第19話 ぬいぐるみ無双

 人狼ワーウルフ鳥人ハーピィ人魚マーメイド……人族ヒューマン主体の国であるルニアにおいても然程珍しくない三人の亜人族デミ


 王城へ向かう途中、魔族たちとの戦闘を繰り広げる冒険者や傭兵たちとすれ違うも、彼女たちの目的はあくまで幹部の討伐である為、何とか持ち堪えててくれよとばかりにその場を後にする。


 地を駆け、空を飛び、宙を泳ぎ……それぞれが最高速度で王城へ向かっていたその時、ある程度進んだ所で十数人の空飛ぶ下級魔族に囲まれてしまっていた。


「おいおいどこ行くんだお嬢さん方、そっちにゃ俺らよりおっかない魔族ひとがいるぜ?」「そうだな、だから俺らと遊ぼうぜ? 出涸らしみてぇな人族ヒューマンよりよっぽど楽しめそうだ」「ははは、全くだなぁ!」


 極めて下卑た笑みを浮かべて口々に声をかけてくる魔族たちに対し、ウルは全く怯える様子も無く、

「あー……悪ぃんだが、お前らにゃ興味ねぇんだ。 何せお前ら……明らかにあたしらより弱ぇだろ?」

「「「……あ?」」」

 挑発するかの様にそう告げた彼女にカチンときた魔族たちは、一人、また一人と臨戦態勢に入る。


「……おい、謝るんなら今のうちだぜ? どのみち王都の住民は皆殺しだが、気に入った奴は好きにしろとラスガルド様が仰ってるんだよ」「お前ら中々の上玉だし、生かしてやってもいいんだがな? 勿論、お前ら次第じゃあるが」「ほら、何とか言ってみろよ!」


 今にも仕掛けそうな程頭にきている魔族たちだったが、ハピもフィンもウルと同じく臆面も無しに、

「悪いけど、好みじゃ無いのよね。 せめてその悪趣味な角とか服とかをどうにかしてから来てくれる?」

「ちなみにボクのタイプは黒髪黒瞳の可愛い女の子だよ! だからキミたちはちょっと無理かな!」

 まるで嘲笑うかの如く告げた事で、いよいよ彼らの怒りが頂点に達してしまった。


「……そうかよ、だったら」


 数十人の魔族のうち先頭の方を飛んでいた、若干他の者たちより格上らしい魔族がそう言って、

「とっとと死んでろ亜人族デミ風情がぁ!!」

 腕を勢いよく横に広げて叫んだ途端、その言葉を皮切りに魔族たちが一斉に上空から仕掛けてくる。


(魔術で一瞬のうちに消すなんざ生温い! この爪でズタズタに引き裂いて――)


 彼は脳内でそんな事を考えていたのだが……結局、それを実行する事は叶わなかった。


 ……何故なら、魔族の爪よりも圧倒的に強靭なウルの赤く輝く爪によって、自身の上半身と下半身が真っ二つに引き裂かれてしまったのだから。


(なっ……!?)


 それを垣間見た比較的若い青年の様な魔族がその動きを止めたが時既に遅く、ある者は不可視の断頭刃ギロチンにより首を落とされ、またある者は身体中の水分を全て奪われたかの様に干からびてしまっていた。


「……弱くない?」


 そんな中、強制的に乾燥させた魔族たちの体液か何かを球状にして、それを浮かべながら呟くフィンに、

「そりゃそうだろ。 こいつら大して強そうな匂いしてなかったしな……本命はあっちだぜ」

 自慢の鼻を指差しつつ、ウルはさも当然だと言わんばかりに答えてみせる。


「な、何で、亜人族デミ如きがこんな」


 先程異常性を感じ動きを止めた青年魔族がそう呟いて辺りを見渡すと、気づけばその場で生き残っていた魔族は自分一人だけとなっていた。


「あー……おい、そこのお前」

「っ!?」


 その時、突然ウルに話しかけられ思わず距離を取ってしまったが、彼にも魔族としての矜持がある。


(相手は単なる亜人族デミだぞ!? 何を臆する事が)


 そんな強がりを脳内で広げつつ、彼は彼女たちの声に対し余裕を持って返事をしようとしたものの、

「な、何、だ」

 実際に口から出た声は明らかに震えてしまっていたが、一方のウルはそんな事を気にも留めず、

「……そんな構えなくてもいいけどよ、魔王ってのはどんな奴なんだ? 見た事ねぇから分かんなくてな」

 幹部との戦闘はそんな悠長には出来ないだろうしと考え、まだ見ぬ魔王とやらについて問いかけた。


「な、何……?」


 ……彼がそう口にしたのは、こんな時に何を、という思いからではなく『魔王を見た事が無い』という発言に疑問を持ったからであり、

(……魔王様を、知らない? 馬鹿な、『この世界』に生きとし生ける者であれば、魔王様を知らぬなどという事、ある筈が……無い……?)

 顎に手を当て脳内でそう思案しながら、彼はこの追い詰められた状況で一つの可能性に辿り着く。



 ――この、世界に?



「っ! 貴様らまさかっ!」

「あん?」


 荒くれ者の多い下級魔族としては、比較的聡明だった彼は気づいた……いや、気づいてしまった。


 彼女たちが、この世界の存在では無いという事に。


 当然、彼も今回の襲撃の目的は理解しており、異世界からの勇者、またはそれに連なる者たちがどこかにいるのだろう事も頭の隅にはあった。


(だが、ここまでとは……!)


 下級魔族の自分では、天地がひっくり返っても勝利し得ない……そんな異世界からの強者が三人。


(ラスガルド様に、報告を……!)


 彼は真っ先にそう考え、元より大きな翼を身の丈以上に広げて飛び立ったものの、

「……!?」

 彼の行く手を遮る様に、いつの間にか鳥人ハーピィきびすを返した彼の目の前を飛んでいた。


「ば、馬鹿な! いつの間に……!」


 聡明であるとはいっても知識には疎い彼は、バサバサと羽搏き戦場を駆る、そんな野蛮な鳥人ハーピィしか知らず、一方のハピは面食らう魔族を見ながら楽しげに、

「ふふ、残念。 だって私……梟だもの」

 栗色の翼を悠然と広げ、彼にだけ聞こえる小さな声で呟き、輝かしい翠緑の魔力をその身に纏う。


「き、貴様らは――」


 ……彼はその言葉を遺言とし、この世を去った。


 口をひらいた瞬間、喉にストンと突き刺ささった一枚の羽根から発生した、無数の風刃を生み出す球体に包まれ……見るも無残な細切れとなって。


 ポンポン、と毛や翼、または鰭に付いた土埃を落とし、返り血をフィンが出現させた水で洗い流した後、

「……っし、行くか」

「えぇ、そうね」

「んー、消化不良ぅ」

 口々にそう言って、三人の亜人ぬいぐるみたちは再び王城を目指して駆けていく。


 ……そんな彼女たちの足元には、これでもかという程に魔族たちの成れの果てが転がっていた。


――――――――――――――――――――――――


 所変わって、ルニア王国王都、セニルニアの王城。


 魔王の命を受け、王都へと襲撃した幹部の一人ラスガルドは、脆弱な人族ヒューマンの国を落とすなど自分が出るまでもないと判断し、王の間へ堂々と侵入する。


 そこには……意識を取り戻し、辛うじてラスガルドの放った一撃から生き残っていた臣下や、王の死により未だ喪失しうずくまっていた宰相ルドマンに向け、

闇黒牽引ダクトラクト

 底冷えする様な低い声で魔術を唱えると、彼らは一人残らず、自身の影から伸びてきた漆黒の腕に絡め取られ、悲鳴を上げながら影の中へ引きずり込まれた。


 ……この国へ襲撃を仕掛けてすぐの出来事である。


 しばらく城下町の様子を、水晶玉の形をした遠視用の魔道具アーティファクトで静観していたラスガルドは、王城の上で口上を叫んでいた時よりも少し機嫌が良さそうに、

「……ふむ、中々やる様ではないか。 亜人族デミも加わっているとはいえ、ここまで抵抗されるとは」

 邪悪な笑みを浮かべつつ、苦しげな表情で部下たる魔族に立ち向かう冒険者や傭兵たちを称賛する。


 この世界における人族ヒューマンは、最下位……とは言わないまでも、殆どの生物に力でも魔術でも劣り、故に彼らは知恵と工夫で他種に挑むのだが、魔族にとってはそれも下等な生物の悪足掻きでしかない。


「……そう、思っていたのだがな」


 くっくっ、と喉を鳴らして笑うラスガルドに、傍に控えていた彼直属の配下の一人、上級魔族のマルキアが上司である彼をまるで諌める様に、

「……ラスガルド様。 此度の襲撃は魔王様のめいによるもの。 士気の低下にも繋がりかねませんので、斯様な発言は控えて頂きたいですね」

 目を奪われそうな程に綺麗な碧い長髪を揺らし、ギラリとした鋭い視線をラスガルドに向ける。


「何、ただでさえこの世界は娯楽が少ないのだから、それくらい構わんだろう? なぁシルキア」


 すると彼は、分かっていないなとばかりに溜息をつき、呆れた様子でもう一人の配下に話を振って、

「うーん……そうですね! ラスガルド様より強いのなんて、それこそ魔王様か側近のデクストラ様くらいですし、退屈しちゃうのも分かります!」

 同じ青色でも、短髪であどけない表情のシルキアという名の上級魔族があっけらかんと答えてみせた。


「お姉ちゃんはほんっとに固いよね! 頭も身体も筋肉でいっぱいだもん!」

「シルキア!? 貴女ねぇ!」


 どうやらこの二人は姉妹だったらしく、唐突に始まってしまった姉妹喧嘩を、この状況に決して似つかわしくない微笑ましい表情で眺めていたラスガルドの元に、一人の下級魔族が転がり込んできた。


「ラ……ラスガルド様! お寛ぎのところ大変申し訳ございません! 至急お耳に入れたい案件が……!」


 ぜーはーと息を切らし、謝意を示しながらも自らの使命を全うしようとする彼を、血塗られた玉座に腰掛けたまま見遣っていたラスガルドは、

「その様子だと、多少骨のある者がいたか? ならば、マルキアかシルキアを向かわせるとしよう」

「お任せを」

「私、頑張っちゃいますよ!」

 下級魔族が次の言葉を発する前に先手を打ち、指揮官たる者の余裕を持って指示を出した。


 ――出したのだが。


「い、いえ、それが……! ラスガルド様直々に選抜して頂き、王都襲撃を開始した我ら中級下級部隊クロウラー六十六名……既に、半数を切っております!」

「「!?」」

「……」


 その報告を受けたマルキアとシルキアは想定外の事態に驚愕し、かたやラスガルドは黙って考えを巡らせつつ先程まで戯れに覗いていた水晶玉に目を向ける。


 確かに彼の言う通り、ラスガルドの目からも随分と部下たちが減っている様に見えたが――。


「して、どの様な者たちだ? 十数人単位の亜人族デミか? まさか人族ヒューマンではあるまい。 奴らには到底不可能だ」


 肝心の部下たちを屠っている何某かの姿が見えていない事もあり、どこまでも人族ヒューマンを軽んじた推測を立てるラスガルドに対して下級魔族は片膝をつき、

「ご推察の通り、亜人族デミであります! ……ですが」

 彼の推測を肯定しはしたものの、何故かその先を言い淀んでしまいモゴモゴと口ごもっている。


「……どうしたの? さっさと報告なさい」


 一方、ハッキリしない彼の様子に苛立つマルキアに怯え、下級魔族が漸く重い口をひらく。


「……奴らは、僅か三匹の――」



 ――ドガアァアアアア……ン!!!



 下級魔族の必死の報告を、あっさり遮り打ち消してしまう程のけたたましい破壊音が王の間に響き渡る。


 その場にいた全員が音のした方向、完全に破壊された扉の方へ目を遣るとそこには――。


「……あぁっ! ラスガルド様、奴らです! 奴ら三匹の亜人族デミが我々の殆ど、をっ……!」


 ……そう言い切る前に、下級魔族の首が飛ぶ。


 扉を破壊したウルの爪による斬撃が波動となり、ついでの様に彼の首を落としたのだ。


「さってと……お前が幹部でいいんだよな? 外の奴らは殆ど全員、あたしらが殺したぞ」


 ギロッと鋭い視線でラスガルドを睨んでウルがそう言うと、構わんさと玉座から腰を上げぬまま応え、

「私は……退屈している。私と比肩する強者を求めているのだ。願わくばお前たち三人の誰かが、私の求める強き者であってくれると有り難い」

 ラスガルドがそう言い終わると同時に、左右に控えていた魔族の姉妹と亜人ぬいぐるみたちが同時に構える。


 ……この時、フィンを除いた二人は、眼で鼻で……それぞれ気がついていた。


(横の二人はともかく――)

(奥に座るあの男とは――)


 ――死ぬ気でやらなきゃ、殺される。


 ……そんな風に。

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