第51話 無知蒙昧な二人組

「「「乾杯!」」」

「かんぱーい!」


 そんな掛け声と共に、望子たち四人はドルーカの冒険者ギルド内の酒場にて、テーブルに並べられた食事を囲み、それぞれが手にした飲み物を搗ち合わせる。


 魔道具店主の狐人ワーフォックス、リエナから触媒の魔道具アーティファクトを受け取って五日、彼女たちは望子を連れた状態でいくつかの依頼クエストをこなしており、その結果、原石等級ストーンクラスだった望子は黒曜等級オブシウスクラスへの昇級を果たしていた。


「んぐっんぐっ……ぷぁーっ! 美味ぇ!」


 そんな折、ウルが周りなど一切配慮せず、テーブルに麦酒エールが入ったジョッキを勢いよく置き、

「……ふぅ、良い飲みっぷりね。 上手く依頼クエストを遂行出来たし、嬉しいのは分かるけれど」

 満面の笑みで叫ぶ彼女に対してハピは、赤紫色の葡萄酒ワインの注がれたグラスを片手にニッコリと微笑む。


「ごくごく……ふへぇ。 うんうん、酔っ払って迷惑かけちゃうのはあれだもんねぇ。 ね、みこ」


 一方、フィンが口の端についた蜂蜜酒ミードをペロリと舐めとりながら答え、正面に座る少女に話を振ると、

「んくんく……ぅん? ぷは、そうだね。 のみすぎちゃだめだよ? めいわくもかけちゃだめだからね」

 残念ながらこの異世界においても未成年である望子は、サーカ大森林で収穫した柑橘系の果実を持ち込んで、甘橙汁オレンジジュースを作ってもらっていた。


「んぐ? ……あぁ、わーかってるって! ほら、肉とかもちゃんと食ってるから大丈夫だぜ!」


 しかし、折角の望子からの忠告を聞いているのかいないのか、ウルは歯形のついた大きな骨付き肉を片手に持って、うははと大きく口を開けて笑っており、

「完全に酔ってるわねこの

「誰が運ぶのか分かってるのかな全く」

 そんな彼女を見ていた他二人の亜人ぬいぐるみが、自分たちも若干酔った様子で呆れていたのだが――。


「……なにかあったらぬいぐるみにもどしちゃうからだいじょうぶだよ、ふふ」


 そんな中、八歳児には似つかわしくない何処か妖艶な笑みを浮かべ望子がそう言ったのを聞いた二人は、

(何か逞しくなったと思わない? 望子)

(魔道具あれのせいかな……まぁ悪い事じゃないよ)

 こそこそと呟き合い、ふと二人が目を向けた望子の首には、リエナが調整を済ませた運命之箱アンルーリーダイスという名の魔道具アーティファクトが掛けられており、当の望子は笑顔のままで薄く切った肉を美味しそうに食べていた。


 すっかり日が暮れてしまい、望子たちも食事を終えようと立ち上がらんとしたその時、バンッという全く周囲に配慮しない大きな音と共にギルドの扉がひらき、

「……おい、おいおいおい! 何で天下の冒険者ギルドにこんな餓鬼がいやがるんだぁ!?」

 入ってすぐにギルドを見回して望子の姿を視認した瞬間、無駄にごてごてとした黄金色の鎧を身に纏った茶髪の青年がそんな風に喚いている。


 そんな彼の声に酒場がしんと静まり返る一方、ガンッと音を立てて木製のジャッキを机に置いたウルが、

「……あぁ?」

 三人の亜人ぬいぐるみの中で真っ先に反応し、地を這う様な低い唸り声を上げて威嚇した。


 ――望子の事を言っているのだと、確信したから。


「……ちょっと聞いてるの? そこの小娘」

「ひぅっ!? い、いや、あのっ……」


 そんなウルの威圧が届いていなかったのか、はたまた気づかない程に鈍感なのかは分からないが、青年の横に立っていたやけに露出の多い魔術師然とした装備の金髪の女性が望子を指差すと、ただでさえ先程の扉がひらく大きな音に怯えていた望子は、より一層小さく縮こまり、涙目になってしまっている。


「はっ、ここのギルドマスターは元金等級ゴールドクラスだって聞いてたから、冒険者たちも粒揃いかと思ってたが……とんだ期待外れだったなぁ!!」


 酒場で呑んだくれていた全ての冒険者たちを煽る様にそう叫ぶと、酔っぱらっている者もそうで無い者も含めて冒険者たちが喧々囂々といった様に、

「何だいきなり入ってきてよぉ!」「馬鹿にしてんのか!?」「表出ろこの野郎!」「私たちのミコちゃんを悪く言わないでくれる!?」「そうだそうだ!!」

 彼、或いは彼女に向けて口々に叫び放った事で、ギルドの酒場は一瞬で喧騒に包まれてしまう。


「「「……」」」


 ――その一方、亜人ぬいぐるみたちは沈黙を貫いていた。


 無論、ただ黙っている訳では無く、ある者は自身の爪を赤熱させて威嚇し、ある者は皿が浮かびかねない程の風を纏い、またある者は望子を慰めながらも兵器とまで称された自身の触媒を展開せんとしていた。


 未だぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人に対し、我慢の限界だと亜人ぬいぐるみたちが攻撃を開始しようとした瞬間、

「その辺にしておく事だよ」

 騒然としていた酒場に低めの女声が響いた事で、聞き覚えのある冒険者たちは瞬時に静まり返る。


 再びしんとなった冒険者たちに違和感を抱いた青年が、声のした方へ振り向くやいなや、

「あァ……? 何だてめぇ、は……っ!? あ、アドライト!? シルバー等級クラスの……!!」

 目を見開いて驚く片割れをよそに、自分より遥かに等級クラスが上なのだろう森人エルフの冒険者の名を叫んだ。

 

「……そういう知識はあるみたいで何より。 力を持て余しているのなら、私が相手になろうか? 紅玉スピネルのメリッサと、ブロンズのワイアット、だったかな」


 名を呼ばれたアドライトは、然程嬉しそうな様子も無く呆れた表情で彼らの名前と等級クラスを言い当てたが、

「……はっ! 光栄だねぇ! 銀等級シルバークラス様に名を知られてるなんてよ!」

 ワイアットと呼ばれた青年は、その言葉に気を良くしたのかわざわざ声を大にして醜悪な笑みを見せる。


「……まぁね。 国内である程度力のある冒険者は大体頭に入っているよ……性格や素行は悪くとも、ね」


 そんな彼を心底蔑む様に見遣りつつ、アドライトが舌でも打たんばかりの不機嫌な声音でそう告げると、

「……ふん、人の事言えるのかしら。 貴方だって冒険者稼業より女遊びに精を出してるんじゃなくて? 誉れ高き銀等級シルバークラスが聞いて呆れるわね」

 未だ男装しているアドライトをおそらく男だと思っているのだろう、メリッサと呼ばれた女性はお淑やかさの欠片も無い表情で彼女を煽っていた。


 ――その時。


「ははっ、全くだな! このギルドの連中は、全員あの餓鬼と同じレベルの……がっ!?」

「ぅ、ぐぅっ!?」


 ワイアットが望子を見ながら更に罵声を浴びせようとしたのだが、そんな彼とメリッサにいつの間にか接近していたらしいウルが二人の首を片手で絞めて、

「もういい、これ以上その臭ぇ口開くんじゃねぇ」

 全くの無表情で魔力も一切纏わせぬまま、ググッと持ち上げ引きちぎらんばかりに爪を立てる。


「はな、せぇ……! ごの、やろ……」

「か、はぁっ……! や、やめ……」


 歴戦の猛者たるアドライトすら止める間も無く的確に首を絞めた事で、彼らは潰れた声しか出せないでおり、我関せずといった亜人デミやおろおろとする望子、そして冒険者たちが息を呑んで見守る中で――。


「ウル、そこまでじゃ」

「っ!」


 その声と共に突然ウルの肩にバンッと強い衝撃が走った事で、普段なら自慢の嗅覚で気づく為か、驚いた思わず彼女は持ち上げていた二人を落としてしまう。


「……今頃出てきて何の用だ? ギルドマスターよ」


 あ? と声を上げて振り返るとそこには、比較的長身のウルでも見上げなければならない程背の高い、ギルドマスターのバーナード、通称バニーが立っていた。


「……そやつらが悪いのは分かっておるが、ギルド内での揉め事は勘弁してほしいのぅ」


 一方、彼はそう言ってウルを宥めつつ、白い顎髭を扱きながらギロリとくだんの二人に視線を向けると、

「げほっ、あ、あんた、ギルドマスター?」

「っぐ、俺たちはブロンズ紅玉スピネルだぞ! おい! こいつの免許ライセンスを剥奪して……いや奴隷落ちぐらいまで……!」

 バーナードの存在を視認した二人は、鬼の首でも取ったかの様に等級クラスを強調し、ウルを貶めようとする。


「何故じゃ? 先程も言うたが、悪いのはお主らの方じゃからのぅ……ギルド内での無用な諍いと冒険者への誹謗中傷……実に目に余る行為じゃ。 まぁ……剥奪とまではいかんが、当ギルドへの出入禁止と、それぞれ三等級クラスずつの降格とさせてもらうかの」


 だが、バーナードは表情一つ変えずに静かな声音で彼らの所業を自覚させる様に語りつつ、そんな彼らへ適用させる比較的軽めにも感じる罰則を告げると、

「「……はぁ!?」」

 どうやら完全に予想外だったらしく、彼らにとってはあまりに無体なその展開に驚愕の声を上げていた。


「ざまぁねぇな」


 そんなやりとりを見ていたウルが、ハッと真顔のまま鼻を鳴らして笑うとワイアットは青筋を立てて、

「ふっ……ふざけんな! そんなの認められるか!! おいてめぇ! 決闘だ! 俺たちと決闘しやがれ!!」

 あまりの怒りでガラガラとしゃがれてしまっていたその声で、ウルをビシッと指差しつつ宣戦布告する。


「……は? 決闘? 何でだよ」


 一方、決闘という言葉の意味は知っていても、何故このタイミングで? と疑問を持ったウルに、バーナードの横に立つ受付嬢のエイミーが一歩前に出て、

「冒険者同士の間で争いが起きた場合、それを力で解決する為の制度があるんですが……上位の方から下位の方への決闘の申し出は基本的には不可能で……」

 ワイアットとメリッサ、両名に諭す様に決闘の制度を言い聞かせるも、メリッサはカッと目を見開いて、

「黙りなさい! ここまでコケにされて引き下がれる訳無いじゃないの!!」

「ひぇっ!?」

 完全にワイアットと同意見なのか、食いかからんばかりの勢いで叫ぶ彼女にエイミーは怯えてしまう。


「……あたしはいいぜ。 その代わり、二対一だ。 お前らの相手はあたし一人でやる。いいだろ?」


 彼女を庇う様にして前に出たウルが、決闘の条件を提示しつつ仲間たちへ目を向けると、

「別にいいわよ? しっかりズタボロにしなさいね」

「ボクもいいや。 そいつら弱そうだし」

 彼ら自身には然程興味も無く、ただ単に望子を蔑んだ事だけが許せないでいた二人は、頑張ってねとヒラヒラと手を振りながらそう口にしていた。


「クソが……っ! どこまでも馬鹿にしやがって……! おい、これで成立しただろ!?」


 彼女たちの言い草に怒りで顔を真っ赤にしたワイアットが、静観していたバーナードに叫び放つと、

「……良かろう。 では明日の正午、ギルド裏の訓練場にて決闘を執り行う。 双方遅れぬ様にの」

 彼は、ふむと唸って少し思案する様子を見せてから頷いて、威厳のある低い声音で粛々とそう告げる。


「おい人狼ワーウルフ! 降参なんて許さねぇ、腕や脚の一本や二本失う覚悟をしてやがれ!! おい行くぞ!」


 そう吐き捨てたワイアットは、メリッサを引き連れてギルドを後にしたのだが――。


 ――その、瞬間。


「「「……うぉおおおおおおおお!!!」」」


 新人冒険者であるウルの啖呵に酒場中の冒険者たちが湧き立っており、頑張れよとウルを鼓舞する者もいれば、ふざけやがってと彼らを非難する者もいた。


「おおかみさん……」


 そんな中、いかにも苦々しい表情で舌を打っていたウルに、望子が控えめに声をかけると、

「……ん? ミコ、どうした?」

 途端にその表情をパッと笑顔に戻したウルが、望子に目線を合わせんと屈んでから問いかける。


「……わたしのために、おこってくれたんでしょ? ありがとう。 でも、あぶないことはしないでね?」


 すると望子は、自分の為に腹を立ててくれた事が嬉しかったらしく、注意はしつつも礼を述べ、

「っお、おぅ! へへ、気にすんなって! ミコを守るのがあたしの役目だからな!」

「……うんっ!」

 ウルは望子のあまりの愛らしさに、思わず望子を持ち上げてから抱きしめて、一方の望子もウルにぎゅっと抱きついて笑みをこぼしており、そんな微笑ましい光景に冒険者たちはほっこりしてしまっていた。


(……ふふ、尊いね)


 ――もしかするとアドライトだけは、若干方向性が違ったかもしれないが。

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