第32話 綺麗で邪悪な魔素溜まり
「……改めて、本当にありがとう。 心強いわ」
とある魔族との戦闘の末に敗北し洗脳され、望子たちに襲いかかった
「気にすんなって。 あたしらがいりゃあ百人力だぜ? 大船に乗ったつもりでいてくれよ」
「……そもそも望子が言わなきゃやらなかっただろうし、お礼なら終わった後にあの子に伝えてあげて」
その最中、改まって感謝の意を込めて言葉を紡ぐウェバリエに対し、ウルとハピが手や首を振って、軽く微笑みつつもそれぞれがそう口にした事で、
「えぇそうね、そうするわ……話は変わるけどあの二人、本当に別行動で良かったの?」
納得し頷きながら話題を転換させたウェバリエの視線の先には……彼女の言葉通り、手伝いを申し出た当人である望子と、フィンの姿が無い。
「……まぁ、良いか悪いかで言やぁ、良い訳無いんだけどな。 ミコにあんな言い方されちゃあ仕方ねぇよ」
少し口惜しそうに語るウルの脳裏には、自分たち三人と別れ、森で最初に辿り着いた……蜂の巣と化した小屋の方へ向かう望子たちの姿が浮かんでおり、
「『わたしはやくにたてないから』なんて……私たちはそんな事全く思っていないのに……」
ハピが言う様に、望子は自分の力の無さを憂い、足手まといになると考え別行動……もしくは留守番すると言い出していたのだ。
「……今回ばっかりは、フィンに感謝しねぇとな。 あいつが『あの事』すぐに思い出したから、あたしらとは違う別の役割をミコに任せられたんだしよ」
ウルの言う『あの事』とは、彼女たちが訪れた小屋から漂っていた甘い香り……つまり蜂蜜の事であり、
『
ね! と望子に満面の笑みで語りかけると、当の望子は段々と表情を少し明るくして、
『……うん! わたしもがんばる!』
しゅんとしていた気持ちなど何処へやら、元気良く返事をし、フィンと共に仲良く小屋の方へ向かった。
「あの笑顔を見たら……駄目とは言えないわよね」
「あぁ、全くだぜ……っと、あん時も聞いたが……ほんとにあの蜂どもは大丈夫なのか?」
愛しい望子の顔を脳裏に浮かべ、幸福感に満ちていた二人だったが、ふと思い出した様に、ウルが前を行くウェバリエに
「えぇおそらくは……私はあの子たちが変異したのを直接見たわけでは無いけれど、私が倒された事で自分たちでは敵わないと判断して逃げ出し……大人しくなってる筈よ。 彼女が言っていた事は理にかなってるわ。 野生って、そんなものよ……私もそうだけどね」
それを受けた彼女は、まるで見てきたかの様にそう語りつつ、少し寂しげに笑みを浮かべてそう言って、
「……あ。 そう言えばウル、どうしてその蜂騒ぎの時に私を起こさなかったの? 蜂だって虫なんだから、鳥の私なら何とかなったかもしれないのに」
その話を聞いていたハピが、ふと思い出した様にウルに声をかけ、蜂の件について聞こうとした。
「あ、あー、それはだな……」
(……完っ全に忘れてた、とは言えねぇよなぁ……)
脳内でそう呟きながら、どう言い訳したものかと冷や汗を流しつつ、うんうん唸って考えるウルに対し、
「……貴女まさか……」
(やべぇ、またグチグチ言われ――)
「寝てる私に、気を遣ったの?……ありがとうね」
「へ?」
ハピはサラッと自己完結してしまい、その上で謝意を示してきた事で、ウルは思わずきょとんとする。
「あ、あー! そうそう、そうなんだよ! まぁ言い出したのはあたしらじゃ無くてミコだけどな!」
それ頂き! という様に、意気揚々とフィンも……果ては望子まで巻き込んだ誤魔化しをするウルに、
「そうなの? まぁそうよね、がさつな貴女がそんな気を回す訳無いもの。 やっぱり望子は良い子だわ」
(こ、こいつ……! 言わせておけば……!)
パッと表情を戻してその言い分に納得したとばかりに頷くハピに、ウルは思わずイラッときてしまう。
「ふふっ……あぁ、そろそろ近づいてきたわ。 貴女たちなら大丈夫だと思うけど、一応警戒しておいてね」
そんな彼女たちを、微かに笑みを浮かべつつ見ていたウェバリエが二人に何かを警戒する様に忠告し、
「あ? 何にだ」
彼女の言葉にいまいち要領を得ないウルがそう尋ねると、ウェバリエがカツッと脚を鳴らして、
「……そういえば、伝えてなかったわね。 少し時間はあるし、話しておくわ……『魔素溜まり』について」
「「魔素溜まり?」」
彼女が口にした聞き慣れない言葉に、ウルとハピは声を揃えて一様に首をかしげる。
「そう……あの時、魔族はこうも言っていたの。『折角ですし、ここを養魔場にしましょう』って」
「……養魔場……魔族に与するものを育てる、みたいな感じでいいのかしら」
またしても新しく追加された情報をハピが自分なりに解釈して呟くと、ウェバリエはこくんと頷き、
「そんなところね。 だから私はこう考えたの。この森の何処かに、半永久的に手駒を増やす事の出来る悪の
至って真剣な表情で自らの推測を語りつつ、ふぅ、と心情を表しているかの様な深い溜息をついた。
「成る程ねぇ……で? 何で近づいてるって分かるんだ?
それを聞いたウルが鼻を鳴らすも、植物特有のツンとした香りや、獣だの虫だのといった野生動物の雑味のある香りしか感じないウルに対し、
「これ、見える?」
そう言ってウェバリエは右手を前にやり、すっと下に降ろそうとしたのだが、その手は見えない何かに阻まれ、空中で止まってしまう。
「それって……蜘蛛の糸、よね。 貴女のなんでしょうけど……いつの間に?」
肉眼でギリギリ視認出来るかどうかという白く細いその糸も、ハピの眼にはしっかり視えていた。
「……これは私が産まれた時からずっと続けてる習慣みたいなものなの。
「貴女が倒れた後に仕掛けられた……その魔素溜まりっていうのにも、糸が反応したって事ね?」
自分の習性と種族固有の
その一方で、ん? とウルは森の奥からうっすらと何かが光っているのを視認し、
「おい、何だあれ? 何か光ってんぞ」
そう言うと、他二人もそちらの方へ顔を向け、ジーッとウルの指差す方へ目を向けた。
「……あら? 本当ね。 あれは……紫色の……池? いや湖かしら……あっ待って、もしかしてあれ……」
ウルよりも更にその光が鮮明に見えていたハピが、その液体じみたそれの正体に気づきかけた瞬間、
「っ! やっぱりあったわね、行きましょう!」
ヒュンッと小さな音を立て、森中に張られているのだろう糸を伝い、高速で光源へと向かうウェバリエ。
「うおっ、速ぇなあいつ! ちょっと待てって!」
「そんな不用意に……大丈夫なのかしら」
二人はそう言いつつも彼女一人向かわせる訳にもいかず、それぞれが地を駆け空を飛び追いかけて、進んでいくごとにその光は段々と強くなっていく。
ハピの眼だけで無く、ウルにすら眩しい程になった辺りでウェバリエが脚を止めていた。
「……これが、そうか?」
「えぇ、これが……魔素溜まりよ。 ここまで大きいのは、初めて見たけどね」
「……っ」
そんな会話の最中、人知れずあまりの眩しさに眼を逸らしていたハピをよそに、
「……色が気にならなきゃ凄ぇ綺麗だけどな。 で? これどうすんだ?」
目を細めながらも、何とか魔素溜まりを見つめたままのウルがウェバリエに解決策を問う。
「……ここに私たちの魔力を……魔術でも
かつてその策が功を奏した事でもあったのか、ウェバリエは自信を持ってそう告げて、
「私一人じゃ一体どれ程の時間がかかるか分からないけれど、貴女たちがいればきっとすぐにでも潰せる筈よ。 そうすれば、これ以上の被害は抑えられるわ」
そんな風に自分たちを信じて頼ってくれるウェバリエの言葉に、二人は満更でも無い表情を浮かべた。
「へへっ、しゃーねぇなぁ! 任せとけって!」
「……ふふ、そうね。 サクッと一回で終わらせて、望子たちと合流しましょう」
ウルは右手に赤い爪を展開し、ハピは軽く飛び上がって、少し高い位置から爪に緑色の風の魔力を溜め始め、そんな二人に呼応する様に、ウェバリエも鋭利な爪を携えた両手を構え、そこから糸を放出する。
……その糸は少しずつ形を変え、白く細長い遠距離用の武器の様な形状へと変化していき――。
「……弓?」
「えぇ、昔この森を訪れた冒険者が使ってるのを見て覚えたの。 剣とかも試してみたけど、これが一番しっくりくるのよね……『
気になったハピが尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべつつ、糸で出来た弓に
「よっし、準備はいいな! せーのっ……」
そんなウルの掛け声の元、赤、緑、そして紫色の膨大な魔力を込めた力を放とうした瞬間――。
――ぼこんっ!
突然鈍い音を立てて魔素溜まりの中心が大きく凹んだかと思うと、魔素溜まりが、紫色の液体全てが……ウルたち三人の方へ飛び出してきた。
「「「!?」」」
あまりの事態に驚いた三人は一瞬で距離を取り、ドプンと地面に着地しブヨブヨと動くそれを見て、
「んな……! 何だありゃあ!?」
ウルがそんな風に叫びつつ、その表情を驚愕の色に染め上げてしまっているその一方で、
「「……」」
ハピとウェバリエは何故か沈黙を貫き、ジッとそれを見つめ……一様に顔を見合わせる。
「おい……おいって! どうしたお前ら!」
それを不思議に感じたウルが彼女たちに声を上げると、二人はほぼ同時に口を
「「……ブロヴ」」
小さく、しかし確かな声音でそう呟いた。
――
それは、スライムとは似て非なるもので、
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