第25話 龍人との約束

 ……王都を襲撃した魔族の軍勢が全滅し、その大将である魔王軍幹部も何者かによって討伐された。


「いやぁ、一時はどうなる事かと……」「一体誰が倒してくれたんだ?」「さぁ分からないが……英雄である事は間違い無いな」「聞いた話じゃ王はもう……」


 そんな吉報が兵士たちによって住民たちに伝えられた事で、一時的に王都の外まで出て郊外の町や村まで避難せんとしていた者たちがザワザワ、ガヤガヤと人の流れと共に流布される噂話に花を咲かせていた。


 無論、この世界を支配せんとする魔族の脅威が消えた訳では無いが、兵士や冒険者たちの迅速な対応……何より亜人ぬいぐるみたちの活躍で犠牲者は最小限に抑えられており、あれから一週間、住民も冒険者も傭兵も命を拾った事に歓喜し、積極的に復興に取り組んでいる。


 そんな彼らの様子を、比較的無事だった宿屋の窓から見ていた亜人ぬいぐるみたちと既に目を覚ましていた望子は、レプター名義で部屋を借りてその身体を休めていた。


「切り替え早ぇなあいつら……あたしは未だに疲れが取れてねぇ気がするってのに」


 窓から視線を外し、ころんとベッドに仰向けに寝転がったウルが、グーっと背伸びをしつつそう言うと、

「ほんとだよね。 でもまぁ、いつまでもドンヨリしてるよりは良くない? 少なくともボクはそう思うよ」

 四つあるベッドのうち一つにうつ伏せで寝転がるフィンは、どうやらこの世界の住人たちの切り替えの早さに割と好印象をいだいているらしかった。


 そんな折、先の二人とは違いベッドに腰掛けていたハピが、でも、と口を挟み、

「よくよく考えてみれば……魔族たちが攻めて来たのって、勇者みこを召喚したからなのよね」

 まるで自分たちが……というより、勇者として召喚された望子が原因だと言わんばかりの口振りに、

「ぅ、そう、だよね。 わたしが、わるいんだよね」

 ハピの膝にちょこんと座っていた望子が、その愛らしい顔をしゅんとさせて、ごめんなさいと口にする。


「「……」」

「っあ! ち、違うのよ望子! 貴女を悪く言うつもりは無くて……! ほ、本当にごめんなさい!」

「……うぅん、いいの。 わるいのは、わたしだし」

「ち、違うのよ……お願い望子、話を聞いて……!」


 涙目での望子の謝罪を耳にしたウルとフィンは一様にハピを無言で睨み、そうで無くても自分の失言に気がついていた彼女は、膝の上に座る望子を優しく抱きしめながら精一杯の謝意を示していた。


 結局、望子はハピの謝罪を受け入れつつも、一度下がってしまった気分は中々戻らず、当然望子が気落ちすれば三人にもそれが伝染してしまう訳で――。


 そんなダウナー四人衆が休む部屋の扉がコンコンコン、と控えめにノックされたかと思うと、

「……はーい、今けさせまーす」

 未だベッドに寝転がったまま魔術を行使し、フィンはふよふよと浮かぶ水の分身に扉を開けさせる。


「あ。 あれひんやりしてきもちいいんだよね」

「そ、そう……ねぇウル、あの

「ん、あぁ……あいつが一番馴染んでんな異世界ここに」


 無論、その小声での会話も超人的な聴力を持つフィンには聞こえており、言いたい事があるならハッキリ言って、とウルとハピに向けて告げた時、

「失礼す……ぅおっ! ……あ、あぁフィンの……」

 扉をけてもらったはいいが、いきなり水の塊が視界に入った事にレプターは驚きつつも、よくよく見ればそれがフィンの魔術だと気づき、ホッと息をつく。


 その後、扉を閉めて部屋に入って早々、ハピの膝から降りてベッドに腰掛けていた望子に対して、

「ミコ様。 何か問題はありませんでしょうか? もし不便がありましたら私が対応を――」

「う、うん?」

 レプターは積極的に望子の世話を焼こうと、片膝をついて目線を合わせ、つらつらと捲し立てていた。


 すっかり子煩悩……いや望子煩悩となってしまった彼女の言葉を遮る様にウルが、

「おいレプ、何か用があって来たんじゃねぇのか?」

 先程から気落ちしている事もあってか、若干の苛立ちと共にそう言い放つ。


 するとレプターはハッとなって、望子も含めた四人全員に向き直る様に立ち上がり、

「そ、そうだったな、すまない。 礼を言うのが遅れてしまっていたからな、こうしてここにきた次第だ」

 気まずげにそう口にしつつ、改めて全員を視界に入れてから……深く深く、頭を下げた。


「今回は、本当に助かった。 貴女たちがいなければセニルニアは今頃壊滅していただろう……諸々の事情もあるし、公表は出来ないが……本当に感謝している」


 その言葉を聞いた望子は、ベッドからストっと降りてレプターの金色の髪を優しい手つきで撫でながら、

「とかげさんもおつかれさま。 わたしはとちゅうでねちゃったけど、いっぱいがんばったんだよね?」

 ニッコリと柔和な笑みを彼女に向けつつ、既に耳まで真っ赤にしたレプターに声をかける。


「あっ……ありがとうございます! 勿体無いお言葉を! 私などに!本当に……!」


 一方のレプターはというと、あまりの嬉しさからか半ばショートした様につらつらと言葉を並べており、

(……やべぇなあいつ、大丈夫か?)

(もう駄目なんじゃないかな。 めろめろだよあれは)

(貴女たちも似た様なものよ……)

 そんな彼女を見遣り、完全に自分たちの事を棚に上げて、三人はこっそりと呟き合っていた。


 そして、望子とレプターのやりとりが一段落ついたと判断したウルが、なぁ、と口を挟み、

「あたしらそろそろこの国から出るつもりなんだが」

 未だふわふわとした満足げな表情を浮かべるレプターに、本当に何気なくそう告げると、

「あ、あぁそうか……っ、な、何!? もう行ってしまうのか!? まだ何も礼が出来ていないぞ!?」

 彼女は一瞬ウルの言葉を流しかけたが、途端に愕然とした表情を見せてウルの肩を掴んで揺らす。


「おっ、おち、落ち着けって! ……ったく、礼なら今お前が言っただろ、あたしはそれでいいよ」

「それに貴女、諸々の事情がって言ったでしょ? それって他でも無い私たちが原因なんじゃないの?」

「そうそう。 長居する理由も特に無いし、そもそも魔族が来なきゃすぐに出るつもりだったしね」

 

 そんな中、ウルがレプターの腕を引き離してからそう告げたのを皮切りに、ハピとフィンも彼女に同意する様に口々にそう言ってのける。


「そ、それは……」


 ……亜人ぬいぐるみたちの、特にハピが言った『私たちが原因』というのは……あながち間違いでも無い。


(……魔王軍を退け、幹部を倒してみせたのは彼女たちだ。 それは間違い無いが――)


 そう、勇者召喚サモンブレイヴの件は全面的にこちらに非があったとはいえ、彼女たちは事実この国の王を殺害してしまっており、勇者である事を隠すという事情を抜きにしても彼女たちの存在を公にする事は出来なかった。


「……分かった。 そういう事なら仕方が無い……あぁそうだ。 ミコ様、話は変わりますが……その服はいかがでしょうか? なにぶん異世界こちらの物ですので、ミコ様の繊細なお肌に合うかどうか心配だったのです」


 色々と思案した結果、亜人ぬいぐるみたちの言葉を受け入れて納得したレプターが突然話題を切り替えて、望子が着ている服について問いかけだした。


 今望子が着ている服は、望子のパジャマと同じ空色の下地に、スカートや袖についた白いフリル、一見するとメイド服の様にも感じられるそれは、まるで御伽噺の一つ……不思議の国のアリスに似ていた。


「うん、だいじょうぶ。 パジャマとはちがうけど、これもかわいくてすきだよ」

「それは何より……実はその服、私がこの国に来たばかりの時に、当時護衛を務めていた貴族令嬢に頂いた服でして……新品をご用意出来ず申し訳ありません」


 昔を懐かしむ様に……といっても精々七、八年前の事なのだが、そう語るレプターの視線の先では、望子が自分のお古を着て嬉しそうにくるくる回っている。


「あれを……お前が着てたのか……? 」


 一方、ウルが信じられないといった表情を浮かべ、若干どころでは無く引いた様子で尋ねると、

「……護衛時だけだ。 折角こんなに可愛いのに鎧なんて、と押し切られてな。 少々我儘な方だったんだ」

 レプターは少しだけムッとしつつも、現在の自分を顧みれば当然かと思い直し溜息と共にそう口にした。


「あぁそういう……」

「まぁ、昔は可愛かったのかもしれないし……」

「くぅ……っ!」


 さも援護射撃するかの様なハピとフィンの言葉に、レプターはいよいよガクッと肩を落としてしまう。


 その後、ブンブンと首を横に振って気を取り直したレプターが、改めて望子の高さに目線を合わせて、

「……そ、それよりミコ様。 当時の服や靴は他にもいくつかありますので、全てお待ち下さい。私にはもう必要無い物ですから」

「え、いいの?」

 ニコッと微笑みながらそう言うと、そんなにもらっちゃっていいのかなと望子は遠慮がちに尋ねる。


「はい! それと……こちらも、是非」

「「「「うん?」」」」


 そうやってレプターが快活に返事をしつつ、懐から何かを取り出し望子に差し出すと、彼女たちは一斉にレプターの手元に注目した。


「……これ、ハンカチ?」

「いや、スカーフじゃないかしら」


 フィンの言葉を訂正する様にハピがそう言うとレプターは、あぁその通りだ、と口にして、

「……これは八年前、私が故郷を離れる時に両親が持たせてくれたスカーフだ」

 一切のシミや汚れ、ほつれも無いその思い出の白いスカーフについて、懐かしむ様に説明する。


「えぇ!? そんなたいせつなものもらえないよ!」


 一方、片親とはいえ母親の柚乃からの愛情をしっかり受けて育った望子としては、そんな物を受け取るわけにはいかず手も首もブンブンと横に振っていた。


「いいえ、ミコ様。 確かにこれはとても大切な私の宝物。 だからこそ、貴女に持っていて欲しいのです……いずれ、返していただくために」

「……?」


 そんな折、まるで親が子供に言い聞かせるかの様にレプターが望子の手を握ってそう告げるも、どういう事? と当の望子は首をかしげてしまっている。

 

「……あぁ、成る程な。 そういう事か」


 その話を聞いていたウルが得心がいった様に、ニヤリと笑ってベッドの上で胡座をかきつつそう言うと、

「お、おおかみさん……? どういうこと?」

 未だ理解が及んでいない望子は、ウルの名を呼び何かを察したのだろう彼女に問いかけた。


「へへ。 つまりなミコ、こいつは……レプは、あたしらの仲間になるって言ってんだよ」

「! ほんと!? とかげさん!」

「はい、王都や部下たちの事もありますし、全てが終わった後に、ですが……そのスカーフは私からの約束の証です。 お供する事を、お許しいただけますか?」


 そんなウルの言葉に望子は目を見開き、レプターにその是非を問うと、彼女はそれを肯定しながら片膝をつき、改めてスカーフを望子に差し出す。


 ……まるで、騎士が主君に忠誠を誓うかの様に。


 それを受けた望子は、レプターの手からそっとスカーフを受け取り、かつて母に教わった通りに長い黒髪を器用に一つ結び……所謂ポニーテールを作り、

「……うん! まってるよ、とかげさん!」

「はっ、はい! ありがとうございます!」

 レプターの手をぎゅっと握って歓迎すると、彼女も同じく快活に返事をし、二人は互いに微笑んでいた。


 その後、この一週間で冒険者登録を終えていた望子たちは荷造りをして宿を出て、一度レプターの住まいによって服や靴を譲り受けた後、お元気で! と手を振るレプターに見送られながら四人は王都をった。


「さっさと魔王倒して、元の世界に帰るぞ!!」

「「「おー!」」」


 ――意気揚々と、魔王討伐の旅へ。

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