第47話 黄泉返りし双頭狂犬
『グルァ……ギャウッ!?』
「十と三……ふぅ、キリが無いね」
両腕に装着した
「中々巣穴にも近づけねぇな……そんなに大事なもんでもあんのかね、っと!」
『グ、ギャアッ!』
ウルは両手に展開した巨大な赤い爪で、次々襲いくる
「かもしれな――」
そんなウルの言葉に返事をしようと振り返ったその時、今にも飛びかからんとする
「! ウル! 後ろに――」
「よっと」
彼女は思わず声を上げたが、当のウルは自慢の鼻で全て分かっていた為か大きく身体を後ろに反らして、飛びかかってきた
「……っと、やるね」
悲鳴を上げる間も無く消し飛ぶ
「囲まれちまったか……結構統率とれてんな。 別の巣穴を見落としてたってのもあるが……」
ウルの言う様に、
「……いや、あれはたった今作ったんだろう。掘削を
そう言ってアドライトが指差す先には、巣穴からヒョコッと頭を出した比較的小さな
「役割分担か……まぁいいさ、数だけ多くても意味はねぇって事を教えてやるぜ……!」
深く長い息をついた後、ウルはバチンと指を鳴らしつつ右手に業炎を宿し、邪悪な笑みでそう告げた。
背中合わせになる様に立っていた為に、そんな彼女の表情が見えていないアドライトは軽く微笑んで、
「ふふ、頼もしいね……じゃあ、私も少しだけ本気を出そうかな。
何故か展開していた
「何を……って、今まで本気じゃなかったのか?」
その言動と行動、両方に疑問を
「勿論だよ。 討伐とはいえ、今回は素材の回収が主な目的だからね。 全力でやったら影も形も残らない」
「……そうかよ。 じゃ、お手並み拝見だな」
先程よりも一段低くなったその声で答えたアドライトに、怖気にも似た何かを感じたウルだったが、両手でパンッと頬を挟み、気を取直してそう口にした。
「ふふっ、期待に添えられる様にしないとね、っと」
ウルの言葉を受けた彼女は、
「『
詠唱を始めた瞬間、両腕に装着された
『グルルル……!』
『ガウッ、ガウッ!』
『『『……ウォオオオオーーー……ッ!!!』』』
だがここで、時間をかけるのは愚策だと吠え声で意思疎通をしたのか、遠吠えを上げた
「っ、おい、来るぞ……っ!?」
警告する為ウルがそう叫びつつアドライトの方を向いた時……彼女は思わず言葉を失った。
それも無理はないだろう、アドライトの両腕に装着されていた筈の
「お、お前それ……!」
「『かの者に迅雷の雨粒を――『
ウルの困惑を込めた言葉を無視して放たれた黄色い砲弾の様な魔力は、ある程度上空で一際強く輝くと同時に無数の雷の矢となって、一様に空を仰いでしまっていた
「……雷の、雨か……?」
一頭、また一頭と雷の矢に貫かれ絶命していく中、少しずつ対応しているのか躱す個体が現れた事で、
「ちっ、躱され――」
「ないよ、見てて」
ウルが舌を打ちつつその個体を仕留めようとしたのだが、アドライトが彼女の言葉を継いだ瞬間、完全に躱され地面に落ちる筈の雷が奇妙な軌道を描き、躱したばかりの個体の二つの脳天を貫いてしまう。
「……
得意げな表情で語る彼女の言葉通り、
「……とんでもねぇな」
二度、三度と躱していた個体にも、それまでに躱してきた筈の雷の矢が軌道を変えて襲いかかる……その凄惨な光景にウルはそんな呟きしか出てこず、
「ふぅ……これで終わり――」
漸く目で見える範囲の
『――ヴァオオオオオオオオーーー……ッ!!!』
「っ!?」
「ぅ、おぉっ!? 何だぁ!?」
そんなアドライトの言葉を遮る様に、一層おどろおどろしい雄叫びが轟くと同時に、二人が最初に見つけた方の巣穴から無理矢理飛び出してこようとする、ドロドロに溶けた二つの顔と血走った大きな四つの目。
――そして、何よりも。
「……あいつが群れのボス、か……ってうわっ! くっさ! くっさ!! 何だこの
その姿を視認した瞬間、ウルはあまりの激臭……いや、正確には腐敗臭に鼻を両手で覆って
「腐敗、してるみたいだね。 まさか
「……
「似て非なるものだよ……そうだね、分かりやすく言えば……より多くの魔力を有する上位個体。 付け加えて言うのなら……必ずしも悪ではないって事かな」
どうやらゾンビは知っているらしいウルの問いかけに、すらすらと解説するアドライトに対して、
「悪じゃない……? あんな
いまいちウルは納得がいかず、再度視界に映る禍々しい存在について詳しく聞こうとする。
「おそらく元々この群れの
「……それで?」
すると、何故かアドライトは途端にその整った表情を苦々しい歪めつつ、されどウルの疑問に答えたくない訳では無いのか、未だその巨体に見合わない巣穴から這い出てこようとしている
「更に憶測になるけど……多分、仲間を置いて死ねないって考えたんじゃないかな。 そして、運良く……いや、運悪くかな。 死の淵から戻ってきてしまった。 命は持たぬが意思は持つ……
「あいつらが、巣穴に近づかせまいとしてたのは」
「守り、守られてたんだろうね。 生前も、そして」
「死後も、か……まぁ、理由はどうあれやるしかねぇんだろ? だったら、あたしがやる」
決して憶測の域を出ないとはいえ、ただ一心にこちらを睨み続けているその個体に少し同情してしまう二人だったが、気を取り直す為かウルは両手で頬をパンッと挟み、一歩前へと踏み出してそう口にする。
「しかし……大丈夫なのかい? その……」
控えめにそう言ったアドライトは、彼女が元々嗅覚に優れる
「
一方のウルは辺りに漂うとことんなまでの悪臭に顔を顰めつつも、他に看取ってやれる仲間もいねぇんだからな、と言って長の方へと向かっていった。
(……優しい、いや……甘い、のかな。 そこもまた、魅力的だけどね)
『『ヴォルルルル……!!』』
漸く狭い巣穴を突き破る様にして姿を現した
――お前たちか、と血の涙を流して。
「悪かったな、
そう呟いた瞬間ウルが両手を地面につき、奇しくも眼前の
「っ!? ウル、何を……っ!?」
アドライトは声を荒げてしまったが、無理もないだろう、何しろ彼女からはウルが突然這いつくばって降伏した様にしか見えなかったからだ。
「あたしは……あいつらとは違うぞ……! てめぇの力ぐらい……乗りこなしてやらぁああああっ!!」
しかし、ウルがその姿勢のまま全身に赤く輝く魔力を纏うと、
「な……っ!
目を見開いて驚愕するアドライトの視界には、燃え盛るウルの炎で
『ルァアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『……ヴァオオオオオオオオーーーッ!!!』
かつて太古の地球を我が物顔で闊歩していたのだろう怪物を模したウルの、大きくかつ超高温の雄叫びにも
――そして、両雄が激突する。
『ウルルル……! ルァアアアアアアアアッ!!』
『ヴォ、ァ――』
……
「……はっ! ウル……ウル! 無事か!?」
流石は
「っつつ、ぁあ、何とかな……悪い、肩貸してくれねぇか。 あいつがどうなったか確認しねぇと……」
ウルは、着ていた服に移った火種を払いながら、アドライトに片方の腕を伸ばした。
「あぁ、勿論だよ。 よっと……ふふ、あんな凄い魔術を行使したとは思えない程軽いね、君」
ウルより更に細身のアドライトは、軽々とウルの身体を肩にかかった腕ごと持ち上げ微笑むと、
「う、うるせぇ……それよりも……お、上手くいってたみてぇだな……良かった良かった」
照れ臭そうなウルの視線の先、
「うん? ……! まさか、狙ってやったのかい?」
目の前の光景に驚きを隠せないアドライトがそう言うと、へへ、とウルが力無く笑みを浮かべて、
「……あいつらには、負けてらんねぇから、よ……」
「……ウル?」
言葉が少しずつ途切れ途切れになっていき、それを気にしたアドライトが目を遣ると――。
「……すかー……」
――力を使い果たした様で、眠ってしまっていた。
(無理もない……あれだけの威力だ。 しかも目当ての牙と魔石には焦げ目一つ付いていないときた。 一体どれ程の精神力を消費していたのか……)
そう分析したアドライトは、彼女の肩にダランともたれかかって眠るウルを見て微笑み、
「……ふふ、ますます興味が湧いたよ。 ウル、君にも……君の仲間たちにも、ね」
アドライトはそう呟いてから可能な限り牙と魔石を回収し、死体を一箇所に集め埋葬した後で簡素に祈りを捧げ、ウルをおぶって帰還した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます