第40話 地中より出でしもの

 現在、望子たち四人はピアンの案内の元、彼女が寸前まで六角猛牛ヘキサホーンに追われていたという場所まで歩き、無事に……かどうかはともかくとして、群れを発見する事に成功していたのだが――。


「……ねぇ、もしかしてあれ?」

「は、はい! あれです! あれが六角猛牛ヘキサホーンですよ!」


 怪訝な表情でその群れを指差しながら呟いたフィンの声に、ふんす、と若干気合いの入り過ぎているピアンが反応しつつ答えてみせたものの、

「……なんかこわいね、あのうしさんたち」

 ポツリと口にした望子の言葉通り彼女たちの視界に映るその牛たちは、成体から幼体に至るまでやたらと筋骨隆々で、その身体に相応な大きな頭からは捻じ曲がった六本の鋭利で強靭な角が生えていた。


 ――こんな見た目であっても、冒険者や肉食の魔獣や魔物といった外敵に襲われたりしない限りは自発的に暴れたりする事も無い、比較的温厚な魔獣である。


「ねぇ、あれの肉って美味しいの?」


 そんな中、先程から指を差したままのフィンが何の気無しに尋ねると、あははとピアンは苦笑して、

「ぇ、えっとですね……食べられなくは、といった感じで……ちょっと、いやかなり筋っぽいですが……」

「……はぁ、焼肉パーティは無しかなぁ」

 昔食べた六角猛牛ヘキサホーンの肉の味と異常な程の固さを思い返しており、それを聞いたフィンは途端に興味を無くして差していた指をスッと下ろして溜息をつく。


 す、すみません……とペコペコ頭を下げて謝るピアンをよそに、ウルがフィンと肩を組みながら、

「元々の目的は案内との交換条件みたいなもんだろ? 肉は諦めてとっとと終わらせようぜ」

 気にすんなって、と前置きしつつ軽い口調でそう告げると、フィンは若干不満げに唸り声を上げていたものの、最終的には納得したらしくゆっくりと頷いた。


「……それで、角が欲しいのよね?」

「は、はい、そうです。 正確には……六角猛牛ヘキサホーンの群れのおさの角、ですね」

「「「「おさ?」」」」


 その後、既に軽く飛び上がっていたハピが本来の目的をピアンに確認する一方、ピアンが先程までの申し訳無さを拭い切れないままに自分が欲している素材について口にした途端、どういう事? と疑問を持った望子たち四人の声が図らずも重なってしまう。


「はっ、はい。 六角猛牛ヘキサホーンおさは群れの仲間たちに認められ自らがおさであると自覚した瞬間、その角に他とは一線を画す程の魔力が蓄積されるんです」


 ピアンの言う事には、普通の個体の持つ角であっても素材としての価値はあるが、魔道具アーティファクトや冒険者の扱う武具、砕いて粉末状にした場合に効果のある滋養強壮剤などに利用するのなら、やはりおさの角の需要は頭一つ抜きん出ているらしかった。


「……ぅん?」


 そんな風にピアンが六角猛牛の市場価値について語っている中、未だに拗ねていた様子のフィンの頭の横の鰭がピクッと動き、奇妙な音を察知する。


 ――ゴゴゴゴ、と地面したから聞こえるそんな音を。


「? どうしたの、いるかさん」


 一方、突然下を向いたまま動かなくなってしまった彼女が気になり、望子が声をかけると、

「昨日、の……やっぱり牛じゃなかったんだ……!」

 今聞こえている音と、昨日聞こえていた音が完全に一致している事に漸く気がついたフィンは目を見開いて、守るべき存在みこの方をバッと振り向いた。


「えっ? きのう……? いるかさん、なにいって――」

「みこ!」

「ぇ、ぅわぁ!?」


 その瞬間、いかにも心配げな望子の言葉を遮って、フィンがいきなり望子を抱きかかえて地面から離したその行動に会話していた三人も振り返り、

「? おいフィン、お前何やって――」

 きょとんとした表情をする彼女たちを代表し、ウルが彼女の奇行の真意を問い正さんとしたその時――。


「――みんな! 地面したに何かいる! 気をつけて!」

「「「……!」」」


 いつもとは違う切羽詰まった表情と声音で告げられた警告に、ウルたち三人が一斉にフィンの言葉通りに地面の方へと顔を向けると同時に、六角猛牛ヘキサホーンの群れも何かを察知したのか、ブモォオオオオーーーッと大きな声を上げてその場を離れようとする。


 ――次の、瞬間。


 ボゴゴゴッ! という、地中を何かが掘り進むかの様な地鳴りが周囲に響き渡り、草原に立っているウルとピアンの身体が大きくグラッと揺れて、

「ぅおっと!」

「ひゃあっ!?」

 ウルは強靭な足腰で何とか姿勢を保っていたが、彼女とは違い腕も足も腰も細いピアンはその震動に立っていられず、尻餅をついてしまいそうになっていた。


「チッ、しっかりしやがれ!」


 ふらついていた彼女を支えるべく、ウルがピアンの腕を掴んで強引に立ち上がらせたものの、

「ひぁっ!? ……ぁ、ありがとう、ございます……」

「……お前、そろそろあたしに慣れろよな」

 粗暴なウルに未だ怯えていたピアンは驚きつつも感謝を述べる一方、あたしってそんなに怖いのか? と当のウルは若干気落ちした様子で溜息をついている。


 そんな無益な会話をしている間も次第に揺れは大きくなっていき、ウルよりも圧倒的に筋肉質な六角猛牛ヘキサホーンたちでさえよろめき倒れてしまっており、

「あっ、うしさんたちが……」

「! みんな、くるよ!」

 六角猛牛ヘキサホーンの群れを心配する望子の声を遮ってフィンが叫んだその瞬間、彼女たちと群れの間の地面が音を立ててひび割れ、盛り上がったかと思えば――。



『『――ゴァアアアアアアアアアアアッ!!!』』



 耳をつんざく様な咆哮を草原に響かせながら大地を割って現れたのは……あまりに巨大な、そしてあまりに凶暴で醜悪な……二匹の蚯蚓みみずだった。


「でっ……でかすぎるだろ! 何だよあれ!」


 ウルが驚きを露わにして叫ぶがそれも無理はないだろう、その大きさは控えめに言っても地球でいうところの三階建てのビル程であったのだから。


 ――しかも、未だにその身体の半分以上は地面に埋まったままなのにも関わらず。


「……『暴食蚯蚓ファジアワーム』っていうみたいね」


 そんな中、ハピが翠緑の瞳を妖しく光らせ、眼前に映る蚯蚓の種族名を看破してそう呟くと、

「あれがですか!? 私が知ってるのはあんなに大きくないですし……あんな禍々しくないですよ!?」

 どうやらその名を知っているらしいピアンがその言葉に食いつき、そんな筈はと慌てた様子で叫ぶ。


 彼女の言葉通り、本来の暴食蚯蚓ファジアワームは精々一般的な人族ヒューマンと同じくらいの大きさの魔蟲であり、外見自体も地球のものと大した違いは無い。


 だが目の前の二匹はその大きさも然る事ながら、ぶよぶよとした肉を裂く様に生えた……いや、様に見える棘の如き器官、そして頭に当たるのだろう部位にはその名に相応しい大きく横に裂けた禍々しい口があり、一言で言えば――。


「……グロいね、なんか」


 ――そんなところだった。


『ゴルルルル……!!』

『ゴァアアアアアアアアッ!!』


 そんなフィンの呟きが聞こえていた訳では無いだろうが、暴食蚯蚓ファジアワームたちが六角猛牛ヘキサホーンの群れの方へグリンと勢いよく顔を向けたかと思うと、その口からダラダラと涎を垂らしつつ声を上げ、六角猛牛ヘキサホーンたちの頭上から高さを活かして襲いかかっていくではないか。


「あっ!? 横取りしようってのかあいつら! そんなのあたしが許すと思ってんのかぁ!!」

「もぅ、気が早いんだから……ピアン、支援お願い」


 無論、そんな暴挙をウルが見逃す筈も無く、爪を赤く輝かせながら突っ込んでいく彼女に対し、ハピが平静を保ったまま翼を広げ、後を追わんとしつつもピアンに支援魔術の要請をした事により、

「ぇ、ちょ……めっ、軽量化メイクライト!」

 信じられないといった表情でピアンが何かを言おうとしたが、既に二人は飛び出してしまっていた為、どうなっても知りませんよ! と言わんばかりにワンドを構えて魔術を行使し、二人の身体を光で覆う。


 目に見えて速度の上がった二人をよそに、ピアンは自分と同じくこの場に残っていた望子たちに向けて、

「とっ、止めなくて良かったんですか!? あんなの、どうやっても……っ!」

 不安と恐怖を拭い切れないのか、望子たちとウルたちを交互に見遣り、縋り付かん勢いで叫び放った。


 されど望子たち二人は既に焦っている様子も無く、彼女を安堵させるべくニコッと笑みを浮かべて、

「だーいじょーぶだって! あの二人、結構強いからさ! ……ま、ボクの方が強いけどね!」

「あはは……ねぇうさぎさん。 ほんとにだいじょうぶだからしんぱいしないで? みんなほんとにつよくて、いつもわたしをまもってくれるんだよ」

 かたや二人の強さを認めつつも自分の有能さを望子に示し、かたや亜人ぬいぐるみたちに全幅の信頼を寄せる望子が、彼女の手を握って慈愛に満ちた笑顔を見せる。


「っ、でも――」

「ほら、もう終わるとこだよ」

「えっ!?」


 ピアンは一瞬望子の笑顔に目を奪われてはいたものの、それでも尚心配を口にしようとした時、そんな彼女の言葉を遮ってフィンが指差した先では――。


 ピアンの支援魔術により普段の倍以上の速度が出ていた二人は、群れへと飛びかかる二匹の暴食蚯蚓ファジアワームの前に躍り出るやいなや、ウルは巨大化した右の爪を迫り来る暴食蚯蚓ファジアワームかざし、ハピは少し高めに飛び上がってから青と緑の風を纏い、両脚の鋭い爪を向ける。


「吹っ飛べおらぁああああああああっ!!」


「ふふ……これ、試したかったのよね」


 二匹の暴食蚯蚓ファジアワームたちが彼女たちを視認し、六角猛牛ヘキサホーン共々喰らおうかというその瞬間、二人がそれぞれ口にした叫び……或いは呟きと共に、ウルの爪からは極大な放射状の業炎が、ハピの爪からは風の魔力で高速回転する巨大な氷柱が放たれた。


『『ゴアッ……!?』』


 そのあまりにも強大な力をその身で受けるのはまずいと本能で理解してはいたものの、今更止まる事も出来ない二匹の暴食蚯蚓ファジアワームは、その勢いのまま二人が行使した魔術へと突っ込んでいき――。


『『――――――――!!』』


 声にならない叫びを上げながら、片方は見るも無残な炭と化し、もう片方は地上に出ていた身体を氷柱に貫かれ、その冷気で全身が凍りついてしまっていた。


「ね? 大丈夫って言ったでしょ?」


 にひひ、と笑ってそう言ったフィンの言葉は残念ながらピアンに届いてはおらず、

「……しょ、触媒どころか詠唱も無しにあんな威力を……!? 一体何が、どうなって……!?」

「? 触媒は分かるけど、えいしょー、って何?」

「え、あ、えっと……!」

 見習いとはいえ魔具士であり、多少なりとも魔術の知識を蓄えているピアンには、常識を遥かに超える彼女たちの力がとても恐ろしく思えて仕方無いらしく、フィンの何気無い疑問に答えようにも口が回らない。


 ――魔術の余波や暴食蚯蚓の咆哮によりちらほらと倒れ伏している六角猛牛ヘキサホーンたちの近くで手を振るあの二人にも、漸く慣れ始めたところだったのだが。

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