をついた。


 かたややる気の無さそうに、かたや呆れた様子での控えめな声音で繰り広げられていた彼女たちの会話が一段落した頃、控え室の扉がノックされて、

「……失礼します。 ウルさん、ワイアットさんたちの準備が終わったそうで……よろしいですか?」

 ゆっくり開いた扉の向こうから、エイミーが不安げな表情を浮かべてベッドに転がるウルに声をかける。


「……おぅ、構わねぇぜ」


 するとウルは一旦ソファーに胡座をかいてグーっと伸びをした後、よっこらせとソファーから降り、エイミーを安心させる為か彼女の頭にポンと手を置いて、準備万端だといった様に笑ってみせた。


「……ウル、一つだけ。 彼らの実力は間違いなく等級クラス相当だ……性格は最悪だけどね。 少なくとも、君の膂力を体感したにも関わらず尚勝ち目の無い闘いを挑んでくる程の間抜けじゃない筈だよ」


 そんな中、彼らを全く警戒していない様子のウルに対して、油断はしないでほしいとばかりにアドライトが至って真剣な面持ちで背中越しにそう告げる。


「……つまり?」

「早期決着をおすすめする。 長引かせて良い事がある様には思えないからね」


 首だけ後ろに向けたウルは、助言を送ってきた彼女へヒラヒラと手を振りながら、

「……ご忠告どーも。 じゃ、行ってくるぜ」

 エイミーと共に、ワイアットとメリッサが既に待ち構えているのだろう決闘の場へと赴いていく。


 ――念の為だと言わんばかりに、革袋に入れていた魔道具アーティファクト大牙封印スロットルに手を添えて。


 その後、エイミーの案内により冒険者ギルドで最も大きな、第一訓練場に到着したウルに対して、

「はっ、来たか人狼ワーウルフ。 尻尾巻いて逃げずにいた事だけは褒めてやっても---」

「あぁそういうのいらねぇから。 とっとと始めてとっとと終わらせようぜ」

 先に待っていたワイアットが嘲る様に声をかけてきたが、そんな彼を全く気にもかけないウルは、しっしっと手を振って間に立つバーナードに声をかける。


「なっ、亜人族デミ如きが偉そうに……っ!」

「うぉっほん! ……良いかの? ではこれより名無しアンノウンウルと、双頭の蛇ツイングリードワイアット、メリッサによる決闘を開始する。 審判は儂が受け持つからの」


 いかにも興味無さげに無表情でそう言ったウルに、口汚く言い返そうとしたワイアットの言葉を大袈裟な咳払いで遮って、昨日までゆったりとした服装とは違う、ギルドマスター然とした尊厳さを感じさせる装いのバーナードが重々しい声音でそう告げてきた。


 一方、ウルたちが立つ場所から少し上の方に位置する即席の見物席にて観戦する事になった望子たちは、

「おおかみさーん! がんばってねー!」

 小さな手を口元に添えつつ、望子がウルを応援しようと精一杯の声を上げている一方で、

(あんのうん? って何だろう)

(一党パーティ名が無いって事かしらね)

 ウルの実力をしっかり把握しているからこそハピとフィンは特に心配していなかったが、どうやらバーナードの言葉に共通の疑問を持っていたらしく、そんな憶測をこそこそと呟き合っている。


「互いの勝利条件は明確な戦闘不能……ウルが勝利すれば、双頭の蛇ツイングリードは今後一切当ギルドへの出入りは叶わず、加えて瑠璃ラピス鋼鉄メタルへの降格となる。 良いかの?」

「構わないわ。 馬鹿力だけが取り柄の亜人族デミに私たちが負ける筈無いもの」


 そんな折、バーナードが今回の決闘の取り決めと、ワイアットたちが敗北した場合の罰則ペナルティをつらつらと説明すると、余裕綽々といった表情のメリッサが、露出された無駄に大きな胸を張ってそう答えた。


「……そして、双頭の蛇ツイングリードが勝利した場合、先程挙げた懲罰を取り消し、自分たちへ謝意を示した後……っ、ミコを、奴隷にする。 それが、ワイアットたちが提示したお主への罰則ペナルティとなる」

「「「「は?」」」」


 本当は彼もこんな事は口にしたくも無いのだろう、バーナードが極めて苦々しい表情を浮かべてそう言った瞬間、亜人ぬいぐるみたちだけで無く控え室から移動し望子たちの隣に座っていたアドライトの声も重なる。


「色々考えたんだけどよぉ、あそこまでキレるって事はよっぽどあの餓鬼が大事なんだろ? だったらこれが一番ダメージでけぇよなぁ!? ぎゃははは!!」

「うふふ! ワイアットってやっぱり最低最悪よね! まぁそこがいいんだけど!」

「……」


 何がそんなにおかしいのか、ゲラゲラと笑い合いながらそう宣う二人を前にウルは沈黙を貫いていた。


「……どれい、ってなに? わたし、どうなるの?」


 一方、先程まで快活な様子でウルを応援していた望子は、初めて耳にする『奴隷』という単語の意味を理解出来ず、されど決して良い意味では無いのだろうと判断し、両隣に座るハピとフィンを不安げに見遣る。


「……知らなくていいのよ」

「ねぇやっぱりボクがっていい!? 駄目ならこっそりるから! ねぇってば!」


 かたや今にも泣きそうな望子の頭を撫でながらハピは優しく言い聞かせ、かたや今にもウルたちの間へ割って入らんばかりの勢いでフィンが叫ぶも、

「まぁまぁ落ち着いて、君たちは彼女の仲間だろう? ウルは負けたりしないさ、ね?」

 彼女たち……特にフィンを宥める様にアドライトが静かな声音でそう言うと、むうぅ、とフィンは唸りながらも大人しく引き下がっていた。


 ……実を言えば、決闘のルールの一つに『他社の介入を禁じる』というものがあり、ここでフィンが割り込んでしまうと強制的にウルの敗北となってしまうゆえに、アドライトは彼女を止めたのだった。


「……まけないで、おおかみさん……!」


 そんな中、望子は先程よりも更に祈りを強める様にぎゅっと両手を組み、ウルの勝利と無事を願う。


「では、双方位置について……」


 そして説明を終えたバーナードがそう言うと、三人はそれぞれ二人と一人に分かれて位置につき、

「……始めぃっ!!」

 訓練場中に通るその低く大きな声と共に、ワイアットたちはそれぞれ身の丈程の槍斧ハルベルトと、いかにも高価そうなワンドを構え、戦闘態勢を整えていたのだが――。

 

(さっきので冷静さの一つでも失ってくれりゃあ勝ちも同然だが……ここは手筈通りに痺毒大蛇パラーダの毒で……)


 ――アドライトの読み通り、彼らはまともに決闘をするつもりは毛頭無く、『ドラゴンさえも鈍麻どんまする』と云われる蛇の魔獣の毒を使い、自分たちをこけにしたウルを弄んだ挙句に幼い望子を奴隷にし、とことんまでに彼女たち四人を蹴落とそうと画策していたのだった。


「悪いがてめぇみてぇな奴とまともにやり合う気はねぇよ! メリッサ、例のもんを……メリッサ?」


 ワイアットはそう叫んで後ろに控えているはずのメリッサに呼びかけたが、一向に彼女からの返事が無い事に違和感を覚え振り返るとそこには、

「……な、なぁっ!? め、メリッサぁ!! てめぇいつの間に……っ、何でそこにいやがる!?」

 いつの間にか自分たちの後ろに回り込んでいた、見慣れない器具を口元に装着したウルと――。


 ――最早何処からが服で何処からが身体なのかも分からない程に黒焦げになった、かろうじてメリッサだろうと分かるものが転がっていた。


「さぁな、どうでもいいだろそんな事。 ほら、かかってこいよ。 そいつみたいに炎で黒焦げになるウェルダンか、それとも爪で挽き肉になるミンチか……選ばせてやるからよ」

「っ、ぐぅっ……!」


 目を見開いて叫ぶ彼に対して赤く燃える巨大な爪を展開して躙り寄るウルに、ワイアットはすっかり萎縮し震えてしまっていたのだが、

(俺が、この俺が、こんな一匹如きにびびって……?……ふざけんな、ふざけんな――)

「ふざけんなぁ! 俺はブロンズだ!てめぇみてぇな奴に負ける訳がねぇ!! 負けていい筈がねぇええええ!!」

 自分の中にある拭いきれない恐怖心を吹き飛ばす為に叫んだワイアットは、己の武器である槍斧ハルベルトを深く地面に突き立て、その身体と武器に魔力を纏わせる。


「『――地底に眠りし禁忌の力! 望む全てをくれてやる! 今ここに顕現し、我が身に宿れぇ!!』」

「……っ」


 そんな物騒にも思える詠唱と同時に突き立てた槍斧ハルベルトを中心に橙色の魔法陣が展開され、異常を感じたウルがバッとその場から飛び退く一方、

「あれは……っ!」

 その詠唱に覚えがあったのか、アドライトは身を乗り出し目を見開いて驚愕していた。


「っあ、あのひと……!」


 その瞬間、黒焦げとなっても尚ウルのギリギリの手加減により一命を取り留めていたメリッサが、大きな魔法陣の描かれた地面に吸い込まれていくのを見て望子は思わず口を覆い、ひっ、と声を上げてしまう。


「『……ことごとくを圧殺あっさつし、轢殺れきさつし、鏖殺おうさつする力を!! 土傀儡化ゴーレマイズ!!』」

「……!!」


 詠唱完了と同時に橙色の魔法陣が強く輝き、異様に粘ついた地面がワイアットに纏わりついていく。


 ウルは魔術の影響を受けていない訓練場の壁に片方の爪を深く突き立て地面から足を離し、次第に形を成していくそれを見上げていたのだが――。


『……グァハハハハ!! アノオンナノマリョクデハコンナモノカ? ダガジュウブンダ! ナマイキナデミモ、コノギルドモ! ナニモカモツブシテヤル!!』


 ――やけに片言で叫ぶそれは、丸みを帯びたドロドロの胴体に大きな眼とガチャガチャとした石の歯がついた口、そして不揃いな大きさの腕が生えた……怪物と言う他の無い、上半身だけの巨大な泥の塊だった。


土傀儡化ゴーレマイズ……土属性、広範囲ハイレンジ変化ナイズ系統の上級魔術。 仮にもブロンズ呪文戦士スペルウォリアーだし扱えても不思議ではないけど……まさか仲間を触媒にするとは……外道め」


 誰に聞かせるでも無く彼が行使した魔術の性質を口にしたアドライトの言葉を耳にしていたハピとフィンは、いつでも応戦出来る様に臨戦態勢を整える。


 ――無論、望子を守る為に。


『サァココカラガホンバンダゼ! サッサトコッパミジンニシテ、ソノアトアノガキハドレイオチダァ!!』

「……」


 性懲りも無くそんな事を叫ぶワイアットだったものの言葉に対し、一方のウルは反応すら見せずに、されど彼を見つめながらブツブツと何かを小さく呟く。


「……ミコが見てなきゃな……」


 そうすれば、先程の女の様に加減などせずぶち殺してやるのに、そんな風に呟く彼女の目には最早怒り以外の感情は……何一つ宿っていなかった。


 それは奇しくも、王を殺した時に似て――。

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