第30話 謎多き蜘蛛人

「……ね、ねぇ、貴女たち……ここは、どこ……? 私、何でか記憶が曖昧で……」


 ウルの爪の一撃で地面に倒れていた蜘蛛の亜人族デミはそう呟き、望子たちを八つの眼で見つめてくる。


「……あー、悪いがあたしも詳しくは知らねぇ。 このせか……あぁいや、ここには来たばっかりだからな」

「あ、あぁ、そうなのね……」


 異世界から来た、という訳にもいかないウルのそんな言葉にショックを受けてガクッとする亜人族デミに、

「でも名前は分かるよ! サーカ大森林だったかな」

 森に入る前にハピが説明していた森の名前を、フィンが座り込む彼女に元気よく伝えた。


 すると彼女はハッと顔を上げて、再び考え込む様な仕草を見せた後、ゆっくりとその形の良い唇をひらき、

「……! サー、カ……! あぁ……! そう、よ……思い、出した……! 私は、あの時……!」

 どうやら彼女は、フィンが口にした森の名前をきっかけに、全てを思い出した様だった。


「……なぁ。 取り込み中なんだろうが、ちょっといいか? 色々聞きてぇ事もあるし、一先ず安全な場所に移動してぇんだ。 どっかにそんな場所ねぇか?」


 未だブツブツと何かを呟いている彼女に、痺れを切らしたらしいウルがそう声をかけると、

「! あ、そ、そうね、そうよね……それなら少し奥に私の住処があるわ。 座る場所も用意できるわよ」

 彼女は再びハッとしてウルの声に反応し、森の奥を細く鋭い爪で指差して提案する。


「そうか、ならそこまで――」


 案内頼むぜ、とウルはそう告げて座り込む亜人族デミに手を差し伸べようとしたのだが、

「……あの、ちょっといい?」

「「?」」

 その時、ウルの背に隠れたまま沈黙を貫いていた望子が、おずおずと彼女に声をかけた事で、亜人族デミよりも先にウルとフィンが首をかしげてしまう。


 そして突然声をかけられた事で、当然だが亜人族デミの方も若干困惑しており、

「え? えぇ、大丈夫よ」

 一瞬疑問の声を上げたものの、すぐに発言の許可を出すと、あのねと望子が一拍置いて――。


「……おねえさん、さっきまでくろくなかった?」


「え、そうだっけ……?」

「……!」


 そんな何気無い望子の言葉に、彼女の肌の色など気にかけてもいなかったフィンが首をかしげる一方、心当たりがあったらしい亜人族デミは目を見開いている。


「? ……っ!?」

「ぅひゃあっ!?」


 ひるがえってウルも望子の発言を耳にするまで何一つ違和感をいだいていなかったが、彼女の肌の色の変化に気づいた瞬間、ウルは望子を抱えて距離を取りつつ、一週間程前の出来事を思い返していた。


(そういやそうだ、こいつさっきまで褐色だったじゃねぇか……! しかもあの色、あの時の……!)


 それは、ラスガルドとの戦いの際に魔族の力を取り込み正気を失っていたフィンの肌の色と同じであり、

(あん時のフィンもあの色になってやがった……魔族どもは元から……まさかこいつも……!!)

 思い返すだけでも頭が痛くなる……そんな光景を脳裏に浮かべていたウルは明確な敵意を込めて――。


「……おい、正直に答えろ。 てめぇは……魔族か? それとも魔族に与してそうなったのか……どっちだ!」


 未だに長く鋭い八本の脚を折り曲げて座り込んでいる亜人族デミに向け、声を大にして叫び放つ一方、望子は何が起こっているのか分からず二人を交互に見遣ってあたふたしてしまっていた。


 すると亜人族デミは、目覚めてから少し時間が経っている事もあって多少なり落ち着いていたのか、

「……それも、答えるわ……ただ、長くなるわよ。 私も一つ一つ、記憶を紐解いていかなきゃならないの」

 カツッ、と音を立てながらゆっくりと立ち上がりつつ、ふーっと息を吐いてから疲弊した表情で告げる。


「……? 何を言ってやがる」

「……敵のアジトかもしれないとこにみこ連れていきたくないんだけどなぁ」


 回りくどい言い方をする彼女に疑惑の目を向けるウルと、いつの間にか望子に寄り添い、漸く事態を把握する事に成功していたフィンがそう口にすると、

「少なくとも、今の私には悪意も敵意も無いわ。 ついて来るかは……各々の判断に任せるしかないわね」

 亜人族デミはそんな二人の発言に返事をし、随分と懐疑的な視線を受け流しつつ森の奥へと誘導し始める。


「……どうする?」

「んー……みこは、どうしたい? みこが行くって言うなら、ボクはついてくよ?」


 一方、望子たち三人が身を寄せ合う中、二人の亜人ぬいぐるみが望子に意見を求めてきた事で、

「……いこう、ふたりとも。 あのおねえさん、たぶんだけど……わるいひとじゃないとおもうし」

 とかげさんみたいに、と付け加えつつ望子がそう言うと、二人は少しの思案の後で顔を見合わせ頷いて、彼女の後を追いかける事にした。


 ……しばらくすると、随分ひらけた場所に出る。


 丁度天辺てっぺんに昇った陽の光が射し込み、木々の鮮やかな緑がより一層綺麗に映える、そんな場所。


「わぁ……!」

「……へぇ」

「おー、すっごーい」


 風光明媚なその光景にそれぞれが感嘆の声を上げていた時、水を差すかの様に亜人族デミが口を挟み、

「……感動しているところ悪いけれど、私の住処はもう少し奥なの。 さぁ行きましょう」

 更に奥へ奥へと進んでいく彼女を見た望子たちは、揃いも揃ってげんなりした表情を浮かべて――。


「何だよ、ここじゃねぇのか……」

「ここが……ここがいいなぁ……」

「やたら綺麗だし蜘蛛の巣とか無いからおかしいなーとは思ってましたー」


 若干期待していた事もあってか望子でさえ愚痴を垂れてしまっていたが、仕方無くその後をついていく。


 道はどんどん狭くなり、暗くなり……最早少しの木漏れ日も感じられない事に恐怖を覚え始めた望子が、

「……い、いるかさん。 て、つないでいい?」

 上目遣いでそう聞くと、フィンは余計な言葉はいらないという様にニコッと笑って無言で手を繋いだ。


「ぇへへ……ありがとういるかさん」

「はわっ……!」


 照れ臭そうにお礼を言う望子に、途轍もなく愛おしさを感じたフィンは思わず抱きしめそうになったが、

「……」

「……はーい、やめときまーす」

 背後を警戒する為に最後尾にいたウルから鬼の様な形相で睨まれ、断腸の思いで引き下がった。


 ……しばらく歩いた先にあった、ここまでの涼しげな道のりとは違う少しじめっとした場所に出た四人。


「……おい、まさかここか?」

「? えぇ、そうよ?」

「……そう、か」


 そこには、蜂の巣となっていた先程の小屋と同じ形でありながら、その外観のほぼ全体に蜘蛛の巣が張られ……何なら廃墟にしか見えない小屋があり、

「さぁ、どうぞ。 私は座れないけれど、貴女たちの人数分くらいの椅子はあると思うから」

 扉にも張り付いていた……おそらく自分のものであろう糸をシュルッと回収し、ギィッと軋ませつつもすっかり老朽化していたその扉をけ、歓迎する。


「「「お、おじゃましまーす……」」」


 お化け屋敷と言われた方がまだ納得出来る、そんな小屋に入らなければならない事に少々ダウナーになる三人だったが、言われた通りに比較的汚れていない椅子を選び、大人しく席についていた。


 一方の亜人族デミは、下半身が完全に蜘蛛である為か椅子には座れないらしく、八本の脚を器用に折り曲げ、中央に置かれた机に高さを合わせてしゃがみ込む。


 全員が取り敢えず腰を落ち着かせた後、真っ先に口をひらいたウルが亜人族デミに向けて、

「でだ。 色々聞きてぇ事はあんだが、まずは自己紹介といこうぜ。 あたしは人狼ワーウルフのウルだ」

「フィンだよ。 見ての通り人魚マーメイドだね」

「えっと……みこ、です。 よろしく」

 何はともあれ名前を聞かない事には、と考えて自己紹介をすると、フィンと望子も彼女に続いた。


「……私は、蜘蛛人アラクネのウェバリエよ。 よろしくね」


 それを受けた亜人族デミ……ウェバリエと名乗る蜘蛛人アラクネも、簡単に自己紹介を済ませ、三人と順に握手する。


「さて、そんじゃあ色々教えてもら――」

「あっ……まっておおかみさんっ」


 互いの名前も知った事だしと言って、ウルが情報を聞き出そうとした時、望子から待ったがかかり、

「ん? どうしたミコ」

 ウルが首をかしげて尋ねると、望子は手元にずっと抱えていたぬいぐるみを見せて――。


「まだとりさんのしょうかいしてないよ?」


 心底きょとんとした表情でそう言うと、ウルは勿論の事、話しかけられていた訳では無いフィンも、

「え……あ、あぁ! そうだったな!」

「あ、あー! そうだよね! ハピがまだだったよ!」

 何故か随分と慌てた様子で、誰に言い訳するでも無く声を大にしてそう口にしていた。


(……完っ全に忘れてたな……)

(っていうかハピなら蜂なんて余裕だったんじゃ……)


 ……そう、ウルもフィンもあの騒動のお陰ですっかりハピの事が頭から抜けていたのだ。


「とりさん? はぴ? その人形パペットがどうかしたの?」


 そんな折、望子たちの一連のやりとりに対し、全く要領の得ないウェバリエがそう問いかけると、

「えっと……みててね。 『おはよう、とりさん』」

 望子は空いていた別の椅子にぬいぐるみを座らせてから、エコーの様に響いて聞こえる声を発した。


「んん……っ、普通に眠るより良いわねこれ……おはよう望子、手が塞がっちゃって大変だったでしょ?」

「おはようとりさん。 うぅん、そんなことないよ」


 すると、ぬいぐるみに戻っての睡眠が随分と快適だったらしいハピが、背伸びをしつつ望子に挨拶する。


「……!?」


 一方、小さな梟の人形パペットが、淡い緑色の光と共に長身の鳥人ハーピィに変化した事に驚いたウェバリエは、

「……えっ、と……ミコちゃん? で良かったかしら。 貴女、一体何者なの……?」

 おそるおそるといった様子で望子を見据え、その正体を尋ねようとし始めた事で、

「え? えーっと……」

 いわないほうがいいんだよね、と考えた望子は、三人の亜人ぬいぐるみたちに助けを求める様な視線を向けた。


「あ、あー! ミコはな、確か……そう! 人形使いパペットマスターってやつなんだよ! な!」

「うん! そうそう! しかも、ゆう――」


 そんなウルの誤魔化しを助成しようとしたフィンが、されど余計な事まで口走ろうとした為に、

「……優秀なのよ、望子は。 ね?」

「……!」

 何かを察したハピがさっとその口を塞ぎ、誤魔化しながらフィンに鋭い視線を向け、口が塞がれている事もあってか青い顔をしたフィンがこくこくと頷いた。


(人形パペット使いマスター……? 今のが? あれは、まるで――)


 だが、当のウェバリエはそれよりも、望子の力に何か思い当たる節があったのか俯いて考え込んでおり、

「……おい、どうした?」

 彼女の様子を見たウルが、少しの違和感を乗せてそう声をかけると、ウェバリエは首を横に振って、

「……いえ、何でも無いの。 自己紹介の途中だったわよね? 私はウェバリエ。 蜘蛛人アラクネよ」

 改めてハピに手を差し出して名を名乗り、ハピもそんな彼女に応える様に簡単な自己紹介をする。


「そんじゃあ……自己紹介も済んだし、そろそろ聞かせてくれよ。 まずは……お前が魔族かどうかを」


 その後、ウルの訊問に望子が息を呑み、フィンはジッと彼女の次の言葉を待ち……唯一彼女の身に起きた事を知らないハピは首をかしげていたが――。


 ――ウェバリエは、スゥッと息を吸って。


「私は――」

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