第41話 領民思いと亜人族嫌い

「すごかったよふたりとも! おつかれさま!」


 六角猛牛ヘキサホーンとの戦闘に入ろうかというタイミングで、突如地面から現れた二匹の暴食蚯蚓ファジアワームの大きさに最初こそ圧倒されていたものの、ピアンの支援魔術もあり無事一撃で仕留めたウルとハピを望子は笑顔で迎える。


「へへ、まぁな! これくらい朝飯前だぜ!」

「朝ご飯の後だけれど。 それよりピアン、角はどうしましょうか。 おさも逃げちゃったでしょうし……」


 そんな望子に胸を張って応えたウルに対し、皮肉の効いた返しをしたハピは、二人の力の強大さに腰を抜かしてしまい、ワンドを地面につく事で漸く何とか立てていたピアンにそう問いかけたのだが、

「ひぁ、は、えっと……!」

「「?」」

 初めて彼女たちと出会った時以上の畏怖を二人に感じてしまっていたピアンは身体を震わせ、いまいち思考が定まらず、上手く口も回らない。


(何て言えば……え? あれって……)


 その時、逡巡していた彼女の視界……望子たちの後ろの方に、他の個体よりも一等大きい六角猛牛ヘキサホーンがこちらに視線を向けて佇んでいるのが映った。


「っあ、う、後ろに……!」

「え? ぅわぁ!?」


 何とか言葉を発せられたピアンの指差す方を向いた望子が驚いて後退あとずさると同時に、望子と六角猛牛ヘキサホーンの間に躍り出た三人の亜人ぬいぐるみたちを代表して、

「……いや、いたのは分かってたんだがよ。 わざわざやられに来たってのか……ん?」

 その嗅覚で接近を予感していたウルが挑発的な笑みを浮かべ、おさであろうその六角猛牛ヘキサホーンをギラリと睨むと、ギチッと筋肉が軋む音を立てながら、あろう事かその個体がゆっくりとこうべを垂れたではないか。


「……何やってんのあれ」

「もしかして……降伏してるんじゃ……?」


 何の気無しに呟いたフィンの疑問に答える様に、ジーッとその個体を見つめてそう口にするピアンの推測はどうやら正しかったらしく、おさであろう六角猛牛ヘキサホーンは下を向いたまま微動だにしない。


「……成る程ね。 さっきの私たちの力を見て、群れごと犠牲にするくらいならって事かしら」


 人柱ならぬ牛柱ってとこかしら、と少し上手い事を言ったつもりらしいハピは得意げな表情をしていたが、あはは、と分かっているのかいないのか微妙なところの望子の渇いた笑いしか返ってこなかった。


「ど、どうしましょう。 たおしちゃうんですか……?」

「いやぁ、命まではとらねぇよ……が、角は貰うぜ。 六角じゃあ無くなっちまうが、勘弁な」


 ピアンのおずおずとした言葉を否定したウルは、右手の人差し指の爪だけを赤く輝かせ、小さな短刀ナイフにしたかと思うとその個体にスタスタと遠慮無く近づき、六本の角のうち……一本だけを根元から断ち切り、

(あぁ、六角ヘキサから五角ペンタに……これであのおさはもう……)

 角を一本でも失ってしまった個体……それがおさであったとしても群れから見放され、追い出されてしまう……そんな六角猛牛ヘキサホーンの生態を把握していたピアンは、憐憫の意を込めておさを見つめていたのだが――。


「あれ……? 追い出されない……?」


 彼女の予想に反して、群れに戻った長はその群れを先導しながら草原の向こうへと歩き出しており、

「……角五本でも受け入れられてんなあいつ。 ピアンの話じゃおさの証なんだろ? これ」

「それだけ慕われてたって事じゃない?」

「そうね、群れの為に自分の命を差し出そうとまでしたんだもの。 これが将器ってやつかしら」

 それを見ていた亜人ぬいぐるみたちは銘々その個体を評価し、うんうんと頷きながら群れを見送った。


「よし! 無事に角も手に入ったし、さっさと街に行こうぜ。 ピアン、案内を……あ?」

「ぅん?」

「あら、何かしら……」


 気持ちを切り替えいざドルーカへ、そんな心積もりだった亜人ぬいぐるみたちが一斉に何かを察知する。


 ウルは大勢の人や獣のにおいを、フィンはこちらへ近づいてくる多くの足音を、そしてハピは二人が向いた方に眼を遣り、馬に騎乗した歳若く見える男女と、その後ろを同じく十数人の軽装の騎馬兵がついて来ている……そんな光景が彼女の視界に映っていた。


「え、あれって……!」


 一方、フィン程では無いにしろ聴覚に自信のあるピアンは、白く細長い耳をピコピコと動かし、ドルーカに住まう者なら誰しもが知っている、先頭を馬で駆る絢爛な服装の男性の声を捉えており、

「みんなどうしたの……ぅわっ! いつのまに!?」

 望子がそんな四人の様子に気づいた頃には、その騎馬隊は彼女たちに……正確には暴食蚯蚓ファジアワームの死骸に接近してしばらく眺めていたが、望子たちに気づくやいなや先頭を走っていた男がこちらへ馬を走らせてくる。


「……なんだお前」


 ウルが警戒する様に尋ねると、どうやら向こうも随分と警戒しているらしくしばらく沈黙が続いたが、

「りょ、領主様……ドルーカの領主様ですよぉ……」

 ピアンがあわわと口を押さえながらそう呟いた事により、領主と呼ばれたその男性は、自分を知っているのならと警戒を解いた様子で馬から降りてみせた。


「……領主? サマって事は偉い人なの?」

「貴様! 亜人族デミの分際で……!」


 しかし、そもそも領主という言葉すら知らないフィンの何気無い疑問に、その男性の傍らに控えていた、長身、金髪、鎧姿……いかにも騎士といった風体の女性が、怒りの感情を剥き出しにしてフィンを睨むも、

「カシュア! ……すまない、自己紹介が遅れてしまった。 私はクルト=シュターナ。 そちらの兎人ワーラビットのお嬢さんが言う様にドルーカの領主をしている者た」

 カシュアと呼ばれたその女性騎士を諌めた領主、クルト=シュターナが貴族らしいといえばらしい、うやうやしい一礼をして自己紹介をしてみせる。


 彼の自己紹介を受けつつも、名前自体は視えていたハピが、街を纏めているのだろう事を理解した上で、

「……随分若く見えるけれど?」

 おまけの様に視えていた二十五という若年について尋ねると、彼は少し寂しげな表情を浮かべて、

「……我がシュターナ家は代々短命でね、かくいう私の父も四十という若さで逝ってしまった。 ゆえに、若輩者の私が領主の座に就いているんだ」

 私もいずれは――そんな思いを込めて、クルトは自分の家の呪いにも似た宿命を語った。


 一方、そう語る彼の言葉にも大して興味も無さそうに、ウルが片手で頭をガリガリと掻きつつ、

「……それで? その……領主様? が何の用だ? ここは仮にもあんなでけぇ魔獣が出る場所だぞ?」

 偉いんなら引っ込んどいた方が良いんじゃねぇか、と言わんばかりに、兵士たちが調べている暴食蚯蚓ファジアワームの死骸をスッと指差してそう告げる。


 そんなウルの忠告を受けたクルトは、一転苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながら、

「あぁ、今回は事が事だからな……ドルーカの街を大きな地震が襲い、街の外に二つの巨大な塔の様な物が見えたんだ。 街の方も随分騒ぎになっている……まさかあれが魔獣だったとは。 あれを……君たちが?」

 おそらくは恐慌状態にあるのだろう街の状況も合わせてそう説明し、本題だとばかりにウルたちを威厳のある視線で射抜きつつ、真剣な声音で問いかけた。


「……まぁそうだな。 で? 褒美でもくれんのかよ」

「っ、貴様っ……!」


 一方、領主相手でも軽い口調のまま答えたウルに対し、業腹といった様子のカシュアが再び叫んで、腰の細剣レイピアを勢いよく抜剣せんと構えたその瞬間、

「カシュア! いい加減にしないか! ……すまない、彼女は亜人族デミとの交流に肯定的では無くてね……」

 カッと目を見開いたクルトが彼女を怒鳴りつけた事で、カシュアはビクッとその動きを制止させ、それを見届けたクルトは頭を下げて彼女の非礼を詫びる。


「……構やしねぇよ。 で、結局何がしてぇんだ?」


 構わない……というよりは、そもそも眼中に無いウルとしては彼女の事などどうでもよく、取り敢えずクルトに此処まで来た目的を再度問いかけると、

「まずは詳しく話を聞かせてほしい。 私は領主として住民の安全を守り、有事の際には彼らを避難させねばならない立場にある……情報は、時に身を守る盾にも、そして道を切り拓くつるぎにもなるからな」

 望子たち五人を見据えた後、不意に街のある方角へ顔を向けながらそう語って、再び彼女たちに顔を戻した彼の表情は、上に立つ者の面持ちとなっていた。


 そんなクルトの言葉を聞いたウルは、分かっているのかいないのか微妙な表情のままに口をひらき、

「別にいいけどよ、早いとこ街に行きてぇんだが」

「あぁ、勿論だ。 作業が済み次第、街への帰路へ着くとしよう。 諸君、魔石の回収を急げ!」

「「「はっ!!」」」

 そう告げられたウルの発言に対し、クルトは蚯蚓の死骸を様々な色の魔術の刃で解剖していた兵士たちに声をかけ、彼らは一斉に返事の声を上げる。


 ――やがて解剖が終了し、魔術により掘られた深い穴にボロボロの蚯蚓の死体を埋めた兵士たちは一人、また一人と乗馬し、帰路に着く準備を進めていた。


 その間に、ここまでの自分たちの身の上話を除き、先程この場で発生した事態を語り終えた亜人ぬいぐるみたちに、

「……そうか、そんな事が……君たちのお陰でドルーカの平穏は保たれた、感謝する」

「クルト様!? 亜人族デミに頭を下げるなど……!」

 クルトは感銘を受けた様にうんうんと頷いてから、謝意を示す為に深く頭を下げたのだが、そんな彼に水を差すかの如くカシュアが割り込んでくる。


「……お前は死骸あれを見てもまだそんな事が言えるのか? あの巨大な魔獣が牛の群れを喰らっただけで満足すると思うか? いいや間違いなくドルーカに牙を剥き、嬉々として私たちを餌としただろうな」

「そ、それは……ですが……!」


 ウルたちの話を聞いても尚、亜人族デミたちへの感謝に納得のいかないカシュアに対し、呆れた様子のクルトは溜息をつきながらも諭す様に粛々と語り出し、

「それに、ここ最近草原の鳥獣や魔獣たちが数を減らし、ここらで獲れる肉や素材が不足していたのもおそらくこの暴食蚯蚓が原因だったのだろう。 彼女たちは一度の活躍で二度もドルーカを救ってくれたんだ」

 異論はあるか? と、それまでとは全く異なる低い声音でドルーカがこうむっていた悪影響を並べていく。


 一方、それでもやはり口惜しげに渋面を湛えていたカシュアだったが、ゆっくりと頭を下げてから、

「っ……いいえ、クルト様……申し訳ありません。 皆様、どうか無礼をお許しください……」

 カシュアは主人と望子たちに謝罪したものの、当の望子も亜人ぬいぐるみたちも全く気にしていない様だった。


 そんなやりとりをしている内に、十数人単位での兵士たちの作業は全て終了したらしくその中の一人が、

「当主様! 帰還の用意、完了致しました!」

 ご命令を! と付け加えて敬礼しつつそう言うと、クルトは自分が乗ってきた馬に跨ってから、

「……では、ドルーカへ帰還する! 馬をいくつか空けてくれ。 街の恩人を歩かせる訳にはいかんだろう?」

「「「はっ!!」」」

 兵士たちに指示を出すやいなや、彼らはそれに従って数人が馬を降り、他の兵士との相乗りをする。


「いいのか?」

「勿論だとも。 そもそも、そんな小さなお嬢さんを歩かせ自分だけ馬に乗るなど、私が許せないんだ」

「あ、ありがとう、ございます?」


 ウルが確認する様に尋ねると、クルトは人当たりの良さそうな笑みを望子へ向けてそう言って、突然話を振られた望子はビクッとしつつもお礼を述べていた。


 そして街への帰還を開始してすぐに、下半身が海豚ドルフィンである為か横向きに座っていたフィンが、

「ねぇねぇ領主サマ、さっきあのでっかい蚯蚓から取り出してた……ませき? って何?」

 ウルと同じかそれ以上に、これまた軽い口調で前を馬で歩くクルトへと話しかける。


 そんな彼女の言い草に対し、後ろを歩いていたカシュアが怒気を放ったが、クルトがそれを手で制し、

「……知らないのかい? 魔石というのは、死した魔獣や魔物の心臓部が結晶化した物でね。 武器や防具、果ては生活用品まで……様々な用途があるんだ」

 これだけ強いのに知らないのだなと心底意外そうな表情を浮かべつつも、懇切丁寧に教えてくれた。


「ほー……その、魔石? ってのはどうすんだ? あたしらにくれたりはしねぇのか」


 その時、まるでカシュアに追い討ちでもかけるかの様に、まてしてもウルが何の遠慮も無く問うと、

「無論そのつもりだ……が、あの暴食蚯蚓ファジアワームは明らかに異常だった。 これは私の憶測に過ぎないが……魔族が関与している可能性もある。 彼女に……リエナに詳しく調べて貰う必要がありそうだ」

「ん? リエナってのは一体――」

 クルトは彼女の言葉を肯定しながらもその表情に影を差し、女性なのだろうリエナという何某の名を口にした事で、誰だ? とウルが尋ねようとした時――。


「――え? 店主に?」

「「店主?」」

「ひぇっ!?」


 ふと顔を上げて呟いたピアンの声にクルトとウルの声が重なり、思わず彼女はビクッとしてしまう。


 ――そう、リエナとはピアンが働く魔道具店の店主である亜人族デミの名前だったのだ。


(……不思議な縁もあるものね)


 ――ハピはフィンと同じく横向きで馬に乗りながら、しみじみとそんな事を考えていたのだった。

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