第45話 ギルドの仕組みについて

「お、ここがドルーカの街の冒険者ギルドか……割としっかりしてんじゃねぇか」


 魔道具店の店主たる狐人ワーフォックスのリエナから、自分たちの触媒を作る為の素材を調達してきてほしいと頼まれた亜人ぬいぐるみたちは現在、魔道具店から少し歩いた場所に佇む冒険者ギルドへとやってきていた。


 流石に王都のギルドとは比べるべくも無いが、それでもウルの言葉通り、辺りの家屋とは違うしっかりとした造りの建築物である事からも、この街での冒険者稼業は割と賑わっているのだと思わせる。


 一方、王都でもそうだったが、ギルド内の酒場や食堂などで冒険者たちがワイワイと賑やかに飲食している音が、ピコピコと動くフィンの耳に届いており、

「中にいる人たち、飲んだり食べたりしてる……これならみこ連れてきた方が良かったかな」

 お腹空いてたかもだし、と付け加えた彼女は望子が恋しい様子でそんな風に呟き、眉を垂れ下げていた。


 それを受けたウルは、確かにと返しながらも自分たちにはやるべき事があるというのも理解している為、

「素材集めが終わったら望子連れて食べに来ようぜ」

「それは良いけれど……とにかく入りましょうか。 入口でたむろしてるのも悪いでしょうし」

 フィンの頭をポンポンと叩きつつ提案すると、彼女は無言でこくりと頷き、そんな二人のやりとりを見ていたハピは先程から道行く人々にジロジロ見られている事もあり、率先して扉をけ……中へと入る。


 扉の向こう……ギルドの中はまさしく酒場、或いは食堂の様で、給仕であろう女性たちが忙しそうにテーブルの間を駆け回っており、冒険者たちは彼女たちが運んでくる料理や飲み物に舌鼓を打っていた。


「……ほーん、中も結構綺麗だな。 飯も美味そうだ」


 そんなギルドに足を踏み入れた途端、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回しながら、ウルは自慢の鼻を鳴らし、ついでに腹の虫をも鳴らしていたが、

「ただ……見られてるわよね、すごく」

 一方のハピは自分たちに対する好奇の視線に寒気を覚えており、顔を顰めつつ小声でそう呟く。


(色々言われてもいるなぁ。 ま、どうでもいいけど)


 そんな中、フィンはその視線も、また彼女にはハッキリと聞こえている冒険者たちの囁き声も全く気にせずに、極めて悠々自適に宙を泳いでいた。


 ――それもその筈、彼女にとって望子以外は……その全てが二の次となるからである。


 ギルド中の冒険者たちの話の種になっているのだろう事は理解しつつも、一切そちらの方へは関与せずにそのまま彼女たちが真っ直ぐ歩いていると、

「……お、あれか? 受付」

 ウルたちの視界に、随分と横に広く、敷居が立てられているカウンターが映り、丁度そこの一つが空いたのを確認したウルが小走りで、その向こうに座る頭に青いバンダナを巻いた若い女性へと声をかける。


「なぁ、ちょっといいか?」

「……え、あっ、はい! こんにちは! ようこそ、ドルーカの冒険者ギルドへ! 新規登録ですか?」


 その女性は、美人と呼んで差し支えない亜人族デミ三人に一瞬目を奪われていたものの、すぐにハッと我に返って元気良く応対をし始めたのだが、

「あー、依頼クエストを受けてぇんだが」

 そんな彼女に、登録は済ませてんだと首を振ったウルが、頭をガリガリと掻き遠慮がちにそう口にした。


 すると、それを受けた女性は成る程、と頷きつつ、横の方に置いていた水晶玉を手元へ寄せてから、

依頼クエストの受注ですね? かしこまりました。 では免許ライセンスの提示をお願いします」

「……ん、これでいいか?」

 新人では無いと判断したからか若干業務的な口調でそう告げると、三人は一斉に革袋に手を入れて、小さな鈍色の宝珠が付いた免許ライセンスを彼女に手渡す。


 彼女は亜人ぬいぐるみたちから免許ライセンスを受け取り、それを手元の水晶玉にかざしていたのだが、

「王都で登録、依頼クエスト達成数は零……でも等級クラスは……」

「……何か不備でも?」

「え、あ、あぁ失礼しました! いえ、問題ありませんよ! こちら、お返ししますね!」

 一枚、また一枚とかざすたびに何故か笑顔が消え、至って真面目な表情となり何かを呟いていたが、不思議に思ったハピが声をかけるやいなやすぐに人当たりの良い笑顔に戻り、免許ライセンスを三人に返却した。


「……こほん。 えぇと、お三方とも依頼クエストの受注は初めてですよね? では、受注からの一連の流れを簡単にご説明させていただきます……あっと、申し遅れましたが、私は当ギルドの受付を担当しております、エイミーと申します! 以後お見知り置きを!」


 その後、若干乱れてしまった気を取り直す様にわざとらしく咳払いをし、エイミーと名乗ったその受付嬢は簡単に自己紹介を済ませた後、足元にあるのだろう棚から手引きの様な物を取り出してパラッと捲る。


「まずはこちらの受付で免許ライセンスを提示していただき……っと、これは既に済ませていますね。 では、あちらの依頼掲示板クエストボードの方へ行きましょうか」


 どうやら初めの方のページに記されていたのだろう、既に済ませた行程を口にしてしまった彼女は、あははと苦笑しつつも立ち上がり三人を誘導しようとしたが、

「ん? 受付ここ離れていいのか?」

 受付嬢なのに、と思わずそんな事を気にかけたウルが、コツコツと爪でカウンターを叩きつつ尋ねると、

「えぇ、他にもいくつかありますから私一人くらいなら大丈夫ですよ。 さぁ、こちらです」

 エイミーは笑顔でそう言いながら、数人の冒険者が集まっていた掲示板の前で足を止めた。


 彼女が依頼掲示板クエストボードと呼んだその掲示板には、討伐、捕獲、採取、探索などなど……様々な依頼クエストの情報や依頼人、報酬や受注条件が記されている紙がいくつも貼られており、エイミーが説明する間も無く、特にウルとフィンは興味深そうにそれらに目を通していく。


「へー……色々あるんだねぇ」

「はい。 ただ、始めからここにある全ての依頼クエストを受注出来る訳ではありません」

「え、そーなの?」


 きょろきょろと依頼書を見つつポツリと呟いたフィンの言葉に反応したエイミーが、手引書をパラリと捲ってそう告げると、フィンはきょとんと首をかしげたもののどうやらハピには心当たりがあった様で、

「えぇと……等級クラス、だったわよね?」

「はい、その通りです」

 形の良い唇に爪を引っ込めた人差し指を当てて、王都のギルドで冒険者登録する際に受けた説明を思い返しながらそう言うと、エイミーは微笑みつつ頷いた。


 ――等級クラスとは、その名の通り全ての冒険者に等しく与えられる、十の位からなる階級の事であり、下から原石ストーン黒曜オブシウス鋼鉄メタル瑠璃ラピス翡翠ジェイド紅玉スピネルブロンズシルバーゴールド……そして白金プラチナ、達成した依頼クエストの数や難度によって昇級したり、依頼クエストの失敗はともかく問題を起こす事があれば降格したり……といった事もあるらしい。


 ――などといった事を、ご存知だと思いますがと言いつつもエイミーが懇切丁寧に説明をする一方で、

「「……へー」」

「聞いて無かっ……たのね、貴女たち……」

 まるで初耳だと言わんばかりの反応を見せるウルとフィンに対し、ハピは心底呆れた様子で溜息をつく。


「そうですねぇ……例えば、こちらの毒牙毒蛾ヴェノモスの捕獲依頼クエストなどは受注条件として、紅玉スピネル以上に限る、と記載されていますよね? 今の皆さんは鋼鉄メタルですので、残念ながらこの依頼クエストを受注する事は出来ません」


 そんな彼女たちのやりとりを見て苦笑していたエイミーは、例として蛾の魔蟲の捕獲を求める依頼書の一つを掲示板から取り外して詳しく解説すると、

「……蛾の捕獲も受けられねぇってのか? いや、受けたい訳じゃねぇんだが」

 別に残念じゃねぇけど、と付け加えつつ、ここまでの道中で魔族だの粘液生物ブロヴだのという強敵たちと戦ってきたウルは、不満げな様子で彼女に目を向けた。


「この毒牙毒蛾ヴェノモスの場合、討伐なら鋼鉄メタルでも受けられるのですが、これは捕獲の上、標本として……つまり一切傷をつけぬ様に捕まえなければならない兼ね合いでそれなりの技量が必要なんですよ。 それこそ紅玉スピネル以上の冒険者にしか任せられません」


 一方、渋面を湛えるウルに対して、依頼書に記されている一文を指差しながら説明すると、ほー、へー、と分かっているのかどうか微妙な反応を見せていたウルとフィンだったが、一応理解は出来たらしい。


「……まぁ、どうしてもというのであれば、別の手段もあるにはありますが……とはいえ皆さんは優秀なのでしょうし、等級クラス一つぐらいはすぐですよ!」


 そんな折、エイミーは実力不相応な依頼クエストを受注する方法を伝えようとしたものの、出来る事なら正規の手段で受注するに越した事は無いですし、と首を横に振りつつ彼女たちを見ながら笑顔でそう言った。


 だがフィンは、どうして自分たちが優秀なのだと言えるのか、その言葉の意図が分かっておらず、

「え? 何でそんなの分かるの?」

 半ば大袈裟に首をかしげて問いかけると、エイミーは手引書を持っていない方の人差し指をピンと立て、

「それは皆さんが、依頼クエストの経験が無いにも関わらず鋼鉄メタルに認定されているから、ですね」

「「……?」」

 若干ふわっとした言い方で告げると、ハピはともかくとしても、ウルとフィンはやはり分かっていない様で、二人揃って首をかしげてしまっている。


 そんな彼女たちに対し、エイミーは再びこほんとわざとらしく咳払いしつつ手引書のとあるページを見せて、

「冒険者登録の際に、ギルドが用意した試験官と模擬戦をしていただいたと思うのですが、その内容で原石ストーンから鋼鉄メタルまで……つまり、下から三つの等級クラスに振り分けわれるんですよ。 勿論、勝敗は問いません」

 そのページに記されている通り、間違い無く彼女たちも経験しただろう冒険者登録時の審査について、出来る限り簡潔に分かりやすく解説してみせた。


 ちなみに、原石ストーンから鋼鉄メタル……下から三つの等級クラスは俗に下位三等級と呼ばれ、いかなる冒険者であろうと必ず経験する新米御用達の等級クラスという扱いであり、その中でも最上位の鋼鉄メタルに認定されたという事は――。


「……そういう事か。 いきなり鋼鉄メタルになってっから、それなりに優秀ってのが分かるんだな?」

「えぇそうです。 逆に言えば、全く歯が立たなかったとしても原石ストーンにはなれますし、圧倒的に勝利したとしてもいきなり瑠璃ラピスから、とはならないって事ですね」


 漸くある程度理解出来たウルの言葉を肯定し、更に付け加える様にしてエイミーがそう言うと、

「より質の高い依頼クエストを受けたいのなら、下位の依頼クエストを地道にこなして昇級を、って事ね」

 最初から全てを理解していたハピが、彼女の言葉を継ぐ形でそう口にしつつ頷き、説明を締めくくった。


 ――余談だが望子は、模擬戦なんて駄目だよというフィンの言葉により無条件で原石ストーンに認定されている。


「そうなりますね。 では皆さん、早速受注する依頼クエストを決められますか?」


 エイミーによる説明も終わり、ウルたち三人に向けて実際に依頼クエストを受けてみるかと提案した時、

「それなんだけどよ……っと、ここに書いてある素材を集められる依頼クエストはあるか? で、仮にあったとしてそれをあたしらは受注出来るか?」

 ウルたちはそれぞれ革袋から、リエナに渡されていた素材の一覧リストを取り出し、エイミーに手渡した。


 すると彼女はそれを受け取るやいなや、拝見させていただきますね、と依頼掲示板クエストボードに貼られた依頼書と照らし合わせながら確認をしていたのだが――。


「……ふむふむ、成る程……こちらの二つは問題ありません。 殆どが常時受注可能な依頼クエストで収集可能となります……ですが、『双頭狂犬オルトロス』の牙と魔石は、少なくとも瑠璃ラピスでなければ受注は難しいですね……」


 双頭狂犬オルトロスとは文字通り頭を二つ持つ凶暴な犬型の魔獣であり、草原などに群れで巣を作って近くを通りかかる獲物を集団で狩猟する……一党パーティなら瑠璃ラピス単独ソロなら翡翠ジェイド以上が望ましい強敵との事だった。


 エイミーの言葉に出てきた魔獣の名前を聞いて、それが自分の素材一覧リストにあると理解したウルが、

「うわ、あたしのかよ……どうすっかな――」

 近くの空いたテーブルに腰掛けつつ、先にハピやフィンの方を手伝って地道に等級クラスを上げてからにするか? と色々考えていたその時――。


「……失礼、お嬢さん方」

「あ?」


 割り込む様に話に入って来たのは、比較的長身の三人より更に背の高い、男とも女ともとれる――。


「お困りの様だけど……何か力になれないかな?」


 ――耳の長い、極めて美形な森人エルフだった。

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