第35話 目覚めは勇者の口づけで
「……みっ、ミコぉおおおお!? 何やってんだぁああああっ!?」
「み、みこ、が……ボクのみこが……ハピに……ハピにぃ……」
「ミコちゃん……顔に似合わず、結構大胆なのね……」
爆発の中心にいた事と、半ば暴走していた事もあり、一向に目を覚ます気配の無いハピに、フィンが作った
「……ぷはっ……ふぅ、これで、のんでくれるかな」
衝撃を受ける三人をよそに、口内の
「……ぉ、おい、ミコ、さっきのどこで---」
「そんなのいいから! みこ! ボクにも! ボクにもちゅーして!ちゅー!」
一体いつどこでそんなやり方を覚えたのかと、気になって仕方ないウルの言葉を遮る様に、自分にもとキスをねだるフィン。
「え、なんで……?」
勿論、先程の口移しは彼女にとっては昏睡したままのハピの事を思っての行動であり、至って健常なフィンにする必要はどこにも無い。
「なんでも何も! ハピだけずる---」
「……ウェバリエ」
「任せて」
今にも欲望のままに望子へ飛びかかりそうなフィンを抑えるべく、ウルがウェバリエに声をかけた瞬間、それを察知していた彼女がフィンに向け両手の指先から糸を放ち、あっという間に口から尾鰭の先まで覆われた簀巻きの
「んー!? むぐー!」
「え、えぇ? なんでぐるぐるまきに? いるかさんがなにかしたの?」
何が起こったのか、いや起ころうとしたのか理解していない望子は、きょとんとした顔でウルに尋ねる。
「なんでもねぇよ、大丈夫だ。 ……それよりミコ、さっきのは……」
「さっきの?……あっ、あれはね、わたしがねつだしてげんきがなかったときに、おかあさんがやってくれたんだ。だからとりさんもげんきになるかなぁって」
にぱっと笑みを浮かべてそう話す望子。
「へ、へ〜……成る程ね……」
原因が望子の母親では叱るに叱れず---元より叱るつもりは無いが---こめかみをひくつかせるだけに留まったウル。
(あたしも倒れときゃ良かったのか……? くそっ、無駄に頑丈なこの身体が憎い!)
うがああああ、と頭をかきむしりながら苦悩するウルの足元で、何かがぽぅっと光りだす。
「ん?……あぁなんだ、ハピか。ちゃんと飲み込んだらしいな、くそぅ……」
「いつまで凹んでるのよウル。ハピが目を覚ますのはいい事じゃない」
フィン程では無いにしろ、悔しがっているウルの肩に、ウェバリエがぽんと手を置いてそう言った。
「まぁ……そうだな。ブロヴも倒せたみたいだし、一件落着ってこった」
ウルはなんとか自分を納得させて落ち着いた。
「ん、うぅん……あら?ここは……」
「とりさぁん!よかったよぉ!」
光が収まり、彼女の身体の全ての傷が癒えた時、ゆっくりと身体を起こしたハピに望子が抱きついた。
「わっ、望子?どうしたの……はっ、ブロヴは!? ウル! あれはどうなって……!?」
「前も同じリアクションしてたなぁお前」
飛び込んできた望子を受け止めながら、記憶に新しいあの軟体生物の死活を尋ねるハピと、王城での戦いが終わった後と全く同じ反応を見せた彼女に呆れ顔を浮かべるウル。
先の戦いを知らないウェバリエだけは、ウルの発言に首をかしげていたが、 いやいやなんでもねぇよ、とウルが露骨に手を振って話題を変えようとした為、
(これは……下手に聞かない方が良さそうね)
と判断して、その口を閉じた。
「それよりハピ、ブロヴなら倒したぜ。お前のお陰でな」
「え……本当に? 一体どうやって……?」
どうやらハピは、暴走し始めてからの記憶が飛んでいる様だった。
「貴女が放った冷気……氷の魔術で倒せたのよ。バラバラに砕け散ってしまったから証拠は無いけれど……」
「氷……? 私が……?」
ウェバリエが辺りを見回しながらそう言うと、ハピは自分の翼爪を顔の前にやり、魔力を込める。
すると、彼女が思い描いた通りに、爪の先に掌程の透き通る様な氷塊が浮かんでいた。
「これが、私の……!」
「わぁっ、とりさんすごい!」
望子はハピの腕の中で、その氷塊を見ながらハピを褒める。
「そ、そうかしら……」
「うん! そうだよ! みんながこうやってつよくなれば……きっとまおうだってたおせちゃうよ!」
「「「!」」」
望子の言葉に驚いたのはハピだけではなく、ウルも、そしてウェバリエも、目を見開いた。
(勇者としての資質ってやつか……?レプのやつも似た様な事言ってやがったが……)
ウルは降って湧いた彼女の勇者性に、
(望子……私は、貴女一人さえ満足に守ってあげられないのに……)
ハピは不甲斐ない自分を責めもしない望子に。
そして---。
(魔王を……?
ウェバリエは、かつてこのサーカ大森林に迷い込んだ旅人が持っていた、とある物語に登場する『主人公』と望子が一瞬被って見えた事に、それぞれが驚愕していた。
「ねぇみんな、そろそろいこうよ。ほかにもたすけなきゃいけないどうぶつさんとかむしさんがいるんでしょ?」
黙考していた三人にそう声をかけた望子に対してウェバリエが、
「ぇ、あぁ、もう大丈夫よミコちゃん。 みんながおかしくなっちゃう原因を二人が倒してくれたから、直にここは元の過ごしやすい森に戻るわ。……みんな、ありがとう」
望子にも分かりやすい様に説明し、少ししゃがんでから頭を下げて礼を述べた。
「へへっ、まぁ今回の敢闘賞はハピだけどな。礼ならこいつと、協力を言い出したミコに頼むぜ」
ウルは誇らしげにそう言って、地面座ったままの二人の背中をぽんと押す。
「ふふっ、そうね……。ハピ、ミコちゃん。本当にありがとう。何かお礼がしたいのだけど……あぁ、そうだわ。この森には美味しい木の実や茸がたくさんあるの。良かったら好きなだけ採っていって」
ウェバリエはにっこりと笑ってそう提案する。
「あら、いいのかしら?」
よいしょ、とゆっくり立ち上がったハピが尋ねると、
「えぇ勿論。本当はもっと貴女たちが望む物をあげられたら良かったのだけどね」
少し申し訳なさそうにそう答えるウェバリエ。
そこへ望子がすっと立ち上がって、とてとてとウェバリエの方へ歩き、
「ううん、そんなことない!とってもうれしいよ! わたし、すききらいないもん!」
満面の笑みでそう言った。
「ふふ、そうなの? 偉いわね。それじゃあ、案内するわ。一緒に行きましょうか、ミコちゃん」
彼女につられる様に思わず笑顔になったウェバリエは、望子にその長い腕を伸ばして、優しく抱きかかえた。
「うん! ありがとう---
---『くものおねえさん』!」
「あらあら、おねえさん? ふふ、おねえさんかぁ。 じゃあこの森にいる間は私がミコちゃんのおねえさんになってあげようかな」
「ほんと!? わーい!」
そんな微笑ましい会話をしながら、ゆっくりと森の奥へ進んでいく二人にハピも付いて行こうとしたのだが。
「……ウル? 置いてかれるわよ?」
ハピがふと振り返ると、犬歯が剥き出しになっている事も構わず、唇に指を当てて何かを黙考するウルの姿があった。
「……もしかして、望子がとられるーとか思ってるの?」
冗談めかしてハピがそう言うと、
「……それもある、いやそっちの方が大事かもしれねぇが、そうじゃなくて……」
「……?」
何一つ情報の無い彼女の発言に要領を得ず、首をかしげるハピ。
すると、ウルはこれから戦いに臨むのかという様な真面目な表情で、
「あいつ……ウェバリエは、『ぬいぐるみ』にならねぇんだな、って……」
目の前のハピにそう言った。
「……あぁ、そういえば……さっきのやりとり、レプの時にもあったわね。あの時と何が違うのかしら?」
「……あたしはてっきり、『ミコと仲良くなって、ミコが名前を呼んだ
そう語るウルの表情は段々と固くなっていき、それを見ていたハピが、爪を収めた両手でウルの頬を挟み、
「……まぁ、それは後でもいいじゃない、ね? ほら、本当に置いてかれちゃうわよ?」
と、諭す様に告げると、森の奥から、
「おーい、みんなー! はやくー!」
元気な望子の声が聞こえ、瞬間ウルの表情はぱっと元に戻り、
「……そうだな! よっし、行こうぜ!」
「ふふ、そうね。行きましょう」
二人で望子たちの後を追いかけていった。
「んー! んぅー!」
……白い、蓑虫を置いて。
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