第21話 龍人VS魔合獣
「……みんな、だいじょうぶかなぁ……」
冒険者や兵士たち……果ては避難する住民たちでさえ、君も早く逃げた方がいいと声をかけてきたが、
「みんなをおいていけないから」
首を横に振ってからそう口にしながら、ある程度の避難誘導を済ませた後、最初に望子たちとレプターが出会った屯所にてウルたちを待つ事にした。
一方、冒険者や傭兵たちとの協力体制がスムーズに整えられた事もあり、後は部下たちだけでも大丈夫だろうと判断して望子と共に待機していたレプターが、
「……大丈夫ですよ、ミコ様。 彼女たちはあんなに自信満々に向かって行ったのですから。 あのラスガルドなる幹部にだって、意外とあっさり勝利して……今にもあの扉を開けて戻ってくるかもしれませんよ?」
「……うん、そうだよね」
望子の綺麗な黒髪を優しい手つきで撫でながら、安心させるべくニコッと笑うと、お世辞にも満面のとは言えないが、望子も力無い笑みを返してみせる。
……勿論これは、彼女自身がそう思いたいだけであって、実際のところ
あの時、龍の眼で見たラスガルドの圧倒的なまでの存在感は、鮮明に彼女の脳裏に焼きついている。
(……今の私ではどうやっても勝てないだろう。 彼女たちでも、果たしてどうなるか――)
その不安を決して口にはせず、レプターが脳内で密かにそう呟いていた時――。
――ドンッ。
「「!?」」
突然何かが扉にぶつかった様な音が聞こえ、素早く反応したレプターは望子を庇う様に一歩前へ出たが当の望子は、みんながもどってきたのかなと考え、
「ね、ねぇ、とかげさん」
おっかなびっくり声をかけたが、レプターは扉から視線を離さぬままに首を横に振って、
「……今のは彼女たちではありません。 もしそうならノックと共に貴女を呼ぶ声があってもいい筈です。 何より、扉の向こうから感じるこの力は――」
半日足らずの短い付き合いではあれど、大体あの三人の性格は理解出来ていた彼女は根拠と共に腕を伸ばし、前に出ようとした望子を制する。
――ドンドン……バンッ!
「ひゃあっ!?」
次第に強まり何故か数を増していくその音に、望子はすっかり怯えて頭を抱え、その場にしゃがみ込んでしまい、その様子を見ていたレプターは、
(間違いない、扉の向こうにいるのは魔族だ。 隠れているのはもう無理だろう、何とかミコ様だけでも……)
そう考えつつ彼女は一つのとある決意をして、怯えてしゃがみ込む望子に目線を合わせ、
「……ミコ様、あちらの衣装棚に身を隠していてください。 あれは……私が対処しますので」
決して不安がらせない様に、親が子に言い聞かせるかの如く優しい声音でそう告げた。
「だ、だめだよ、あぶないよ……」
一方望子は涙目になりながらも、自分を守ろうとしてくれているのだと理解して必死に彼女を止めるが、
「貴女は約束通り戻ってくる彼女たちを笑顔で迎えるのでしょう? ならば、その貴女の笑顔を私に守らせて下さい……どうか、聞き入れてはもらえませんか?」
笑みを崩さず言い諭すレプターを真っ直ぐに見つめていた望子は、彼女はきっと……何を言っても譲らないのだろう事を、子供ながらに察してしまう。
「……うん、わかったよ。 とかげさんも、きをつけてね? ぜったい、しんじゃったりしちゃだめだよ」
「っ! はい! お任せを!」
望子は涙目でそう告げつつ、ぎゅっと握っていたレプターの手を名残惜しそうに放すと、彼女はこれまでに無い、強く……そして尊い使命感に駆られ、自身の薄い胸にドンと拳を当てて決意を確かなものにした。
その後、望子は言われた通りに衣装棚へ隠れ、一方のレプターは覚悟を示す為か腰に差した二振りの
「……扉の向こうにいる者よ!
おそらくは魔族であろう存在に向け、強い気迫を纏ったその声で威風堂々と叫び放った。
瞬間、加速度的に強くなり増え続けていた音がピタッと止まり……ずずっ、ぎぃぃと鈍い音を立てて扉がゆっくりと
(っ、来るか!)
やってくるのであろう何かに備え、臨戦態勢をとるレプターだったが……そこにいたのは。
「クゥーン」
「……はっ?」
あまりにもこの状況に似つかわしくない、黒く小さな……一匹の可愛らしい犬だった。
――ゆえにレプターは、一瞬混乱した。
(……い、犬? 何で犬が)
そう、混乱した事で……それこそ犬でも分かる程のあまりにも明確な隙が出来てしまっていた。
「「「ガウッ!」」」
その瞬間、先程まで一匹だけだった筈の犬が、二、三十匹程の大群となり、最早甘える様な声は何処へやら、低く鋭い吠え声を上げてレプターに襲いかかる。
……しかして彼女もこれまで異郷の地で八年間、腕を磨き続けてきた歴戦の猛者であり、今となっては望子の力で上位種たる
「なぁ……っ!? こ、このっ!」
驚きはしたし焦りもしたが、それでもなるだけ冷静に、突撃してきた犬たちを
次から次へと滅されていく
「コノチカクニイル」「ユウシャガ、イル」「ミコッテ、ナマエノ」「チイサナオンナノコノユウシャ」
「は……っ!? しゃ、喋って……!?」
レプターにとっても信じ難い事ではあったが……犬たちは間違いなく、拙い口調で喋りだしていた。
(……しかも、ミコ様の名を……っ、そうか! こいつらは、こいつらの狙いは!!)
その時、レプターはここで漸く……狙いが自分では無く、望子である事を嫌でも悟らされた。
(とにかく殲滅を! 一匹も残す訳には……っ)
そう考えつつ改めて
――ぞるっ。
突如そんな音を立て、既に力尽きた筈の犬たちまでもが原型をとどめぬままに起き上がり、再び一匹の犬になろうとしている……レプターには、そう思えた。
だが、その予想に反して犬たちは……
『……御託はいい、勇者ミコを出せ。 ここにいるのは分かっている。 お前の様な者に構っている暇は無い』
「……っ!!」
先程までの犬だった時よりも、底冷えしてしまう程に低く、それでいて明瞭な口調でレプターに告げる。
目の前のあまりに歪な存在に、正直に言うのであれば恐怖心を持っていると言わざるを得なかったが、
(……落ち着け。 確かに異質な力だが、あの幹部程ではない! ミコ様は……私が守るんだ!!)
レプターはそう考えつつ、すー、はー、と自身を鼓舞する意図も含めて大きく深呼吸をして、
「……嫌だと言ったら?」
最早緊張や恐怖などおくびにも出さず、目の前のそれに鋭い視線を向けて、同じ様に低い声で返した。
するとその異形の存在……
『構わんよ? それならそれでお前を喰らい、我が力の一片とするだけだ。 愛らしくはあっても力の無い矮小な勇者は……その後回収すれば良いのだからな』
「何、だと……っ!!」
そんな風に告げられた言葉を聞いたレプターの心に湧いたのは、決して恐怖や戦慄では無く……これまで
「……あの方は、ミコ様は! 矮小な存在などでは決して無い! いずれこの世界を救う勇者となられるお方だ! 何も知らない貴様がミコ様を語るなぁ!!」
『……っ』
レプターは最早後ろの棚に望子がいる事も忘れ、今や金色と化した瞳を輝かせて叫び放ち、
(……
思わずそんな事を考え黙り込む
『……ならば言葉では無く力で語ろう!
「いいだろう! 来い!」
望子への罵倒に完全に怒り心頭といった様子のレプターは、あたかも正々堂々といった様に宣戦布告をしてきた
『ぐるる……っ! ぐるぁああああっ!!』
そんなレプターにさも対抗するかの様に、バキバキと音を立てた
一方のレプターは、この切迫した状況であえて一度だらんと脱力してから二振りの
「いくぞ……『
「ぅ、ぐぅぅ……っ、がぁああああっ!」
『……ほぅ、まさかこの一撃を凌ぐとは……どうやら口だけでは無いらしいな?』
「っ、黙れ……貴様に褒められても嬉しくない!」
現時点で両者の実力はほぼ互角ではあったが……結果だけを見るのであれば、ほんの少し、僅か半歩程だけレプターが後ろへ押されており、彼女もそれを自覚しているからこそ渋面を浮かべていたのだった。
すると
『だがな……こちらはしがない魔導生物。 活動時間にも限界があり、お前にばかり構ってはいられんのだ』
「っ、な、何を言って……っ!?」
ほんの少しの焦燥感と共にそう告げた
ブチブチと痛々しい音を立てて黒い肉を裂き、そこから牙や爪、角を生やしていくそれは、最早獣の集合体と呼ぶ事すらを躊躇させる……極めて醜悪な怪物。
思わず言葉を失ってしまう程に驚愕するレプターを尻目に、
『こノ姿は残念ナがラ短イ時間しカ持たヌガ、お前ノ強さニ敬意を表シ……一撃の元に沈メてクれヨう』
数えるのが馬鹿らしくなる程の牙が生えた口を大きく
(物理じゃ、ない……? あの光、
その光を見て瞬時にそう判断したレプターが、剣技ではどうにもならないと考え
「……
薄い胸を張り、
「いイ度胸だ、デは受ケてミよ……『
(何という力……っ! だが!)
迫る光線に目を見開き驚くレプターだったが……彼女にも、譲れないものがある。
短く息を吐き……細く、それでいて強靭な両脚で床をしっかりと踏みしめてから、
「『
声を大にしてそう叫ぶと同時に彼女と
――だが。
……ピシッ、バキバキ。
今最も彼女が耳にしたくないそんな音を立てて、少しずつレプターの魔力の盾が
「ぐっ、うぅぅ……! 駄目、か……っ!」
その言葉を最後に城塞は崩壊し、レプターは
……しかし、彼女たちが戦闘を繰り広げたこの屯所と……何より望子の隠れる衣装棚は無事であり、それだけでもレプターの
『……ふむ、見事だ。 まさか命を絶てんとはな。もうこれ以上大技は撃てんし、活動限界も近い』
そう呟いた
『だが、お前は最早立つ事すら出来まい。 悪いが勇者は……貰っていくぞ』
そして
「やめ、ろ……ミコ、様は……」
口ではそういっても、彼女はもう立つどころかまともに動くことすらままならず、
『さて、勇者ミコよ。 共に魔王様の元へ――』
衣装棚の目の前に辿り着いた
《断る。 魔族は……嫌いなんだ》
『は――』
間違いなく望子の声色で言い放たれたその言葉を最後に、
「……は、え?」
それを見ていたレプターはというと、一体何が起きたのか、
その時、困惑の極みに陥っていたレプターに、すたすたと近寄ってきた望子……の様な何かが、
《やぁ、
さも当然の様に自分が望子では無い事を明らかにしつつ、軽く頭を下げて礼を述べた事に、
「ぁ、は、はい……あの、あなたは一体……?」
レプターが心底怪訝そうな表情でそう返し、その正体を問いかけると望子の姿をした《それ》は、愛らしい望子の笑顔のままに口を
《んー……まだ、話せないなぁ。 少なくとも今は》
――そう、答えてみせた。
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