第44話 森で拾った立方体

「……はぁ、成る程ね」


 ピアンが六角猛牛ヘキサホーンのボスの角と、街を騒がせた超巨大な二匹の暴食蚯蚓ファジアワームについての説明を終えると同時にリエナは深い溜息をつき、

「うぅ……しゅみましぇん店主ぅ……」

 おそらく叱られるのだろう、と思ったピアンは俯いたまま涙声でリエナに謝罪する。


 だがその予想に反して、リエナは耳がへなっとしな垂れたピアンの頭に優しく手を乗せて、

「全く……だからやめときなと言っただろうに。 中々戻って来ないから随分心配したんだよ……あんたは私の娘みたいなものなんだからね」

 何処か気品のある妖艶な笑みを浮かべて、彼女の綺麗な銀髪を梳く様に撫でながらそう言った。


「て、てんしゅぅうううう……!」


 怒られなかった事への安堵と、こんな自分に優しくしてくれる店主リエナへの感謝の想いが溢れたピアンは彼女に縋る様に抱きつき泣き出してしまい、

「全くこの子は……よしよし、良く頑張ったね」

 リエナはそんな彼女を抱きしめながら、ポンポンと優しい手つきで背中を叩いてあやす。


(何を見せられてんだこれ……)

(後でやってくんないかな)

(……狼や梟は駄目なのに狐はいいのかしら)


 一方、そんな感動的な場面を目の前にして極めてドライな反応を見せる亜人ぬいぐるみたちに対し、

「うぅ、よかったねぇうさぎさん……」

 望子はその感動を共有するかの様に、可愛らしい刺繍の白いハンカチで涙を拭っていた。


 ――ちなみに、このハンカチはこの世界に来てから得意の裁縫で望子が作った自前のハンカチである。


「……なぁ、あたしらの用件に移ってもいいか?」


 しばらくして、ピアンの小さな泣き声も収まってきた頃、ウルが椅子に座ったまま身を乗り出して膝を指でトントンと叩きながら急かす様にそう言うと、

「あぁそうだね、そうしようか。 ほらピアン、もう大丈夫だろう? 一旦離れな」

 その言葉を受けたリエナが、自分の豊満な胸の辺りに顔を埋めていたピアンをゆっくり引き剥がす。


「は、はい。 お恥ずかしいところをお見せしました」


 当のピアンは目と同じくらい顔を真っ赤にして、顔洗ってきますっ、と言って奥の扉に入っていった。


「で、あんたたちの用ってのは……触媒だったね?」


 その後、再び火の着いた煙管キセルを咥えつつ、ウルたちに確認する様にリエナが尋ねると、

「それなんだけどよ、初めての事だから何が良いとかは分かんねぇんだ。 あんたが見繕ってくれるんならそれに越した事ぁねぇんだけどな」

 当初の、『店主に見繕ってもらう』という目的通りに、ウルは目の前の店主リエナを見据えてそう口にする。


 するとリエナは、群青色の瞳を妖しく輝かせ、改めて亜人ぬいぐるみたち三人をじっくりと観察し、

人狼ワーウルフ鳥人ハーピィ……ん? あぁ人魚マーメイドか。 あんたたちはあの子の恩人だからね、店に置いてある物より良い物を作ってやりたいが、それには素材が必要だし――」

 ウル、ハピと視線を走らせる中で、何故かフィンを見た瞬間、何か引っかかる事でもあったのか首をかしげていたものの、まぁいいかと気を取り直してブツブツと呟いていたそんな時――。


「あっ、あのっ……」

「……ん? どうしたんだい?」


 いつの間にかリエナの傍まで近寄っていた望子が彼女の着物の裾をつまんで声をかける一方、椅子に座った状態でも尚小さな望子をリエナが見下ろし尋ねると、

「わたしのしょく、ばい? もつくってほしくて……」

「触媒を……?」

 小さな声で、しかし真っ直ぐに彼女の目を見て望子がそう言ってきた事で、リエナは思わず怪訝な表情を湛えて尋ね返し、ウルたちに視線を向ける。


 ――こんな小さな子に? と、そんな意を込めて。


「望子? どうして……」


 とはいえ、意外に感じたのは何もリエナだけでは無く、ハピが困惑を露わにして望子に問いかけると、

「その、わたしもみんなのやくにたちたくて……」

 望子がか細い声で亜人ぬいぐるみたちを見遣ってそう言った途端、気にしなくていいのにと三人が望子を撫でたり抱きしめたりしながら愛でていた。


「ふむ……魔力量は全く問題ないよ。 年齢とその身体に見合わないくらいの膨大な魔力が宿ってるからね」


 そんな中、亜人ぬいぐるみたちに囲まれる望子をその青い瞳で見つめたリエナは望子の身体から溢れんばかりに感じられる魔力を一瞬で見通し、その旨を告げたが、

(……黒髪黒瞳、この魔力量……いや、まさかね)

 どうやらリエナには望子の特徴に思い当たる節があった様だが……確証も無い為、それを口にはしない。


「……さっきも言ったけど、最適な触媒を作る為には最適な素材が必要になる。 時間があるなら、それぞれあたしが指定する素材を集めてきてもらいたいんだ」


 漸く満足した三人から望子が解放された頃、話題を切り替えんばかりにウルたちにそう告げると、

「ん? あんたが調達するんじゃねぇのか? あいつ……ピアンがそんな事言ってたが」

 昨日、ピアンが自分の事の様に語っていたリエナの職についての会話を思い出しながらウルが聞き返す。

 

「あぁ、普段はね。 けど、この魔石の解析もあるから出来れば同時進行で行いたいんだよ。 最適なと言ってもそこまで遠出する訳でも、苦戦する訳でも無いし」


 あんたたち程の実力者なら尚更ね、と付け加えつつリエナは頷いてそう語り、自分が調達に赴けず、ウルたちに調達を任せたい理由を合わせて説明し、

「ボクはそれでもいいけど……みこはどうするの? ボクたちと一緒に行く?」

 そんな折、大体話の流れを理解出来ていたフィンが首をかしげ、隣に座る望子に意見を求めると、

「いや、この子は留守番さ。 この子の触媒は……もう当てがあるからねぇ」

 口を開こうとした望子を遮ってリエナが代わりにそう答え、彼女たち……正確には、ウルに目を向けた。


「「「当て?」」」


 その発言を不思議に思った亜人ぬいぐるみたちの声が思わず重なり、互いに顔を見合わせているのを尻目に、

「あぁ……ウルって言ったね。 あんた、その袋に何を入れてるんだい? ほら、出してみな」

 そう言ったリエナは、ウルの腰に巻く様に身につけた革袋に口から外した煙管キセルをビシッと向けて、

「……袋……? あ"っ」

「「「?」」」

 ウルは彼女の言葉で首をかしげつつ袋を開け、その中に目を遣った瞬間ピシッと石の様に固まり、その様子に違和感を覚えた望子たちは揃ってウルを見遣る。


「……あたしが最初に禍々しい力を感じたって言ったのは、この魔石の事じゃ無い……いや、魔石もだけどその袋の中の物の方が強く感じた。 ほら、よこしな」


 一方、硬直してしまったウルに対し、極めて低めの声でそう告げてウルに手を差し伸べるリエナに、

(やっべぇ完全に忘れてた……! やっぱこれやばいもんなのか……!?)

 言葉も無いままあたふたしていたが、段々とリエナからの圧が増した為、仕方無く――。


「……こっ、これか……?」


 ――革袋から紫色の小さな立方体を取り出した。


「ん? 何それ、何処で拾ったの?」

「……も、森」

「森? サーカ大森林で?」

「あ、あぁ」

「おねえさんのところ? いつのまに……」

「ぃ、いやぁ、ははは……」


 まさか死体を漁って手に入れた物だとは――少なくとも望子の前では――言えず、気まずそうにするウルに望子たち三人がこれでもかと問いかけるが、ウルはふわっとした答えしか返さない……いや、返せない。


「……成る程、『運命之箱アンルーリーダイス』だったとはね。 立派な魔道具アーティファクトの一つだよ。 随分と強大な……闇の魔力が込められてるけど、これを森で拾ったってのかい?」


 リエナが受け取ったそれをまじまじと見つめたままその正体を口にし、ウルに確認する様に尋ねると、

「ま、まぁな……」

(闇って……あの二人、一体何だったんだ……?)

 ウルとしては本当の事を言う訳にもいかず、明後日の方向に目を泳がせながらも、この小さな立方体を握りしめて死んでいた男女の正体を思案していた。


 ――最も、闇属性の魔術自体はそこまで珍しいものでも無く、一般の魔術師ソーサラーであっても行使できる者は多いが、リエナが引っかかったのはそこでは無い――。


(……これ、完全に魔族の……どういう事なんだか)


 ――そう、これでもかつて上位の冒険者だった彼女は、当然魔族との戦闘経験も豊富にあった為、その小さな箱にこれでもかと詰められていた邪悪な魔力を感じ取らずにはいられなかったのだった。


「それより、その魔道具アーティファクトはどういう物なの?」


 そんな中ハピは、自慢の眼で名前だけは見通す事に成功していたが、その使用法まではいまいち分からなかった為、詳しいのだろうリエナに尋ねてみると、

「……あぁ、運命之箱アンルーリーダイスは最大六つの魔術を保存可能な魔道具アーティファクトでね。 魔力を込めると偶発的ランダムにその内の一つが行使される……運要素の強い触媒ってところかな」

 彼女は一旦掌の上の立方体についての思考を放棄して、コロコロと机の上に転がしながらハピの問いかけに出来る限り分かりやすく答えてみせる。


 そんなリエナの説明を受けたフィンは、見せて見せてと机の上の立方体にスッと手を伸ばし、

「へ〜……まんま賽子サイコロだね」

 ねぇみこ、と指でつまんだそれを隣の望子にも見せながら、興味深そうに声を上げていた。


「……それを望子に持たせるの? 危険じゃない?」


 だがハピはそんな楽観的なフィンとは違い、『運要素の強い』という部分が引っかかって、何かあってからじゃ遅いのよ、とリエナに怪訝な表情を向ける。


「ま、確かにおかしな力が込められてるのは事実だけど、あたしなら込め直しは出来る。 それに偶発的ランダムとは言っても、六つの面全てにその子の身を守る事の出来るそこそこの魔術を込めておけば役には立つ筈さ」


 それを聞いたリエナは、この短期間でも分かる彼女たちの過保護ぶりに苦笑しつつも、フィンの手から立方体を優しく取り上げてから、六つの面の内一つをパカッと開けて、その中に渦巻く薄紫色の魔力を露わにしながら言い聞かせる様に解説した。


「ふーん……ミコ、これにするか?」

「んー……うん、そうする」


 分かっているのかいないのか、微妙な反応を見せたウルが望子に話を振ると、当の望子も若干不安そうな表情を浮かべてはいたものの、最終的には真剣な表情でしっかりと頷いてそう答えるのだった。


「じゃあ、あんたたち三人は冒険者ギルドに行きな。 免許ライセンスはあるんだろう? 依頼クエストをこなすついでに、ここに書いてある素材を集めてきてくれればいいからね」


 望子が決めたのなら、とどうやら納得したらしい三人に対してそう告げると、リエナはいくつかの素材の名前が元となる魔物や魔獣、植物などがイラスト付きで書かれた紙を三人に一枚ずつ渡す。


「了解! んじゃ行くか!」

「実は初めてなのよね依頼クエスト、ちょっと緊張するわ」

「留守番よろしくね、みこ!」

「うん! みんながんばってね!」


 そうして、明るい笑顔で手を振る望子に見送られた亜人ぬいぐるみたちは、ドルーカの冒険者ギルドへ歩を進めた。

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