第36話 蜘蛛人との別れ
ハピを目覚めさせる為に
それを目の当たりにしたフィンは、ボクもボクもと飛び込んだが、ウェバリエの糸で簀巻きにされてしまっていた。
そして望子含む他四人は、ウェバリエからのお礼として森の幸の採集へと向かったのだが---。
「ほんっっっと信じらんない! 普通あのまま置いてく!? すっごい怖かったんだよ!?」
誰に気づかれる事も無く、完全に置いていかれたフィンは、何とか自力で糸を破り、既に採集終盤に差し掛かっていた彼女たちに漸く追いついていた。
「い、いやぁ、悪い悪い。 忘れてたわ……」
「忘れてたの!? ウルが指示したのに!?」
涙目になりながら怒気を向けるフィンに、ウルは軽い口調で謝罪するも、それは彼女を更に憤慨させるだけだった。
「ふぃ、フィン、ごめんなさいね。 ミコちゃんの笑顔が可愛くてついそっちに……」
「キミがやったんだよコレ!……ま、まぁその理由は分からなくも無いけどね?」
ウェバリエは、聞く者が違えば全く正当には思えない理由を述べつつ謝意を示したが、中々分かってるじゃん、といった表情を浮かべ、少しだけフィンの機嫌は良くなっていた。
そんな彼女たちの元へゆっくり歩いてきた望子がフィンを見上げて、
「……ご、ごめんねいるかさん……。わたし、もりできのみとったりとかはじめてで、とってもたのしみにしてて……それで……」
小さな声で謝罪を始める。
その目には、少しずつだが涙が浮かんできていた。
それを見たフィンは、それまでの怒気などあっという間に振り払い、
「っあ、ち、違うんだよみこ! 元はと言えば、ボクがちょっとはしゃいじゃったのがいけないんだもん! みこは悪くないよ!」
望子の頭を撫でながら、自戒の念を込めて慰めるフィン。
「「……ちょっと?」」
「そこ! 聞こえてるからね! 言うんだったらはっきり言って!」
あれで? と疑問を持ったウルとウェバリエの小さな呟きに、即座に反応し苦言を呈するフィン。
「……ねぇ、そもそもなんで貴女は簀巻きにされてたの? はしゃいじゃったって何?」
「ぅん? なんでって……あぁそうか、キミは寝てたもんね……。……っていうかさぁ! キミが寝てなきゃあんな事には---」
昏睡状態にあった為、この一連の流れを理解出来ていないハピは、特に悪意は無くフィンに尋ねたが、そもそもの発端が彼女である事を思い出したフィンが再び暴走しそうになったので---。
「ウェバリエ」
「えぇ」
しゅいんっ、という音と共に今度は口だけが糸で塞がれる。
「んむぐ!? んー!」
「……あぁ、こういう感じの事がさっきもあった、って解釈でいいのかしら」
前回とは違い、手が自由だからと細い指で糸を剥がそうとする彼女を見ながら他二人の
「ねぇウル、さっきの事は彼女には言わないの? あの……キスの件は」
ハピが聞いてこないからというのもあるだろうが、彼女が目覚めた経緯について話そうとしないウルの事が気になったウェバリエは、こっそりウルに聞いてみた。
「ん? あぁ、覚えてないならそれでいい。勝手に暴走した挙句、疚しい気持ちが無いとはいえミコと……き、キスとか……。そんな幸せな記憶一生思い出させたりしねぇ」
「そ、そう……。 まぁ好きにしたらいいわ」
キス、という単語の時だけ少し照れ臭そうに話す彼女に自分まで恥ずかしくなったウェバリエは、そこで話を終わらせた。
「んむっ……ぷはぁ! 二回目ともなると慣れてくるよね! 塞がれるのも外すのもさぁ!」
その時、フィンの口を塞いでいた糸が断ち切られ、大声でそう叫びだす。
そんな彼女の目の前には、ちゃぽんと音を立てて浮かぶ、水の分身がいた。
手の部分には、振動する極小の水の刃が携えられている。
「あ! みずのいるかさんだぁ! わーい!」
それを視界に捉えた望子は真っ先に分身に飛び込み、顔を胸の部分に埋める。
分身も、愛おしそうに笑みを浮かべて望子を抱きしめた。
「
「……そうだよ、もっと早く思いついてれば良かったよ全く」
ウェバリエの問いかけにぶすっとした声で応えるフィン。
「……さて、とりあえず最大の懸念は取り除けたのよね。 食料もたくさん貰えたし、そろそろ森から出ない? 私たちには……目的もあるのだし」
少しほっこりとした空気の中、真面目な表情でハピが望子たち三人に問う。
「……あー。そうだな、そうするか。 なぁ、ウェバリエ。 この森を出た先に街はあるか?ついでにどんな町かとかも分かると有り難ぇんだが……」
それに同調したウルが、森の主であるウェバリエに尋ねる。
すると彼女は、そうねぇ、と顎に手を当てながら少しだけ考えた後、
「東と西、どっちから出るかによるわね。 東に向かえばサーキラの町が、西に向かえばドルーカの町があるわ。 どちらもまだ魔族の侵攻は受けていないはずだから、平和に過ごせると思うけど……。特別珍しい物とかは無いわよ?」
と、二つの町の名とその現状を教えてくれた。
「へぇ……そうなのね。 ちなみに、どっちが魔族の本拠地から
ハピが何気なくそう聞くと、
「魔族の……? 本拠地というか、魔王の城は別の大陸にあるわ」
少し怪訝な表情を見せながらも彼女はそう答えた。
「って事は……海を越えなきゃある程度大丈夫なのか」
「そうとは言い切れないわ。この森が襲撃にあっているのだし、警戒しておくに越した事は無いわよ」
「……そう、だな。 肝に命じとくよ」
ウルの問いにも冷静に答えたウェバリエの表情には少しだけ影が差していた。
「でもそれなら、どっち行っても良さそうだよね。 ねぇウェバリエ、
フィンが目を輝かせながらそう尋ねると、
「あぁ、それなら確か……ドルーカの一つ向こうに港町があったはずよ。 名前は知らないけどね」
「ほんと!? ねぇみんな、どるーか?って方にしようよ!」
ウェバリエの話を聞いたフィンは、今日一上機嫌になって仲間たちに提案した。
「それお前が海行きたいだけだろ……って言いてぇとこだが、あたしはいいぜ。 その方が都合いいしな」
「そうね、どのみち……あぁ、何でもないわ、とにかく私もいいわよ。望子はどう?」
フィンの提案に賛同した二人のうち、ハピが望子にも意見を求める。
「うん、いいよ。だって、ま---むぐっ」
「ま?」
「いやいや、なんでもねぇんだほんと」
「そうそう、ま、ま……
「んー?」
「そ、そうなの……」
その一連の会話は、はっきりいって違和感しかなかったが、わざわざ口を閉じさせるという事は、と考えそれ以上の問いかけは控えておいた。
「よし! そんじゃあ行くか! 悪いがウェバリエ、出口まで案内してくれねぇか? あたしらだけだと迷いそうだしな!」
ぱんっ、と手を叩いたウルがウェバリエにそう声をかけると、
「えぇ任せて。ドルーカ方面でいいのよね? だったらこっちね、さぁ行きましょう」
ウェバリエも笑顔でそう返し、彼女たちを先導しようと歩き出す。
「……ぁ、えっと、おねえさん」
その時、望子が遠慮がちに声を上げた。
先を歩く、ウェバリエに向けて。
「うん?どうしたのミコちゃん」
ウェバリエが振り返ってそう言うと、
「あ、あのね……さいごに、だっこしてほしいな、って……だめ、かな……?」
「……っ!!」
望子が上目遣いで、おねだりしてきた。
「勿論いいわよ!……もしかして、私がこの森にいる間、なんて言ったから遠慮してるの? 大丈夫! 離れ離れになっても私はずっとミコちゃんのおねえさんよ!」
「ほ、ほんと……? ぇへへ……よかったぁ」
ウェバリエは心底嬉しそうにしながら、望子を固く冷たく細長いその腕で優しく抱きかかえる。
望子もまた、にへっと笑いながらウェバリエにぎゅっと抱きついていた。
……後ろでその光景を見ていた三人の
そのまましばらく歩き続けていると、森の中からは分かりにくかったが、空は快晴の様で、強い光が出口らしき場所から差し込んできていた。
「おっ、あれか?」
「えぇ、森の出口よ、お疲れ様」
そう言うと、名残惜しそうに望子をそっと腕から下ろし、
「ミコちゃん、また来てね。 おねえさんはいつでも待ってるから」
「うん! ぜったいまたくるよ!」
望子とウェバリエがそんな会話をしていた。
「随分懐いちゃったわね……」
「全くだ。何ならあたしらより仲良さそうに見えやがる」
「くそぅ、くそぅ……」
「今回は、本当にありがとう。今は無理かもしれないけれど、いつか必ず、貴女たちの力になるわ」
と、改めて頭を下げて三人に感謝した。
「……へっ、期待しねぇで待ってるぜ」
その姿に毒気を抜かれたウルは、代表して笑顔でそう応えた。
そして四人はウェバリエに別れを告げて、サーカ大森林を抜け、ドルーカの町へ向かう。
(……貴女たちの力は、良くも悪くもあの子への想いで大きく変わる……)
「頑張ってね、『勇者様』」
……何の確証も無い彼女のそんな呟きは、深い深い森の奥へ吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます