第42話 ようこそドルーカへ
「そうか、君はリエナの……まさか、奴に弟子がいるとはおもわなかったよ。 少しは丸くなったのかな」
ドルーカの領主、クルト・シュターナが
「い、いえ、弟子というより見習いなので……あの、店主とは、いつからのお知り合いで……?」
自分が住む街のトップであるクルトに話しかけられ恐縮していたピアンだったが、尊敬する店主と彼との関係も気になる為、意を決してそう尋ねた。
「もうかれこれ二十年以上の付き合いになるかな。 私がまだ幼い頃に魔術や勉学を教えてくれていたのが彼女だったんだ。 思い返せば随分厳しかった気もするが、お陰で今の私があると言っても過言では無い」
おそるおそるといった様子のピアンにクルトは苦笑しつつも、少しだけ顔を上に向けて目を閉じ、過酷と言わざるを得ない程の教育の日々を思い出してブルッと震えながら、感謝はしてると付け加えてそう語る。
「ふーん。 じゃああんたは、それもあってあたしらと接するのも抵抗がねぇって事か?」
その時、突然そこへ割って入ったウルが、おそらく答えにくいであろう事をスパッと聞くと、
「……かも、しれないな。 魔族との戦争が始まって以来、主戦場ではない多くの国や街にも
クルトは少し暗い表情を浮かべて、されど人当たりの良さそうな笑みはそのままに答えてみせた。
「……あの人も?」
そんな折、フィンが少し後ろをぴったり付いてくるカシュアにチラッと目を向けて尋ねるやいなや、
「あぁ、彼女……カシュアは分家の者でね。幼少期から従者として育てられ、今も私に仕えてくれているんだが……どうにも
ふーっ、と溜息をついて、どうしたものかと口にする彼に、前を馬で駆っていた兵の一人が声をかける。
「クルト様、街が見えてきました。 全体の速度を落としますが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む……さぁ、まもなく到着だ。身分を証明出来る物があれば提示する用意をしておいてくれ」
無論、ハピの眼には随分と前から街の姿は見えていたが、そんなクルトの言葉を受けた望子たち四人は冒険者の
――そして、馬たちが足を止めると同時に。
「さぁ到着だ。 ようこそ我がドルーカへ」
クルトが腕を街の方へ向け、いかにも誇らしげな表情と声音でそう告げると同時に、望子たち四人は門の向こうに見える王都とはまた違う造りの街並みに、それぞれが感銘を受けた様な声を上げている。
その後、門に駐在しているらしい駐屯兵たちに身分を証明しつつ大きな石造りの門をくぐって、本来なら馬車を用意するんだが、と苦笑いするクルトと共に、兵士たちを引き連れて街を歩く事となった。
「何か落ち着く街だねぇ。 美味しそうな匂いもするし、少しゆっくりしていきたいなぁ」
王都とは違い、どちらかと言うと素朴な雰囲気漂う通りをふよふよと泳ぎながらフィンがそう言うと、
「勿論、衣食住はこちらで用意させてもらうよ。 何せ君たちは街の恩人なのだからね」
クルトが笑顔でそう答え、いいの!? とフィンが両手を上げて喜ぶのを見て、ウルとハピは呆れて溜息をつき、望子はよかったねぇと喜びを共感する。
――その時。
そんな彼女たちに……いや、正確にはこの街の領主たるクルトに群がった住民たちが、
「りょ、領主様! 先程の揺れは一体!?」「お怪我はありませんか!?」「は、早く避難を……! あぁでも何処に」「領主様、私たちはどうすれば……!?」
領主直々に出向く様な事態という事もあり、不安が最高潮に達していたのだろう、先程までは遠慮していた筈の彼らはそんな風に口々に言葉を紡いだ。
しかし、クルトは一度ごほんと大袈裟に咳払いをして、彼らを静かにさせるやいなや、
「ドルーカの民よ! 先程の揺れは魔獣によるもの! 二匹の巨大な
辺り一帯に聞こえる様な、若くとも何処か威厳を感じさせる声音でそう叫び、兵たちが運んでいた二つの薄紫色の魔石を住民に見せる様に指示を出す。
「おおっ、あれが……!」「大きいな……!」「あれ? あの冒険者って
布に包まれていた魔石、そしてその魔石を有していた魔獣を
――街への被害が出る前に魔獣を打ち倒してくれた彼女たちへの称賛の声と、それだけの事を成し得てしまう
(みんなはこわくなんてないのに……)
望子は、後者の声に少しだけむっとしてしまっていたが、戸惑いを見せる住民たちに対してクルトは、
「心配はいらない! 彼女たちは、私たちと同じ
バッとと両手を広げて高らかに叫ぶと、一瞬の静けさの後、わぁああああ! と住民たちが湧きたつ。
(……利用、されたわね。 まぁいいけれど)
望子がホッと安堵した様に息をつく中、ハピだけは少し穿った考え方をしていたが、折角の歓迎の空気を壊すつもりは無くそれを口にはしなかった。
その後、住民たちの騒ぎも落ち着いてきて、少しずつ元の生活へとバラけていった後、
「……さて、このままリエナの店まで向かおうと思うのだが、構わないかな?」
望子たち四人とピアンに顔を向け、おそらくそちらに店があるのだろう方を指差して提案すると、
「あたしはいいぜ、ミコもそれでいいか?」
「おおかみさんたち、たのしみにしてたもんね」
その言葉を受けてウルが賛同しつつ望子に意見を求め、当の望子はニコッと笑って彼の提案を受ける。
「……では、私は彼女たちと魔道具店に向かう。 諸君らはそのまま帰還し、次の命令があるまで待機を。 あぁ、魔石はこちらに渡してくれ」
そのやりとりを見て頷いたクルトが兵士たちに命令を下し、それを受けた兵士たちは布で包んだ二つの魔石を、あたしも持つぜと進んで申し出たウルと主人であるクルトにそれぞれ手渡し、決して列を崩す事無く領主の屋敷の方へと向かっていったのだが――。
「――? どうしたカシュア、お前も帰還を……」
クルトの従者であるカシュアが何故かその場を動こうとせず、それを不思議に思った彼が声をかけると、
「お伴します」
彼女は胸の辺りに添えた右手をぎゅっと握りしめながら、ハッキリとした確かな声音でそう口にした。
「……カシュア、彼女たちに危険は無い。 このミコというお嬢さんが信頼している事からもそれは――」
「貴方は領主なのですよ!? 何かあってからでは遅いのです! 何を言われても私はお傍に残ります!」
半ば呆れた様子で諭すかの如くそう告げたクルトの言葉にも、前のめりになって捲し立ててくる彼女の気迫に負けた彼は深々と溜息をついてから、
「……勝手にするといい」
「っは、はいっ!」
先程住民たちに叫んだ時とは全く対照的な声音で言い渡して店の方へ向けて歩き出すと、彼女は心底嬉しそうに返事をし、その後を小走りでついて行く。
その一方で、そんな二人のいかにも無益なやりとりを見ていた
「「「……」」」
尻尾がついていればブンブン振っているだろう上機嫌のカシュアを、心底冷め切った目で見つめていた。
――自分たちを危険な存在だと言っているも同様なのだから、仕方無いかもしれないが。
そうして七人でしばらく歩いていると、素朴な街にあって少し目を引く、その屋根にある煙突からモクモクと灰色の煙を吐く煉瓦の家屋を見つけた。
「ピアン、ここがお前の勤め先か?」
「はっ、はい! そうです! ここがドルーカ唯一の魔道具店、『
その家屋を見つめたまま問いかけてきたウルの言葉に、ピアンが薄い胸を張って誇らしげに答えると、
「ここに来るのは久しぶりだな……どうせ大して変わっていないのだろうが……ん?」
随分と昔を懐かしむ様に目を細めながら、クルトが店の扉に手をかけようとしたその瞬間、
『灰は灰に、塵は塵に……形も残さず焼き尽くせ』
その扉の向こうから、何処か妖艶さを感じさせる低め女性の呟きが聴こえてきた事で彼の手が止まる。
尤も、その呟きは本当に小さく、至って普通の
「……何だ? 中で何を……リエナ?」
確認しようとクルトが扉を開ける瞬間、彼とは違いその呟きがハッキリと聴こえていたフィンが、
(今のって……詠唱ってやつなんじゃ……?)
先日、詠唱も無しに凄いですね! と語ったピアンの言葉を思い返し、ヒシヒシと嫌な気配を感じていた。
――そして、扉がギィッと音を立てて
「『
「リエナ!? 一体何を……っ!!」
様々な魔道具の素材らしき何かが散らかっている部屋の中心で、艶やかな九本の紺色の尻尾を生やす、比較的長身のウルたちよりも更に背の高い
「クルト様っ!!」
事態に気づいたカシュアがクルトを守る為に彼の前に躍り出ようとしたが、既に行使してしまった以上、術者本人にも止められず今まさに放たれようとした熱線と彼らの間に突然何かが割り込んだかと思うと、
「よっと」
その正体はフィンであり、扉と彼らの間を縫って泳いできた彼女はふわっと熱線の前に躍り出た。
「!? いるかさ――」
望子が叫んでフィンの方に手を伸ばした時、彼女は両手でOKサインを作り、輪の部分を口元で重ねて、
「ふーっ」
そこへ強めに息を吹きかけた途端、ぷくーっと大きなシャボンが膨らんで、放たれた熱線とその奥にいる
――次の、瞬間。
そのシャボンが更に大きくなり、瞬時に彼女ごと強大な青白い熱線を包み込んでしまい、
『――――!?』
一瞬の事に驚いた当の
――熱線が、シャボンの内側に触れたその時。
『――――!!』
薄い水の膜一枚である筈のシャボンは何故か割れる事無く、中で拡散する様に炸裂し、
――ほぼ、無音で。
「りっ、リエナぁ!?」
「てんしゅーーーっ!?」
――何事も起こっていないかの様な昼下がり。
そんな中で、魔道具店
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