第47話 黄泉返りし双頭狂犬

『グルァ……ギャウッ!?』

「十と三……ふぅ、キリが無いね」


 両腕に装着した弩弓クロスボウから矢を放ち、一頭一頭確実に仕留めていくアドライトに対して、

「中々巣穴にも近づけねぇな……そんなに大事なもんでもあんのかね、っと!」

『グ、ギャアッ!』

 ウルは両手に展開した巨大な赤い爪で、次々襲いくる双頭狂犬オルトロスを手当たり次第に蹴散らしていく。


「かもしれな――」


 そんなウルの言葉に返事をしようと振り返ったその時、今にも飛びかからんとする双頭狂犬オルトロスの姿が映り、

「! ウル! 後ろに――」

「よっと」

 彼女は思わず声を上げたが、当のウルは自慢の鼻で全て分かっていた為か大きく身体を後ろに反らして、飛びかかってきた双頭狂犬オルトロスの腹を逆立ちの要領で蹴り上げ、靴底から放射状の炎を放ち焼却した。


「……っと、やるね」


 悲鳴を上げる間も無く消し飛ぶ双頭狂犬オルトロスを見て、余計な心配だったかなと呟くアドライトだったが、

「囲まれちまったか……結構統率とれてんな。 別の巣穴を見落としてたってのもあるが……」

 ウルの言う様に、双頭狂犬オルトロスの群れはもう一つの巣穴から飛び出してきた集団と素早い動きで円を組み、充分な距離をとって二人を取り囲んでいる。


「……いや、あれはたった今作ったんだろう。掘削を役割ロールとする個体がこの群れには多いと見て良さそうだ……ほら、あれがそうだよ」


 そう言ってアドライトが指差す先には、巣穴からヒョコッと頭を出した比較的小さな双頭狂犬オルトロスがおり、

「役割分担か……まぁいいさ、数だけ多くても意味はねぇって事を教えてやるぜ……!」

 深く長い息をついた後、ウルはバチンと指を鳴らしつつ右手に業炎を宿し、邪悪な笑みでそう告げた。


 背中合わせになる様に立っていた為に、そんな彼女の表情が見えていないアドライトは軽く微笑んで、

「ふふ、頼もしいね……じゃあ、私も少しだけ本気を出そうかな。 銀等級シルバークラス相応に、ね」

 何故か展開していた弩弓クロスボウを、ガシャンと音を立てて畳み始めた事にウルは驚き、

「何を……って、今まで本気じゃなかったのか?」

 その言動と行動、両方に疑問をいだいて尋ねると、彼女はクスッと冷たい笑みを浮かべる。


「勿論だよ。 討伐とはいえ、今回は素材の回収が主な目的だからね。 全力でやったら影も形も残らない」

「……そうかよ。 じゃ、お手並み拝見だな」


 先程よりも一段低くなったその声で答えたアドライトに、怖気にも似た何かを感じたウルだったが、両手でパンッと頬を挟み、気を取直してそう口にした。


「ふふっ、期待に添えられる様にしないとね、っと」


 ウルの言葉を受けた彼女は、弩弓クロスボウを装着した右腕を高く掲げ、そこへ左腕を添えて直立し、

「『魔弾装填ローディング属性付与Tエンチャントサンダー標的確認ターゲットロックオン』」

 詠唱を始めた瞬間、両腕に装着された弩弓クロスボウが重ねられた両腕を支点とし、ガチャガチャと音を立てて回転し、次第にその形を大きく変えていく。


『グルルル……!』

『ガウッ、ガウッ!』

『『『……ウォオオオオーーー……ッ!!!』』』


 だがここで、時間をかけるのは愚策だと吠え声で意思疎通をしたのか、遠吠えを上げた双頭狂犬オルトロスたちが輪を詰める様に襲いかかってきた事で、

「っ、おい、来るぞ……っ!?」

 警告する為ウルがそう叫びつつアドライトの方を向いた時……彼女は思わず言葉を失った。


 それも無理はないだろう、アドライトの両腕に装着されていた筈の弩弓クロスボウが彼女の両腕どころか上半身を覆う様な形状の大砲カノンへと変化を遂げ、今まさに空へと向けて何かを撃ち出さんとしていたからだ。


「お、お前それ……!」

「『かの者に迅雷の雨粒を――『急襲雷雨コールライン』』」


 ウルの困惑を込めた言葉を無視して放たれた黄色い砲弾の様な魔力は、ある程度上空で一際強く輝くと同時に無数の雷の矢となって、一様に空を仰いでしまっていた双頭狂犬オルトロスの群れめがけて降り注いだ。


「……雷の、雨か……?」


 一頭、また一頭と雷の矢に貫かれ絶命していく中、少しずつ対応しているのか躱す個体が現れた事で、

「ちっ、躱され――」

「ないよ、見てて」

 ウルが舌を打ちつつその個体を仕留めようとしたのだが、アドライトが彼女の言葉を継いだ瞬間、完全に躱され地面に落ちる筈の雷が奇妙な軌道を描き、躱したばかりの個体の二つの脳天を貫いてしまう。


「……命中シュトレイって言ってね、私が発射、及び投擲した物は、必ず標的に命中するんだよ。 そういう恩恵ギフトさ」


 得意げな表情で語る彼女の言葉通り、命中シュトレイとは授かった者が放った何かが標的へと着弾する前に破壊、或いは相殺されない限り必ず命中するという射手アーチャーにとっては非常にありがたく、そうで無い者も職業ジョブの鞍替えを検討する程汎用性の高い恩恵ギフトであった。


「……とんでもねぇな」


 二度、三度と躱していた個体にも、それまでに躱してきた筈の雷の矢が軌道を変えて襲いかかる……その凄惨な光景にウルはそんな呟きしか出てこず、

「ふぅ……これで終わり――」

 漸く目で見える範囲の双頭狂犬オルトロスを始末し終えたと判断したアドライトが、再びガシャッと音を立てて大砲カノン弩弓クロスボウへもどし、一息つこうとした瞬間――。



『――ヴァオオオオオオオオーーー……ッ!!!』



「っ!?」

「ぅ、おぉっ!? 何だぁ!?」


 そんなアドライトの言葉を遮る様に、一層おどろおどろしい雄叫びが轟くと同時に、二人が最初に見つけた方の巣穴から無理矢理飛び出してこようとする、ドロドロに溶けた二つの顔と血走った大きな四つの目。


 ――そして、何よりも。


「……あいつが群れのボス、か……ってうわっ! くっさ! くっさ!! 何だこのにおい!?」


 その姿を視認した瞬間、ウルはあまりの激臭……いや、正確には腐敗臭に鼻を両手で覆ってうずくまり、

「腐敗、してるみたいだね。 まさか黄泉返りレヴナントとは」

 銀等級シルバークラスといえど耐え切れるものでは無いのか、アドライトもそう口にして袖で顔の下半分を覆っていた。


「……黄泉返りレヴナント? ゾンビとかとは違うのか?」

「似て非なるものだよ……そうだね、分かりやすく言えば……より多くの魔力を有する上位個体。 付け加えて言うのなら……必ずしも悪ではないって事かな」


 どうやらゾンビは知っているらしいウルの問いかけに、すらすらと解説するアドライトに対して、

「悪じゃない……? あんなくさいのがか?」

 いまいちウルは納得がいかず、再度視界に映る禍々しい存在について詳しく聞こうとする。


「おそらく元々この群れのおさだったんだろうね。 で、縄張り争いか何かを襲って返り討ちにあったか……それらが要因となって、一度死んでしまったんだ」

「……それで?」


 すると、何故かアドライトは途端にその整った表情を苦々しい歪めつつ、されどウルの疑問に答えたくない訳では無いのか、未だその巨体に見合わない巣穴から這い出てこようとしている黄泉返りレヴナントを警戒しながら憶測を語ると、何とか彼女の話を噛み砕いて理解出来ていたウルがそう言って先を促した。


「更に憶測になるけど……多分、仲間を置いて死ねないって考えたんじゃないかな。 そして、運良く……いや、運悪くかな。 死の淵から戻ってきてしまった。 命は持たぬが意思は持つ……黄泉返りレヴナントとして」

「あいつらが、巣穴に近づかせまいとしてたのは」

「守り、守られてたんだろうね。 生前も、そして」

「死後も、か……まぁ、理由はどうあれやるしかねぇんだろ? だったら、あたしがやる」


 決して憶測の域を出ないとはいえ、ただ一心にこちらを睨み続けているその個体に少し同情してしまう二人だったが、気を取り直す為かウルは両手で頬をパンッと挟み、一歩前へと踏み出してそう口にする。


「しかし……大丈夫なのかい? その……」


 控えめにそう言ったアドライトは、彼女が元々嗅覚に優れる人狼ワーウルフである事をおもんばかっていたのだが、

においの事か? 大丈夫じゃねぇよ……けど、お前の憶測が正しけりゃあ蘇ってまで守りたかった仲間をあたしらが殺しちまったって事だ。 だったらせめて、あたしの手で仲間んとこに送ってやるんだ」

 一方のウルは辺りに漂うとことんなまでの悪臭に顔を顰めつつも、他に看取ってやれる仲間もいねぇんだからな、と言って長の方へと向かっていった。


(……優しい、いや……甘い、のかな。 そこもまた、魅力的だけどね)


『『ヴォルルルル……!!』』


 漸く狭い巣穴を突き破る様にして姿を現したおさの身体は全身が朽ち果てており、辺りに転がる仲間たちの死体をその目に映すと低く唸って二人を睨む。


 ――お前たちか、と血の涙を流して。


「悪かったな、双頭狂犬オルトロスおさ。 今から放つ一撃は……あたしからの、餞別だ。 受け取ってくれよ」


 そう呟いた瞬間ウルが両手を地面につき、奇しくも眼前の双頭狂犬オルトロスと同じ四足歩行の姿勢を取った事で、

「っ!? ウル、何を……っ!?」

 アドライトは声を荒げてしまったが、無理もないだろう、何しろ彼女からはウルが突然這いつくばって降伏した様にしか見えなかったからだ。


「あたしは……あいつらとは違うぞ……! てめぇの力ぐらい……乗りこなしてやらぁああああっ!!」


 しかし、ウルがその姿勢のまま全身に赤く輝く魔力を纏うと、双頭狂犬オルトロスと同等以上の大声でそう叫び、彼女を覆っていた魔力が竜巻の様に立ち昇る炎となって……少しずつその形を変えていく。


「な……っ! ドラゴン、いや、火焔蜥蜴サラマンダー……!?」


 目を見開いて驚愕するアドライトの視界には、燃え盛るウルの炎でかたどられた巨大な爬虫類……暴君竜ティラノサウルス双頭狂犬オルトロスの長と対峙する、そんな光景が映っていた。


『ルァアアアアアアアアアアアアッ!!!』

『……ヴァオオオオオオオオーーーッ!!!』


 かつて太古の地球を我が物顔で闊歩していたのだろう怪物を模したウルの、大きくかつ超高温の雄叫びにもおさは一切怯む事無く、ありとあらゆる物を腐敗させる『腐乱息吹モルドブレス』を吐いて応戦し――。


 ――そして、両雄が激突する。


『ウルルル……! ルァアアアアアアアアッ!!』

『ヴォ、ァ――』


 ……双頭狂犬オルトロスの長は、一切後ずさる事もしなかったが、最期にはあまりにも絶望的な大きさの炎の口に呑み込まれるも悲鳴は上げず……二度目の生を終えた。


「……はっ! ウル……ウル! 無事か!?」


 流石は銀等級シルバークラス、吹き飛ばされたりはしなかったものの、しばらく呆然としていたアドライトは、いつの間にか消失していた暴君竜ティラノサウルスがいた場所に仰向けに倒れていた彼女に声をかける。


「っつつ、ぁあ、何とかな……悪い、肩貸してくれねぇか。 あいつがどうなったか確認しねぇと……」


 ウルは、着ていた服に移った火種を払いながら、アドライトに片方の腕を伸ばした。


「あぁ、勿論だよ。 よっと……ふふ、あんな凄い魔術を行使したとは思えない程軽いね、君」


 ウルより更に細身のアドライトは、軽々とウルの身体を肩にかかった腕ごと持ち上げ微笑むと、

「う、うるせぇ……それよりも……お、上手くいってたみてぇだな……良かった良かった」

 照れ臭そうなウルの視線の先、おさが二度目の生を終えたその場所に何かが落ちていた。


「うん? ……! まさか、狙ってやったのかい?」


 目の前の光景に驚きを隠せないアドライトがそう言うと、へへ、とウルが力無く笑みを浮かべて、

「……あいつらには、負けてらんねぇから、よ……」

「……ウル?」

 言葉が少しずつ途切れ途切れになっていき、それを気にしたアドライトが目を遣ると――。


「……すかー……」


 ――力を使い果たした様で、眠ってしまっていた。


(無理もない……あれだけの威力だ。 しかも目当ての牙と魔石には焦げ目一つ付いていないときた。 一体どれ程の精神力を消費していたのか……)


 そう分析したアドライトは、彼女の肩にダランともたれかかって眠るウルを見て微笑み、

「……ふふ、ますます興味が湧いたよ。 ウル、君にも……君の仲間たちにも、ね」

 アドライトはそう呟いてから可能な限り牙と魔石を回収し、死体を一箇所に集め埋葬した後で簡素に祈りを捧げ、ウルをおぶって帰還した。

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