第18話 ぬいぐるみへの頼み事

 望子の人形使いパペットマスターとしての力によって、上位種である龍人ドラゴニュートへと進化を遂げたレプターは、あらゆる面において以前の自分とは一線を画すと自覚していた。


(だが、あれはあまりにも……!)


 しかし、まだ蜥蜴人リザードマンだった頃、幾度か下級魔族に遭遇し勝利した経験もある彼女であっても、遠方に見ゆるラスガルドと名乗る魔族とは、おそらく勝負にもならないだろうという事も自覚していたのだった。


 ……それも無理はないだろう、彼女の視界にはほぼ全壊の状態にある王城が映っており、先程の衝撃が一度だけだった事からも、あの幹部が一撃の下に破壊したのだと嫌でも思い知らされていたからだ。


 その一方、ギリッと歯噛みする彼女を見ていた兵士の一人が急かす様に彼女へ詰め寄り、

「へ、兵長! 指示を!」

 心から頼りにしている上司の指示を待っていると、レプターはハッと我に返ってから、

「……っ、速やかに住民たちの避難誘導を! 王城は、王は……もう駄目かもしれないが、これ以上被害を出す訳にはいかない! 冒険者や傭兵たちと協力し、何としても食い止めろ! 力無き者の為に!!」

「「「……はっ!!」」」

 先程まで不安の表情を浮かべていた彼らは、彼女の一声で決意に満ちた顔を見せ、迅速に行動を始めた。


「……ふーーーっ」


 無論、部下にあそこまで発破をかけた以上、例え負け戦となろうとも自分が引き下がるわけにはいかず、

(……私一人の命で、力無き者たちが逃げる時間をほんの少しでも稼げるというのならば……!)

 両親も今の彼女と同じく誇り高き騎士ナイトであり、かつて忠誠を誓った王は既に死していたとしても、彼女の龍の眼には守るべき逃げ惑う民の姿が映っている。


 城に向け一歩踏み出したその時、彼女の肩を誰かがぐいっと掴み……その力は思いの外強くレプターが少しよろけそうになりながら後ろを振り向くと、

「待て待て、どこ行くんだお前」

 ウルが彼女の肩を掴んだまま、心底不思議そうな表情を湛えて問いかけてきた。


「……あの、ラスガルドなる者のいる王城へだ。 今の私は龍人ドラゴニュート。 幹部とはいえ、私一人でも……」


 実際には勝ち目など微塵も無いと考えていたが、レプターは決して動揺が表に出ぬ様に冷静に応える。


 だがそこへ、ウルを遥かに上回る勢いで疑問符を浮かべたフィンが割り込んできて、

「えぇ? そんなにどきどきしてるのに? ほんとは勝てないって分かってるんじゃないの?」

 状況を理解しているのかいないのか、茶化す様なその発言に少しむっとしたレプターは、

「っ! 仕方が無いだろう! 見ての通り先の一撃で王城はほぼ全壊している! おそらく王宮魔術師たちも生きてはいない……私がやらねば誰がやる!?」

 最早殆ど原型をとどめていない王城を指差し、思わず声を荒げてしまっていたのだが――。


 ――くいくい。


「……っ、ミコ、様?」


 息を切らして叫ぶ彼女の軍服の端を遠慮がちに摘んだ望子にレプターが反応して目を向けると、上目遣いとなっていた望子は潤んだ瞳でレプターを見つめて、

「と、とかげさん、あぶないよ……せっかくなかよくなれたのに……しんじゃうなんていやだよ」

 自分から死地へ向かわんとする彼女を必死に引き止めようと、拙い言葉で声をかける。


 すると、それを見たウルとフィンが今だとばかりに望子の言葉に便乗して、

「負けるって分かってんだろ? 全く……お前は賢いのか阿保なのか分かんねえな」

「そーだそーだ、ばーか」

 彼女たちなりに引き止めようとしているのか、突然レプターを陳腐な言葉で煽り出した。


「なっ……何をぉ!!」


 一方のレプターはあっさりと挑発に乗り激昂し、手近にいたウルに掴みかかろうとするが、

「っ!? 何、だ」

 彼女はいきなりガクッと足を止め、それを不思議に思ったレプターが足元を見ると、透明かつ淡い緑色の流動する空気が彼女の足に巻きついており、

「……っ、貴女か、ハピ! 邪魔をするなぁ!」

 それを瞬時に風魔術の一つだと見破った彼女は、それまで静観していたハピに鋭い視線を向ける。


 だが、当のハピはそんな彼女の視線をさらっと流し、ふぅ、と呆れた様に溜息をついてから、

「もぅ、言い方が悪いのよ貴女たちは」

「……? 何を言って」

 未だ理解の及んでいないレプターに対し、言い聞かせるかの如く優しい声音と表情で、

「貴女には、私たちに頼るって選択肢は無いの?」

「……っ! それ、は……」

 暗に自分たちも力を貸すと口にしたハピの言葉に、レプターはひらこうとした口をすぐに閉じてしまう。


 ……レプターにもその考えが無かった訳ではない。


 彼女たちに牙を剥かれた時は全く反応できなかったし、上位種たる龍人ドラゴニュートとなった今でも確実に勝てるとは言えない……それ程の戦力差が自分と彼女たちの間にある、そう考えていたからだ。


(私では駄目でも、彼女たちなら)


 ――だが。


「……貴女たちはミコ様の……勇者様の所有物。 その力は、魔王を滅する為に振るわれるべきだ。 斯様な場所で傷ついていい筈が……失っていい筈が無い。 気持ちはありがたいが、ここは私が――」


 何とかする、と言おうとした瞬間……真剣な眼差しをしたウルに胸倉を掴まれ、口を噤んでしまう。


 彼女は軽く舌を打ち、いいか? と前置きをしてから鋭い眼光で彼女を射抜いて、

「……あたしらは基本、ミコの意思のままに動くつもりだ。 少なくとも、あたしはそう決めてる。ミコがお前に死んでほしくないってんなら、それを叶えんのがあたしの……あたしらの役目なんだよ」

「……」

 分かるか? と告げられたウルの決意とあまりの気迫に、レプターは言葉が出なくなっていた。


 一方、あぁもぅ! と掴んでいた手を離し、肩に手を置いたウルは彼女の眼をしっかりと見つめて――。


「なぁレプ。 仲間だと思ってたのはあたしだけか?」


(……仲間)


 ……その言葉が彼女の心にすとんと落ちてきた。


 八年前……人族ヒューマン亜人族デミの交流の一つとして行われた武具の輸入出を兼ねた兵の派遣の際、当時齢十歳にして大人顔負けの実力を誇っていたレプターは、慣れ親しんだ故郷を離れる事に一抹の寂しさを感じながらも、異種族と手を取り合って一つの敵に立ち向かう、義務にも似た使命感に駆られ、首領の孫娘という立場を押してまで自ら志願し派遣された。


 それから二年後、頭角を現した彼女は僅か十歳で駐屯兵となり、更にその三年後には彼らを纏める立場、駐屯兵長となっていたのだった。


 ――それゆえに、彼女には対等となる存在が一人もいなかった……故郷にも、派遣先セニルニアにも。


(……だが、彼女たちは)


 そんなレプターの前に突如現れた、自分を遥かに上回る三人の強者と……それらを従える小さな勇者。

 実際に出会い、会話したのはほんの短い時間だが、

それでも『ぬいぐるみになった』、そのたった一つの共通点を得た自分を仲間だと呼んでくれた。


(私は、わたし、は……)


 レプターは、ゆっくりと彼女たち全員に向けて膝をつき、しっかりと頭を下げてから、

「頼む……助けてくれ!これ以上誰も、死なせたくないんだ!頼む! お願い、だから……!」

 流麗な金色の長髪を垂らし、ポロポロと涙を流しながら懇願する様に叫び放つ。


 元より亜人族デミという種は、蜥蜴人リザードマン龍人ドラゴニュートに限らず自尊心プライドが高く、同種にさえ頭を下げる事はほぼ無い。


 そんな龍人ドラゴニュートの彼女が、年端のいかない勇者とぬいぐるみたちに頭を下げて頼み込んでいる。


 ――力無き民を救ってほしい、と。


 一方の亜人ぬいぐるみたちは、未だ膝をついたままのレプターの様子を見てニコッと笑い、

「最初っからそう言やいいんだよ! 任せとけって!」

「ふふ、魔力の扱いも理解出来てきた所だしね」

「よーし!がんばっちゃうぞー!」

 三人揃って緊張など微塵も感じさせず、自信満々といった様子そう応えてみせた。


「すまない、本当にありがとう……! この恩は必ず」


 それを聞いた途端思わず感極まってしまうレプターに、あぁ、と何かを思いついたウルが、

「なら今返してくれよ、ほら」

 隣にいた望子の背中を優しく押した事で、ぅわっ、と声を上げてつんのめる望子をそっと受け止め、

「な、何を……」

 レプターが要領を得ないと言わんばかりの表情で、当然の疑問を投げかける。


「ん? 何って、お前にミコを預けるってこった。 あたしらはこれから魔族あいつらと戦うんだからよ」


 するとウルは、さも当然の事の様にそう笑顔で告げたが、若干納得のいっていないレプターは、

「ま、待ってくれ、私も龍人ドラゴニュートになったのだし」

 折角上位種に進化したんだから、と自分も参戦する旨を慌てた様子で伝えようとした。


「……まぁ、仕方ないわよね。 まさか戦場に望子を連れて行くわけにもいかないし……」

「ほんとはボクが守りたいんだけどね……キミの願いに免じて、今日だけはみこを守る権利をあげるよ」


 だが、まるで彼女の声が届いていないかの様に、一人、また一人と亜人ぬいぐるみたちは城の方へ歩を進める。


 そんな彼女たちに対して、レプターに抱きしめられていた望子が小さな口をひらき、

「ぁ……ま、まって、みんな!」

 さっさと行ってしまおうとしていた亜人ぬいぐるみたちに、何か言わなきゃと使命感にも似た感情に駆られ、思わず引き止めてしまった。


 すると、先程レプターの声には一切反応しなかった彼女たちは顔だけでなく身体ごと後ろを向き、

「おぅ、どうしたミコ!」

「もしかして心配してくれてるのかしら?」

「あは、優しいなぁみこは!」

 若干食い気味に反応し、望子を心配させまいとしたのか明るい笑顔で口々に声をかける。


 無論、望子としても本当は大事なお友達が危ない場所へ行く事が心配で心配で仕方無いのだろうが、

(……わたしにはなにもできないから、せめて)

 幼い自分ではどうやっても役に立たない……それを理解した上でそう考え、亜人ぬいぐるみたち全員の手を取り、小さな手でしっかりと握ってから――。


「……みんなならだいじょうぶだとおもうけど……ちゃんとかえってきてね? やくそく、だよ?」


 望子の言葉を聞いた彼女たちは、その約束を頭と心に刻みつけ、大丈夫だと言わんばかりの晴れやかな笑顔を向けて、一方の望子もそんな彼女たちを見てホッと息をつき、こくんと頷いてみせた。


(……少し、羨ましいな)


 付き合いの長さが違うのだから仕方無いとはいえ、思わずそう考えてしまうレプターをよそに、亜人ぬいぐるみたちは幹部の待ち構える王城へ向けて歩き出す。


「……行くぜ」

「えぇ」

「あは、楽しみ」


 彼女たちの表情は既に愛らしいぬいぐるみのそれとはかけ離れており……まるで力を試したくて仕方の無い、狂戦士バーサーカーの様な笑みを湛えていたのだった。

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