第31話 蜘蛛人の身の上話


「――魔族ではないわ」


 極めて真剣な表情で自分の訊問に応えてみせたウェバリエに対し、ふーっ、とウルは息を吐いてから、

「……はいそうですか、とはいかねぇってのは……分かってくれるよな?」

 彼女に魔族か否かと問いかけた時と全く同じ、まるで仇敵であるかの様な視線を向ける。


 ――事実、彼女たちにとっての魔族とは、自分たちの最も大切なもの……望子を奪おうとする存在なのだから、仇敵でも間違いでは無いのだが。


「……えぇ、そうでしょうね。 だからこそ、話を聞いてもらいたくて――」


 その一方、ウェバリエは彼女がそう言ってくるであろう事を見透かしていたといった風に、ごく自然に自分の身の上話を始めようとしたのだが、

「……ねぇ。 どうしてそんな話になったのか分からないけれど……彼女、魔族じゃないわよ」

「「え?」」

 突然割り込んできたハピの言葉に、図らずもウルとウェバリエの声が重なってしまう。


「ハピ、もしかして……視えてる?」


 そんなハピの言葉に心当たりのあったフィンが、首をこてんとかしげて彼女に尋ねると、

「えぇ、ここに来たばかりの時よりハッキリね。知りたい情報が文字として浮かんでくるっていうか……魔族なら魔族って視えるの。 だから彼女は……違うわ」

 そう断言するハピの眼には、彼女の名前や種族名、生きた年数、果ては固有の武技アーツまで、その全てが異世界こちらの言語で視えていた。


「……まぁ、お前がそこまで言うならそうなんだろうな。 悪いな疑っちまって」


 ウルは深い溜息をつきながらも、随分ときつい言い方をした事を謝罪し、一方急に大人しくなって謝意を示したウルをよそにウェバリエは、

(あの鳥人ハーピィ……恩恵ギフト持ちなのかしら……それとも私が知らないだけで鳥人ハーピィは全員こうなの……?)

 そこそこ長く生きてはいても他種族との関わりは薄いのか、ハピの方に興味がいってしまっていた。


「……おい、聞いてんのか?」

「え、あ……えぇ、勿論よ。 正直経緯はよく分からないけれど、信じてもらえたみたいで良かったわ」


 謝罪の言葉を告げていた自分を一切見ていない事に気づいたウルは不思議そうに彼女に声をかけ、そんなウルの言葉でハッと我に返ったウェバリエは、苦笑いに近い表情を湛えてそう応えてみせた。


 だが、その後すぐにウルは表情を戻し、再び彼女に訊問するべく机に身を乗り出して、

「……で、だ。 お前が魔族じゃないってのはいい、こっちにとってもな。 けどよ、じゃああの肌の色は何だったんだ? それに……何で襲ってきやがった?」

 二つの問いを同時に投げかけるウルに対し、ウェバリエは少し遠くを見るかの様に目を細める。


「そう、ね。 まず前提として……さっきまで私、ずっと眠っていたの……眠っている、つもりだったのよ」

「「「「?」」」」


 しばらく言いにくそうにしていたウェバリエが漸く口をひらいたかと思えば、そんな意味不明な発言をしてきた事で、望子たち四人が一斉に首を傾げてしまう。


「眠っていた、って言われても……起きてたじゃん。 ぎしゃあって言ってたよキミ」


 フィンが自分たちに襲いかかってきた時の彼女と同じポーズを取りつつ、彼女に事実を突きつけると、

「ぎしゃあって……ま、まぁとりあえず、私が覚えてる限りの事を話すわね」

 本来の自分ならば絶対に口にしないだろう叫びに軽いショックを受けながらも、ふるふると首を横に振って気を取り直し、身の上話をし始める。


「目覚める前の最後の記憶は……魔族との戦いよ。 女魔族が一人、だったわね。 ここへは戦力増強を兼ねて魔獣や魔蟲を確保しに……とか何とか言ってたわ」

「……女か。 じゃああいつじゃねぇな」


 そんなウェバリエの言葉で、つい先日死闘を繰り広げた幹部ラスガルドの姿がウルの脳裏をよぎり、

(姉妹っぽいあの二人もいたけれど……あれは常に二人で行動してる様に見えたし、違うんでしょうね)

 翻って、ウルの呟きに反応する様に、ハピは幹部の配下たる魔族姉妹を思い返していたが、おそらく別の魔族だろうと判断し、それを口にはしなかった。


 無論、ウルの呟きはウェバリエの耳にも届き、あいつ? と首をかしげていたものの、

「……まぁいいわ。とにかく私は、自分の住処であるこの森を……サーカを守る為に全力で戦ったわ。 魔力も糸も何もかも出し尽くして、ね。 けど……駄目だったわ。 ハッキリ言って、全く歯が立たなかった」

 再び自身の話に戻ってそう語る彼女は、心底悔しげに唇を噛みながら、ドンッと机を叩く。


 その音に少しビクッとなった望子は、なんとかしなくちゃ、と自分なりに空気を変えようとして、

「あ、あの……おねえさんはひとりでたたかったの? それとも、だれかといっしょに?」

 おそるおそるといった様子で、他に味方はいなかったのかと暗に尋ねてみた。


 それを受けたウェバリエは、あぁ……と反応を見せつつもその整った顔に影を差し、

「……私一人だったわ。 自慢でも何でも無いけど、この森で一番強くて知力もあるのが私なの。 森の主みたいなものね。 だから魔獣や魔蟲たちに、一緒に戦いましょうって彼らの言葉で語りかけたのだけど……」

 種族特有の能力なのか、魔術や武技アーツによるものなのかは分からないが、魔獣や魔蟲と会話が出来るのだという彼女がそう続けようとしたのだが――。


「魔族は怖ぇって、断られたのか?」


 ウルが展開を予想し、ほぼ確信してそう声をかけると、ゆっくりと首を縦に振ってから、

「……えぇ、その通りよ。 中には……どうせ勝ち目が無いからって、魔族に迎合した子たちもいたわ」

 より一層暗い顔をしたウェバリエがそう応える一方で、あの蜂がそうだったのかなとフィンは唇に指を当てて、ふとそんな事を考えていた。


「でもね、それって何も間違ってないのよ。 自分の力で出来ない事は他に任せる、弱者が強者の庇護を得ようと縋る……全て、自然の摂理だもの」


 一方、随分と哀しげな笑みを浮かべてウェバリエがそう言うと、ウルが気まずげに頭を掻きながら、

「……で、どうなったんだよ。 さっきまでのお前は、一体何をされたんだ? 場合によっちゃあ……」

「「?」」

 若干気落ちした声音と共に問いかけつつ、そう言い終わりかけたタイミングで望子を見遣る。


 どうしていきなり自分(その子)の方を? と、望子とウェバリエの思考が重なっていた時、ウェバリエを手招きしてグッと近づけさせたウルが声をひそめて、

(あんま残酷な話とか、あとこう……口にはしにくい展開になるならミコに聞かせたくねぇんだよ、察しろ)

(あ、あぁそういう……大丈夫よ、そういう事は無かった筈だから……多分ね、多分)

 そんな風に自分の考えを彼女に伝えると、あはは、とウェバリエは苦笑いして憂いは無い筈と告げた。


 無論、そんな内緒話もフィンと……フィン程では無いにしろそこそこ耳も良いハピには筒抜けであり、

(過保護だなぁウルは)

(まぁ今のは間違って無いけどね)

 かたや自分の事を棚に上げ、かたやウルの判断を肯定しつつ、共に生暖かい視線を向けている。


「……その魔族は倒れた私にこう言ったわ。『中々楽しめましたよ。 消すには惜しいと思えるくらいには』ってね……そこからは、良く分からないの。 紫色の光に当てられたのは覚えているのだけれど……」


 再び語り始めたウェバリエは、当時の恐怖を思い出したのか軽く肩を抱いており、

「……そうか、大体分かったよ。 要は洗脳……いや、支配か? まぁ何かをされてたんだろ? そのせいで肌の色も……で、そこにあたしらが来て……蜂もお前が糸でサポートしてたから、あんな動きしてたんだな」

 一方それを聞いたウルは大体の事を理解し、うんうん、と得心がいった様に腕を組んで頷いていた。


 その時、蜂の群れの事を知らないハピは、それで望子が危険に晒されたのではと考え、

「……蜂がどうのってのは後で聞かせてもらうけど、彼女の事はその解釈で良さそうね」

 若干ウルとフィンをジロッと睨みつけつつも、ウルの言葉に同意していたのだが――。


「キミって纏め役なんだよね? キミが正気に戻ったのはいいけど、他の動物とか虫とかはどうすんの?」

 

 そういえばさぁ、と前置きしたフィンが、暗い表情のウェバリエに何気なくそう問いかけると、

「地道に、頑張るわ。 言葉は届かなくても、力で語れば或いはって、示してくれたのは貴女たちだもの」

 おそらく自分と同じ様に、魔族の因子に染められてしまっているのだろう森の住人たちを思い浮かべ……彼女は微かな笑みと共にそう告げる。


 ――無論、その眼は笑っていなかったが。


 すると、ウェバリエの背中をさすってあげていた望子が、とてとてと歩いて亜人ぬいぐるみたちに近づき、

「……ねぇ、みんな。 てつだって、あげられないかな……? わたしにはできないけど、みんななら……」

 極めて小さな声で伏し目がちに頼み込むと、ウルとハピが一瞬目を合わせてから頷き、少し話してくるとウェバリエに伝えてフィンを残し……外に出た。


「……なぁミコ。 あたしらの旅は……人助け……いや亜人族デミ助けが目的じゃねぇんだ、分かるだろ?」

「そうね。 気の毒だとは思うけど、私たちには大きな目的がある。 首を突っ込みすぎるのは良くないわ」


 ……その後、二人は親が子供に言い聞かせるかの様に――事実、片方は子供だが――説得を始めたもののどうやら望子としても譲るつもりは無いらしく――。


「……うん、わかってるよ。 まおう……を、たおさなきゃ、もとのせかいにかえれないんだもんね」

「それが分かってんなら……」

「……でも、わたしはゆうしゃなんでしょ? えほんのなかのゆうしゃは、こまってるひとをみすてたりしなかったもん! だから、だから……!」


 望子は涙目になりながらも、かつて元の世界でお気に入りだった絵本の主人公……仲間たちと共に脅威に立ち向かう『勇者』の姿を思い浮かべていた。


「……分かった。 あぁ分かったよ! やってやるよ!」

「お、おおかみさん……!」


 そして、望子の想いと熱い涙に負けたウルがそう言うと、ハピがそっと望子の頭を撫でて、

「ごめんなさいね、望子。 私とウルで少し貴女を試したの……望子の想いが本物かどうかって、ね」

 心から申し訳無さそうに謝意を示し、わざわざ外へ出てまで説得しようとした理由を告げると、

「ためす……そう、だったんだ……うぅん、わたしのほうこそごめんね? どなったりして……」

 望子は二人の考えを理解してお互いに謝り合い、二人は望子の涙を拭ってから、揃って小屋へと戻る。


「あ。 やーっと戻ってきた、お帰りー」

「あ、あの……何を、話してたのかしら?」


 戻ってきた三人にそんな風に声をかけるフィンとウェバリエだったが、当然フィンには彼女たちの話の全てがしっかりと聞こえていた事もあり、

「大丈夫大丈夫、キミにとっても良い話だよ。 ね?」

「そ、そうなの……?」

 パチッと右目を閉じてウィンクしながら望子たちに話を振ると、ウェバリエはカクンと首をかしげた。


「えっと……ね? おねえさん。 どうぶつとかむしさんとか……もりのみんなをもとにもどすの、わたしたちもてつだっていい? ひとりじゃ、たいへんでしょ?」


 蜘蛛人アラクネ特有の固く冷たい爪を有した彼女の手を、小さな手で望子が握ってそう言うと、

「え……いい、の? でも、先を急いでるんじゃ」

「気にすんなって。 急いでんのは確かだが、魔族が関わってんじゃ、放って行くのも寝覚めが悪いしな」

 遠慮がちに尋ねるウェバリエに、ニカッと笑ったウルがそう答え、望子も頷きながら彼女の言葉を肯定しつつ、がんばろうねと安心させる為に笑みを見せる。


「……っあ、あり、がとう……!」


 ――ウェバリエは、その日初めて涙を見せた。

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