第29話 猛追する蜜蜂
「しつけぇこいつらぁああああ!!」
「ちょっとぉ! どこまで逃げればいいの!?」
「あやまるから! いいにおいとかいっちゃったことあやまるからぁ! もうおっかけてこないでぇ!」
現在望子たちは、サーカ大森林の奥にポツンと建っていたボロボロの小屋の中から漂う甘い匂いに釣られ、怪しむ望子とフィンの制止も聞かずにウルが扉を破壊した結果、小屋の中に巣食っていた蜂の魔蟲……
「……あぁ、くそっ! なんっ、なん、だよ! 良く見ろよ、餌じゃねぇぞあたしらはぁ!!」
「餌だと思ってんでしょ!? じゃなきゃあんなに顎カチカチしないよぉ!」
ゼーハーと息を切らして叫ぶウルの声に反応したフィンも、望子をその腕に抱え最高速度で宙を泳いでいたが未だに蜂の群れを振り切れる様子は無い。
――ちなみに当の望子は、余程蜂が怖いのか叫ぶか謝るかしか出来ないでいた。
「っ!? ぅおっと! 危ねぇぞお前ら!」
その時、必死に逃げ続ける彼女たちの前を、森に入ったばかりの頃に見た鹿の親子が横切った事で、ウルが一瞬ブレーキをかけてから躱しつつそう叫ぶも、
「あっ、しかさんたちが……!」
望子が叫んだ瞬間、二頭の鹿は碌に抵抗する事も出来ず、悲鳴を上げて蜂の群れに飲み込まれた。
「「ひぇっ……」」
望子とフィンはどこまでも貪欲な蜂の群れにひたすら怯えていたが、ウルは少し違う事を考えており、
(……あの、傷痕は)
そう脳内で呟くウルの視界には、変わり果てた姿で横たわる、二頭の鹿の死骸が映っていた。
――全身に、穴の空いた死体が。
(あの二人は、こいつらに……!)
あの時の男女はこの蜂に襲われ、生きたまま餌となったのだとそんな事実を理解したウルは、だがそれが何だという様に頭を横に振り、再び走り出す。
しばらく森の中をグルグル一周する様に逃げ続けたが、蜂たちの勢いは全く衰えず、
「……っ、ね、ねぇウル! これ……! もうやっちゃった方が早くない!?」
そんなフィンの提案に、抱っこされたままの望子も必死に首を縦に振って賛成する。
「……どっかで諦めてくれんじゃねぇかと思ってたんだけどな……! くそっ、やるしかねぇか!」
逃げ続けていればいずれ撒く事も出来るだろう、そんな自分の考えが甘かったと自責の念を抱いたウルは、ズザァッと後ろを振り向きながら急停止した。
「……
声を大にして叫んだウルの右手が、赤く輝く魔力を纏い、薙ぎ払う様にして蜂にその爪を振るう。
……それは、現状爪のみで戦うウルに出来る唯一の遠距離攻撃であり、爪の数と同じ大きな斬撃の波動が襲い来る
――斬り裂けなかった。
「……はぁ!? 何だそりゃあ!?」
ウルが目を見開いて驚くのも無理はない、先程まで特に規則性も無く襲いかかってきていた蜂の群れが突如、激しく羽音を立てながら急停止と急発進を織り交ぜ、その全てを回避してみせたのだから。
――まるで、何かに操られているかの様に。
「んなっ、何今の!?
「言ってる場合か! おいミコ貸せ!
「ぅわ! おおかみさん!?」
フィンはその統率の取れた動きに何なら感心しており、ウルがそんな彼女に怒鳴りつけつつ再び
「あっ、みこ!? ちょっとウル……あぁもぅ! ウルの馬鹿! 後で覚えててよね!」
一方でフィンは悪態をつきながらも、空中でクルッと回転しつつ大きな水玉を出現させ、
「避けられなきゃいいんでしょ! もっと、もっとおっきく……っ、てぇええええいっ!!」
そう叫んだフィンの手に浮かぶ水玉は少しずつ形を変え、強大かつ凶悪な造りの斧へと姿を変える。
得意な水の魔術に加えて音の魔術も組み合わせる事で、ほぼ亜音速で蜂の群れに叩きつけられた。
「おお! やったか!?」
「す、すごいねいるかさん……!」
ウルと望子は、漸くこの一方的な追いかけっこが終わるのかと期待していたのだが――。
ブゥウウウウーーー……ン!
先程から嫌という程聞いていた心底耳障りな羽音と共に、蜂たちが大きく抉れた地面から顎をカチカチと鳴らしながら次々と顔を出してきた事で、
「うぇええええ!? うそぉおおおお!?」
信じられないと言った様に叫び、フィンはあたふたとして前を行く二人を追いかけるべく宙を泳ぐ。
「うわぁああああん! たべられるぅうううう!」
「まじかよ! どうすりゃ……ん?」
その時、すっかり涙目で錯乱してしまっていた望子を決して落とさない様にしっかり抱えていたウルが、
(待てよ、穴んとこに何か……糸、か?)
蜂たちがヒョコッと顔を出していた穴から、白く細い何かが飛び出ているのを視界に捉えていた。
(……
ウルが走りながら思考を巡らせていると、突然フィンが頭の横の鰭をピクッと動かして何かを察知し、
「……ん!? ウル! 前! 前に何かいる!」
大声で叫ぶと同時に、自分たちがこれから進むであろう先にある茂みがガサガサと音を立て始める。
「あぁ!? 今それどころじゃ……あん?」
ウルはそんなフィンの叫びを聞いて苦言を呈しつつも、一応鼻を鳴らして確かめようとしたのだが、
(……人? いや、虫みてぇな
ウルの鼻は、
ウルたちが近づくにつれ、ガサガサッ! と茂みを鳴らす音が次第に大きくなっていき、
(……あぁくそっ! 何が何だか分かんねぇ! こうなったら一か八か――)
そんな考えと共にウルの右手が再び唸りを上げて輝き出し、もう片方の腕に抱えられていた望子は一瞬ビクッとしたが、すぐに落ちない様にウルに抱きつく。
――そして。
『ギシャアアアア――』
「う る せ ぇ ! ! !」
茂みから飛び出してきた何かは、最後まで雄叫びを上げきる事も出来ずに、ドカァン!という鈍く重い音と共にウルの赤く輝く巨大な爪で、茂みはおろか周辺の木々ごと地面に叩きつけられてしまった。
「ぅぐぇっ!?」
そんな随分と間の抜けた悲鳴を上げて、それはうつ伏せのまま地面に少し埋まっており、
「……?」
当のウルは、その悲鳴を聞いてにわかに違和感を覚え、首をかしげつつおそるおそる覗き込む。
(そりゃ人かとも思ったが……今のは完全に)
――それは、誰がどう聞いても人の声だった。
土煙が立ち込める中、身を乗り出したウルと、彼女に抱えられたままの望子が見たのは――。
「……くも? ひと?」
「こいつも、
上半身が銀髪で豊満な胸を持つ人であり、下半身が黒と紫が入り混じった頑強な甲殻と鋭利な脚を有した蜘蛛である……肌が
「ウル! 何で止まってんの!? 蜂が……あれっ?」
「っ! そうだ! まだあいつらが、って……ん!?」
望子とウルが倒れ伏すその
「「……は、蜂は?」」
図らずもウルとフィンの声が重なるがそれも無理はないだろう……自分たちがどれだけ逃げても追跡をやめなかった蜂の群れが、残らず消えていたのだから。
「ど、どうして……?」
ウルの腕の中にいる望子も、状況を全く理解出来ずに疑問符を浮かべつつそう呟いており、
「……分かんねぇ、分かんねぇが……多分、こいつが原因……だよな?」
ウルは怪訝そうな表情と共に、足元に倒れ伏すその
「……わっ! 何これ、また虫!? しかも蜘蛛!? もーここやだー! 早く出たいよー!!」
一方、ここで漸く襲ってきたのが
「「!!」」
仮にも自分たちに襲いかかってきた存在が目を覚まそうとしている……それゆえに、ウルは望子を腕から下ろし、フィンと共に臨戦態勢を取る。
「ぅ、うぅーん……」
小さな唸り声を上げて目覚めた
「あ、あら? ここはどこ? 私は……誰?」
「「「……はっ?」」」
――そんな記憶喪失のテンプレートの様な言葉を発して、望子たちを見つめていた。
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