第38話 ドルーカ住まいの見習いうさぎ
「……とりあえず、自己紹介でもするか? あたしはウル。
サーカ大森林を抜けドルーカの町へ向かう途中、望子たちが野営をしていた所へ重い足取りで近寄ってきたうさ耳少女。
いつまで経っても平伏したままの彼女に痺れを切らしたウルが声をかけると、少女はゆっくり上体を起こした。
「……ぇ、えっと、私の名前は……ピアン、といいます。 ご覧の通り、
ピアンと名乗ったその少女は、小さな身体には似合わない大きめの緑色のローブを羽織り、これまた随分と長い杖を背負ったまま、白い耳をへなっとしなだれさせていた。
「まぁ、分かってはいたけれど……私は
「ボクはフィン!
「えっと、みこ、だよ。 よろしくね」
ウルを除く三人もピアンの言葉に続く様に自己紹介を済ませる。
するとピアンは緊張感が薄れたのか、初めて少しだけ肩の力を抜いて、
「は、はいっ、よろしくです。……えっと、
柔和な笑みを浮かべる望子の方へ視線を向けてそう尋ねる。
「……そう、かもね。 まぁ、色々あるのよ。その辺りは聞かないでくれると嬉しいのだけど……」
すっかり日が暮れて夜になっている事もあり、月明かり以外ではウルが着火させた焚火の明かりのみが彼女たちを照らす。
その光が反射し、より一層妖しく輝く眼差しでピアンを見ながらそう忠告するハピ。
「ひぇっ……」
ピアンはそのハピの視線を受け、一瞬で全身が凍りつく様な想いを味わっていた。
(こっ、こわいよぉおおおお、
「……は、はいっ、勿論ですぅ! みなさんの迷惑になる事はしません! 絶対に!」
ピアンはせっかく起こした上体を再び倒して、土下座の姿勢をとってしまう。
そんな二人の間に割って入る様に望子が、
「だいじょうぶだよ、わたしたちなにもしないから……。 とりさん、こわがらせちゃだめだよ」
彼女の綺麗な銀髪をよしよし、と撫でながら、ハピを諌める。
「そ、そうね。 ピアン、だったかしら? ごめんなさいね」
望子に言われては流石のハピも素直に謝るしかない。
下手に我を通して、望子に嫌われでもしたら、彼女たちは存在意義を失うも同然なのだから。
「い、いえいえ、お気になさらず。 元はと言えば私が悪いんですから……」
ピアンは顔を上げて、目に涙を浮かべながら手を前にだしてぶんぶんと振る。
……だが、その涙は恐怖からのものでは無かった。
(こんなに小さい子が、こんな私を……もしかしてこの子は、いやこの方は女神様の生まれ変わりなのでは……?)
そう、彼女にとっては恐ろしくて仕方のないハピの威圧にも似た視線から守ってくれた望子に対して、信仰にも近い何かが芽生え、感涙していたのだ。
……女神ではなく、勇者なのだが。
「……なぁ、ピアン。 一番最初の質問に戻るんだがよ、お前こんな時間にこんな所で何してたんだ?」
唐突なウルの声に、身体をびくっとさせたピアンは、
「……ぁ、えっとですね、私、この先のドルーカって町で---」
「「「ドルーカ!?」」」
「ひあっ!?」
か細い声で質問に答えようとしたのだが、彼女が町の名を口にした瞬間、望子を除く三人が異常な食いつきを見せた事で、近くにいた望子の小さな背中に隠れてしまった。
「……もうっ! こわがらせないでっていったでしょ! わたしのはなしきいてた!?」
望子はぎゅっとピアンの頭を胸元に抱き寄せながら、
「す、すまねぇミコ! あたしが---」
普段は絶対に見る事の無い、怒りの感情が前に出た望子の気迫に、仮にも彼女の所有物である
「わたしにあやまってどうするの!? あいてがちがうでしょ!」
ピアンでは無く自分に謝ろうとしたウルの言葉に余計むっとしてしまう望子。
「い、いいんですよミコさん! 私が勝手に驚いちゃっただけで……! みなさんは悪くないんです……!」
またも自分を庇ってくれた事に関しては嬉しく思っていたピアンだったが、
(ミコさんが守ってくれればくれる程、あの人たちからの圧が強くなってる……!)
そう気づいてしまった彼女は、
「……そう、なの? それなら、いいけど……みんな、つぎおんなじことしたら、とうぶんもとにもどっててもらうからね?」
「「「は、はい……」」」
ピアンの説得で少し気持ちが落ち着いた望子は、諭す様に三人に忠告し、
彼女たちの返事に満足したのか、うんうんと頷いた後、望子はくるっと回ってピアンの方へ顔を向ける。
「それじゃあ、はなしをつづけてくれる? じゃましちゃってごめんね」
柔和な笑みを浮かべてそう告げる望子にしばらく見とれてしまっていたピアンは、うん? と彼女の様子に首をかしげた望子の声で我に返り、少し赤らんだ表情のまま、
「はっ……! あ、はっ、はい! 私、頑張ります!」
そう言った彼女に、なにをがんばるんだろう、と望子は一瞬疑問を持ったが、まぁいっか、と気を取り直して先を促した。
「えっと、確か……ドルーカの町で、って所まででしたよね? じゃあそこから……私、ドルーカのとある魔道具店で見習いやってるんですよ」
「……魔道具店?」
「はっ、はい。 ……私の自慢は逃げ足の速さと、
そう答えたピアンの赤い目には若干の恐怖は宿っているものの、望子が近くにいるお陰か、先程は悲鳴まで上げてしまったハピに対して、しっかりと受け答えは出来ていた。
「……魔具士ってのは、魔道具を作る専門家、って認識でいいのか?」
ウルが聞き慣れない言葉の意味を尋ねると、
「っは、はい、そうです。 その中でも店主は
触媒を作り出す事に長けてまして……」
もろに肉食の
「しょくばい? 何それ?」
「……あれ? ご存知無いですか……? ……っあ! ご、ごめんなさい! 偉そうな事を言ってしまって……!」
何気なくそう尋ねたフィンの発言を意外に思ったのか、ぽかんとした顔で聞き返したピアンは、自身の失言に気がつき、再び顔を伏せてしまう。
「だいじょうぶだよ、みんなおこったりしないから……ね?」
「「「……!」」」
(今日のみこはなんか迫力が……こういうみこもいいけどね!)
フィンはそんな事を考えながら、他二人と同様にこくこくと首を縦に振る。
「ありがとうございます、ミコさん……。 え、えっと、触媒というのはですね、魔術を行使出来る方が所有する事で、その方の魔力を制御し、より強く、より正確に……何より迅速に行使出来る様になる魔道具の事を指すんです。 私の杖なんかが良い例ですね」
そう言うと、ピアンは背負っていた杖を手で持ち、先に付いた赤い宝玉に手をかざしながら、
『
と、小さな声で呟いた。
すると、望子を除いた三人の身体に赤い光の粒が降り注ぎ、彼女たちの全身を覆う。
「なんだこれ……ん?」
「もしかしてこれ……身体が……?」
「うわぁ! 軽くなってる!」
その効果に瞬時に気がついた三人は、ぴょーんと高く跳ねたり、くるんっ、と高速で宙を回転したりしていた。
「わぁっ……! すごぉい!」
望子は三人とピアンを交互に見ながら、嬉しそうにそう言った。
「これが、支援魔術と呼ばれるものになります。 今みなさんが体感している程に軽くする為には、本来詠唱が必要なのですが、この杖……触媒のお陰で短縮出来たんです」
ピアンがそう解説するやいなや、三人は顔を見合わせ、ほぼ一斉に、
「「「触媒、欲しい(わ)!」」」
と、新しい玩具を見つけた子供の様に叫んだ。
「で、では、ドルーカに着いたら案内しましょうか? 店主も
ピアンが遠慮がちにそう言うと、
「いいのか!? ありがとな、ピアン! ……っと、ミコもそれでいいか? あ、いや、いいですか、とか言って……」
ウルが喜びをあらわにしつつ、先程の望子の気迫がまだ脳裏に残っていたのか、思わず敬語に訂正して尋ねる。
「……ふふ、おおかみさんってば、もうわたし、おこってないよ。 わたしもたのしみにしてるから、みんなでいっしょにいこう?」
対して望子は、さっきはごめんね、という風に、眉を下げて三人にそう言うと、
「……それじゃあ、今日はもう寝て、明日に備えようぜ。 ピアンはどうする? あたしらと一緒にいるか?」
「い、いいんですか? それじゃ、失礼しますね……」
ウルやハピにも大分慣れてきたピアンは、彼女の誘いに乗り、所持していた寝袋を取り出して一夜を共にする。
その時---。
---ごごごごっ
(……何の音?……まぁいいや、眠いし……)
何処からか聴こえてきた謎の音に気がついたのは、眠気に負けたフィンだけだった。
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