第43話 魔道具店主の狐人

「ふぃ、フィンさん! 何て事を……!」


 自分がお世話になっている店主が目の前で爆発してしまったのを見て、それを実行したフィンを思わず問い詰めてしまうピアンだったが、

「えー? 仕掛けてきたのはあっちだよ?」

 それに対してフィンは、褒められるならまだしもといかにも不満げな表情でリエナを指差しそう告げる。


「っ、それは……そうですけど……っ!」


 あくまでもきょとんとした表情を崩さない、彼女の言葉に納得がいかないといった風なピアンをよそに、

「リエナッ! 無事か!?」

 リエナとは昔馴染みである領主クルトは彼女の元へ駆け寄り、その細い肩を抱きかかえながら叫んだ。


「っあ、く、クル、ト……?」

「そっ、そうだ、私だ……リエナ、怪我、は……?」


 彼女が目を覚ました事に安堵しつつも、クルトは見えている部分だけでも状態を確認しようとしたが、

「……無い、のか? あれ程の炸裂で……いや、無事であるに越した事は無いが……」

 完全に無音だったのもそうだが、店の外にまで漏れる程の光を伴う爆発だったにも関わらず、彼女には一切の傷も火傷跡も残ってはいない。


 そんな中、二人の元へふよふよと宙を泳いできたフィンが、自分の手を先程と同じ形にしてから、

「ボクがシャボンで守ったんだよ。こう、にね」

 ふーっと息を吐くと、大きな泡の中に一回り小さな泡が入った……二重構造のシャボンが出来上がった。


「……成る程、ねぇ……あたしの魔術を泡で包むと同時に、あたし自身もあんたの魔術で包まれてたって事か……よっと、器用な事するじゃないか」


 一方、フィンの簡素な説明を受けた彼女はそれでも充分理解出来たらしく、自分の肩を抱いていたクルトの手をそっと払い、その場でふわっと浮き上がってから先程まで座っていたのだろう椅子に座り直す。


「まぁね……それより何でいきなり攻撃してきたの? ボクたちはともかく、領主サマやピアンもいるのに」


 その一連の動作を見届けたフィンが、リエナの解説を肯定しながらたった今起こった事実を突きつける様に尋ねると、彼女はその紺色の着物の様な服に付いた埃を白く綺麗な手でペシペシと払いながら、

「……そりゃあ、店の外に随分と禍々しい力を感じたからで……丁度そこの人狼ワーウルフが放ってるみたいな」

 仕出かしてしまった事への自覚はあるのか若干声のトーンを落としつつ、それまで完全に蚊帳の外だったウルをスッと指差してそう口にした。


 当のウルはいきなり話を振られた事に少し驚きながらも、乱れてしまっていた紺色の長髪を手櫛で整えているリエナに目を遣り首をかしげていたが、

「……んぁ、あたしが? あ、これか?」

 その言葉に心当たりはあった為、抱えていた布に包まれている薄紫色の大きな魔石を彼女に見せる。


 ――だが、彼女の真意はそこに無かった様で。


「いやそっちじゃ……ん? これは暴食蚯蚓ファジアワームの……にしちゃあ随分大きいね。 それに、この力は――」


 手をヒラヒラと横に振ってウルの言葉を否定しようとした矢先に見せられたその魔石の奇妙さに、あっさりと魔獣の正体を看破しつつも彼女はブツブツと何かを呟いて思考の海へと飛び込んでしまったらしく、

「……あの、先に紹介だけ済ませて欲しいのだけど。 名前も知らないままじゃ、話もしづらいでしょうし」

 そんな彼女の様子に痺れを切らしたハピが、鋭い脚の爪でカツカツと店の床を鳴らした。


「え? あ、あぁそりゃそうだ。 すまないね、気になる物があるとついついそっちにのめり込んで周りが見えなくなっちゃって……ほら、取り敢えず座りな」


 一方のリエナはハピの言葉でハッと我に返って魔石から群青色の瞳を離し、申し訳無さそうに彼女たちに向き直ってから空いている椅子に座る様に促して、

「二人から名前くらいは聞いてるとは思うけど……あたしが魔道具店『九重の御伽噺ナインテイル』の店主、狐人ワーフォックスのリエナだよ。 多分あんたたちより随分長く生きてるけど……敬語はいらない。 堅苦しいのは苦手でね」

 髪や着物と同じ紺色のふわふわの九本の尻尾と、ウルたちよりも更に豊かな胸を揺らし、頭から生えた耳をピコピコと動かして簡単な自己紹介をする。


(すっごいきれーなひと……)


 ――望子などは、子供ながらに彼女が持つあまりの妖艶さに目を奪われてしまっていた。


 その後、望子たち四人が自己紹介を終えると、唐突にリエナが話題を切り替えて、

「それで? ピアンが一緒って事はうちの客って事でいいのかい? それとも……何か別件で?」

 クルトたちもいるし、と何故か後ろの方で縮こまっていたピアンに声をかけるやいなや、

「へ!? あ、あぁ、どっちも、ですけど……それより店主、体調が悪いとかは……」

 彼女は先程話を振られていたウルよりも更に驚きを露わにして、リエナが挙げた用件を両方とも合ってますと答えつつも、店主を心配する素振りを見せる。


「うん? あー、特にそういうのは無いね。 何なら身体はさっきまでより軽いくらいさ」

「そ、そうなんですか? なら、いいですけど……」


 だがリエナはそんなピアンの心配をよそに、片方の腕をクルクルと回して快調である事をアピールし、ピアンはそう語る店主の様子を見てホッと息をついた。


(……おい、お前何かやったろ)


 そんな二人のやりとりを見ていたウルが、どうせ原因はこいつだろうと判断しコソッとフィンに耳打ちすると、当のフィンは失敬だなぁと呟いてから、

(あの人を包んだ方の泡に蜂蜜をちょこっとだけ混ぜただけだよ。 後療法アフターケア? ってやつかな)

(あぁそう……)

 何でも無いかの様に答えてみせた事で、ウルは心底呆れた様子で深い溜息をつくしか無かった。


「……リエナ、先にこちらの用事を済ませたい。 久しぶりで悪いがその魔石の詳細を知りたいんだ。 解析を頼めるか? 出来れば、早めに」


 そんな中、リエナとピアンの会話に割って入ったクルトが、二つの魔石の解析をリエナに依頼し、

「……頼まれればやるけどね。 報酬は?」

 一方のリエナはピアンから目を離しつつ、懐から取り出した細い煙管キセルに、掌に浮かべた青い炎で着火させて口に咥え、紫煙をくゆらせながら問いかける。


 ――尤も、彼女は魔具士であって鑑定士では無いのだが、専門で無いと分かっていながら頼む程には信用しているのだろう事が窺えた。


 クルトは彼女の言葉を受けてすぐに、ゆっくりと首を縦に振りつつその口をひらいて、

「言い値で構わない」

 おそらくはあらかじめ決めていたのだろう、そちらが決めていいとリエナにそう告げた途端、

「……へぇ?」

「クルト様!?」

 その返答を聞いて、リエナと……何故かカシュアがそれぞれ明確に異なる反応を見せる。


 亜人族デミを毛嫌いしている彼女としては、主人が亜人族デミと会話しているのも並々ならぬ嫌悪感が湧くというのに亜人族デミに対して大金を渡す事になる可能性が、などと考えたくも無かった……のかもしれない。


「先程の揺れはその魔石を有していた二匹の暴食蚯蚓ファジアワームの仕業だった……巨大なだけならまだしも、あの様な邪悪な姿は見た事が無い。 おそらくは――」


 そんなカシュアを尻目に、クルトが苦虫を噛み潰した様な表情で話を続けようとした時、

「――魔族の手が加えられてる、と考えるべきだね」

「っ、やはりそうか……!」

 彼とは極めて対照的な殆ど確信を持っていたのだろうリエナが言葉を継いだ。


 ある程度予想はしていたものの、やはり驚愕の表情を隠しきれないクルトに対して、

「もう少し詳しく見る必要はあるけど、ほぼ間違いなく混じってる……いよいよこの街も潮時かねぇ――」

 魔石をその細く白い指でつぅっとなぞりながら、完全に皮肉を込めた声音で微笑を浮かべていた時――。


「っ! 貴様ぁっ! 一介の亜人族デミ如きが領主であらせられるクルト様の前でその様な……っ!!」

「……ふーっ」

「!? ぷ、あっ!? けほっ、き、貴様……!」


 いよいよ我慢の限界だとばかりに、シュインと音を立てて腰の細剣レイピアを抜剣したカシュアがそのきっさきを彼女に向けるが、当のリエナは全く焦った様子も無く煙をカシュアの顔に吹きかけ、それを受けた彼女は咳き込みつつも斬りかかろうとする。


 だがそんな彼女に対して主人であるクルトがバッと立ち上がり、カシュア! と彼女の名を呼んでから、

「彼女は私の先生でもあるんだ、剣を収めろ!」

「……っ、はい。 申し訳ありません」

 諫める様に怒鳴りつけた彼の言葉に、カシュアは納得がいっていない様子だったが渋々剣を収めた。


「変わらないねぇ、あんたたちも。 まぁいい、解析が終わり次第報告を上げる。 報酬はその後で決めるよ」


 一方、昔を懐かしむ様に目を細めながら、ほぅ、と口から煙を吐いてそう言ったリエナが、手をヒラヒラと振って厄介払いしようとした為、

「あぁ、それで構わない。 では、私たちはこれで……あぁそうだ、暴食蚯蚓ファジアワームは二匹とも彼女たちが討伐している。 詳しい事はそちらから聞いてくれ」

 そう告げるやいなやクルトは椅子からスッと立ち上がり、カシュアを連れて扉の方へと向かう。


「何だ? 帰んのかよ」


 それを見たウルが少し意外そうに尋ねると、クルトは彼女に耳打ちする様に小声で、

(……これ以上は、カシュアが耐えられそうに無いからね……すまないが、後は頼むよ)

(……苦労してんなあんた。 まぁいい、任せとけ)

 こっそりとそんな会話をした後、彼は未だに不機嫌そうなカシュアを連れ立ち、店を後にした。


「ふぅ……で、あんたたちの用件を聞く前に……ピアン、その鞄の中の物を出しな」


 その後、クルトとカシュアがいなくなり、少しだけ静けさの増した店内で、リエナは突然先程までとは違う底冷えする様な低い声でピアンの荷物検査を始め、

「ぇ、あっ、こ、これは、その……はぃ」

 ピアンとしても、何処かのタイミングで披露する予定だったのだが、まさかここまで機嫌が悪げな店主に見せる事になるとは思わずブルブルと震えながら、鞄の中から例の物を取り出してリエナに差し出す。


「……六角猛牛ヘキサホーンの角……しかもおさ のか。 ちゃんと説明してくれるんだろうね? 」


 リエナは差し出された鋭い角を手に取り、群青色の瞳を妖しく輝かせて目の前のピアンを問い詰めた。


 ――ピリッと張り詰めた空気が店内を占拠する。


「……はぃ、勿論です」


 無論、ピアンは彼女に逆らえるはずも無く、一から十まで説明する事と相成った。


 ――蛇に睨まれた蛙ならぬ狐に睨まれた兎と化し、人当たりの良さそうな顔を真っ青にしながら。

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