第46話 森人と臨む討伐依頼

「いやぁ、良い天気だね。 絶好の討伐日和だよ。 そうは思わないかい? ウル」

「……あぁ」


 ギルドで出会った森人エルフの冒険者と共にドルーカの街を出たウルは、双頭狂犬オルトロスの討伐依頼クエストを遂行する為、今朝も歩いた草原に再び足を踏み入れていた。


 何なら若干鬱陶しささえ感じてしまう程に爽やかな笑みを浮かべ、会話を広げようとする森人エルフに対し、

(なーんであたしがこんな奴と一党パーティを……)

 一方のウルは脳内でそんな否定的ネガティブめいた呟きをしつつ、軽く溜息をついてしまう。


 ――時は、冒険者ギルドの依頼掲示板クエストボード前で、長身の森人エルフが介入してきたところまで遡る。


 ウルたちがその森人エルフの方を振り返った事で、受付に立っていたエイミーはその存在に気がついて、

「あっ、アドライトさん! 皆さん、こちらの方はドルーカの誇る銀等級シルバークラスの冒険者、アドライトさんです!」

「紹介ありがとう、エイミー」

 パッと笑みを浮かべて元気良く紹介すると、アドライトと呼ばれたその森人エルフはバンダナを巻いたエイミーの頭にポンと手を乗せ、彼女に礼を述べた。


「いっ、いえ、そんな……」

(胡散臭うさんくさっ)


 アドライトの紳士的な行動と爽やかな笑みを見たエイミーが、思わず顔を赤らめて照れ臭そうにしているのとは対照的に、フィンは脳内でそう呟きつつアドライトへ怪訝な表情を向けてしまっている。


(……ん? こいつ……)


 ……その時、ウルはすんすんと鼻を鳴らして、を読み取っていたのだが、

シルバーって事は……上から三つ目じゃない。 もしかして、依頼クエストを手伝ってくれるのかしら?」

 そんなウルを尻目に、ハピは薄緑色の肩にかかるかどうかという長さの短髪に羽根付きの青い帽子を被り、それと同じ色合いの中世における狩人然とした装いの、どちらかといえば男寄りの森人エルフに声をかけた。


「あぁ。 君たちの等級クラス双頭狂犬オルトロスの名が聞こえてきてね。 あれは新米では難易度が高いし、何より受けられない。 けれど、私との共同受注なら問題無い筈さ」

「……共同受注だぁ?」


 するとアドライトは、大きく切れ長な翠緑の瞳を細めながら彼女たちに……正確にはウルを見つめて提案したのだが、当のウルは何のこっちゃと首をかしげ、フィンと同じかそれ以上にその森人をいぶかしんでいる。


 一方、アドライトのせいで少しボーッとしていたエイミーは、ハッと我に返るやいなや咳払いをし、

「こ、こほん。 えぇと……難度の高い依頼クエストを受ける為には、等級クラスを上げる以外にも別の手段がある、と先程申し上げかけたと思うのですが……」

 アドライトが介入してくる前に、彼女が解説しようとして途中でやめた話を改めて持ち出すと、

「あー、言ってたかも。 それが……えっと」

 フィンは唇に人差し指を当て、つい先程話に出て来た筈の単語を思い出そうとするが……そこはフィン。


 そんな彼女に対してエイミーはクスッと微笑み、掲示板に貼られている一枚の依頼書を手に取って、

「共同受注、ですね。 今回の場合ですと、瑠璃ラピス以上で無ければ受注不可の依頼クエストに、シルバーのアドライトさんを臨時の頭目リーダーに据える事で受注出来る様になるんです」

 その依頼書――草原の双頭狂犬オルトロスの巣を壊滅させよとの記載がある――の受注条件の欄を指で示しながら、ふいっとアドライトへ視線を走らせる。


 ――ちなみに、ただ単に受注条件の等級クラスを上回っていれば良いという訳では無いらしく、規則として二つ以上……今回の双頭狂犬オルトロス討伐依頼クエストの場合、紅玉スピネル以上でなければ適用されないとの事。


「そういう事だね。 私で良ければ協力するよ?」


 そんな風に説明するエイミーの言葉を受け、ウルの方へと手を差し伸べつつそう申し出るアドライトに、

「良かったじゃん。何とかなりそうだね」

 一方フィンにとっては他人事なので、特に興味無さげにウルの肩を叩いて声をかけたのだが――。


「……見返りは?」

「え?」


 低い声でそう呟いたウルに、アドライトだけで無くそこにいた全員が図らずも彼女の方を向き、

「……何の要求も無く、依頼クエストだけ手伝ってくれるなんざ怪し過ぎんだろ……何が目的だ?」

 望子くらいの素直な性格ならともかく、とそんな事を脳内で考えながらウルは懐疑心を言葉にする。



 ――その時。



「「「――ぎゃはははは!!!」」」


 揃いも揃って見目麗しい亜人ぬいぐるみたちの一連の話に聞き耳を立てていたのだろう、自由な職業柄、昼間から呑んだくれていた冒険者たちが大声で笑っており、

「あぁ? 何を笑って……ってか盗み聞きすんな!」

 そんな彼らにカチンときたウルがそう叫び放つと、いやいやと冒険者たちは誤解を解こうと口をひらいた。


「あぁ勘違いすんなよねーちゃんたち! そいつはちょっと変わり者でなぁ!」

「世の女性の為なら身を砕く事も厭わない、そんな当たり前の事すら出来ない弱い男は勝手にのたれ死ねってな男卑女尊野郎だからな!」


 完全にアドライトを男だと断定しているらしい男性冒険者たちの、口々に揶揄する様な言葉を受けて、

(女性至上主義者フェミニストって事かしら。 でも、この人……)

 ふとそんな事を考えていたハピは、妖しく輝く眼で奇しくもウルと同じ情報を読み取っていた。


「……彼らの言い方は少々下世話だが、そういう事だよ。 報酬なんて気にしなくていい。 どうかな?」


 冒険者たちの冷やかしに溜息をつきつつも、再度協力を申し出るアドライトの言葉にウルは腕を組みしばらく唸って思案していたが、ふぅ、と息をついた後、

「……報酬はきっちり分ける。 手伝ってもらう以上の借りは作りたくねぇからな」

 テーブルに腰掛けたままの姿勢で片目だけをひらき、アドライトの整った顔を見据えてそう告げる。


「ひゅーひゅー! かっこいいな狼のねーちゃん!」「俺も一枚噛ませてくれよー!」

「うっせぇ! 黙って呑んでろ!」


 そう口にしたウルに対してやんややんやと騒ぎ立てる冒険者たちに、ウルは歯を剥き出して怒鳴りつけ、

「ふふ、ますます気に入った……改めて、銀等級シルバークラス森人エルフ、アドライトだ。アドで構わないよ」

「……人狼ワーウルフのウルだ。 よろしく頼むぜ、アド」

 そんな彼女の威勢を好ましく感じたのかアドライトは微笑みながら手を差し出し、それに応える様にウルはその手を握って、自己紹介を済ませたのだった。


 ――そして、時は冒頭の会話へと戻る。


「それにしても、新人が触媒の為とはいえ双頭狂犬オルトロスの討伐とは……リエナさんも無茶を言う」

「リエナを知って……あぁいや、この街で活動してるってんならそりゃ知ってるか」


 あはは、と苦笑しつつそんな風に話すアドライトの言葉に思うところがあったウルはそう尋ねようとしたものの、既に引退した身とはいえあれだけ強ぇ奴が無名な訳ねぇよな、と自己完結してしまっていた。


 するとアドライトは、そうだねとウルの言葉に返事を返し、更に付け加える様に自分の耳に手を添えて、

「ドルーカの冒険者の大半は彼女謹製の魔道具アーティファクトを有しているはずだよ。 何を隠そう、この耳装飾ピアスも立派な触媒でね。 彼女に作ってもらったんだ」

 キィン、と左耳にのみ着けた耳装飾ピアスを細い指で弾きつつ、身体能力の向上、そして魔力の消費量を抑える効果があるんだと爽やかな笑みで語ってみせる。


「そうか……なぁ、一個いいか?」

「うん? 何かな」


 片耳だけの耳装飾ピアス……その意味を知ってか知らずか、ウルは隣を歩く森人エルフと出会った時からずっと気になっていた事を尋ねる事にした。


 これまでの会話でウルから話しかけてくれた事は無かった為、嬉しそうにするアドライトだったが、

「何で……その、男装なんかしてんだ?」

 若干口ごもった様なウルの質問に、ここで初めてアドライトから笑みが消え、目を見開いて彼女を見る。


「……驚いた、気づいてたのかい?」


 しばらく呆気に取られていたアドライトが首を振って気を取り直し、心底意外そうな声で問いかけると、

「多分、うちの鳥人ハーピィもな。 で、何でだ?」

 アドライトにとっては更に衝撃的な事実を口走るウルに、は額に手を当て軽く息をついた。


「……簡単な話さ。 今回みたいに臨時で組む事はあっても、基本的には単独ソロだからね……が不利に働く場合が多々あるんだ……それに」

「……それに?」


 一転して暗い笑みで語り出すアドライトに同調する様に、ウルも真剣な表情で尋ね返したのだが、

男装これの方が女性受けが良くてね、より麗しい女性との出会いをもたらしてくれるんだ……君の様な、ね」

「……そう……」

 熱のこもった視線をウルに向けて軽い口調でそう言ったアドライトの言葉に、本当に真面目な様子で話を聞いていたウルは途端に冷めて、呆れ返ってしまう。


(あたしらもはたから見たらこんな感じなのかね……まぁミコ限定じゃああるが)


 ――少し、自重するか? とそう考えてもいたが。


 しばらく他愛ない話をしながら探索していると、ウルが何かに気づいた様に鼻を鳴らして、

「……ん? 血の臭い……何処かに引きずって行くみてぇに……あれか?」

 地面に顔を近づけて、視線をゆっくりと盛り上がる様に形成されたそこそこの大きさの穴へと向けた。


「だね。 まさしくあれが双頭狂犬オルトロスの巣穴だよ。 その強靭な足と、犬にしては過ぎた知能を使って器用に穴を掘り数を増やし……いずれは辺り一帯を縄張りとする。 そして、こちらが気づいたという事は……」


 するとアドライトは双頭狂犬オルトロスの生態について簡潔に解説しながら、両腕に装着した弩弓クロスボウの様な武具をガシャンと展開し、来たる戦いの時に備える。


 ――次の、瞬間。


『『『……ウォオオオオーーー……ッ!!』』』

「「……!」」


 ビリビリと腹の底に響く様な遠吠えが周囲に広がった事で、否が応でも戦いの始まりを予感させられ、

「……戦闘開始エンゲージ、だね。 いけるかい?」

 それでも余裕を崩さずウインクして微笑むアドライトがそう言うと、ウルも同じくニィッと笑い、

「願ってもねぇ、どっちの爪と牙が上か……比べてみようじゃねぇか! かかってきやがれぇ!」

 意気揚々と答えた後、ギャリン、ガチンと爪牙を鳴らし、双方共に臨戦態勢に入っていく。


 ――こうして、人狼ワーウルフ森人エルフ両名による双頭狂犬オルトロス討伐依頼クエストが今、幕を開けたのだった。

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