第17話 蜥蜴人の変化
「な、なんでだ!? なんでこいつが!!」
つい先程まで望子にお礼を言われていた筈のレプターが……突然ぬいぐるみになってしまった。
ウルは彼女たちの心境を表すかの様に叫び、ハピとフィンは最早あわあわとして言葉も出ない。
そんな風に
(……わたしが、なんとかしなきゃ)
レプターから受けた助言を思い出しながら、こてんと転がる蜥蜴のぬいぐるみをそっと抱きしめる。
(……つよくおもいをこめて、ねがいをことばに)
望子は一度ゆっくりと深呼吸して、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめ直し……小さな口を
『おねがいとかげさん、もとにもどって……』
……瞬間、ぬいぐるみから三人の時と同じ様に、少し淡い金色の光が部屋を照らし――。
「とかげさん! よかった!」
次第に弱まるその光の中には、望子の知るレプターの姿があり、教え通りに出来た事を嬉しく思い、望子はぺたんと座った状態の彼女の頭を抱きしめた。
一方、目が覚めた瞬間に望子の身体が視界を埋め尽くし、薄い胸から心音が伝わってくるこの状況に、
「ミ、ミコ様!? これは一体……!?」
レプターは激しく動揺し、望子のそれとは対照的にバクバクと鼓動を速めてしまう。
『勇者』という存在は、この世界に生きとし生ける者……魔族や魔物などを除いた全てにとっての希望であり……それは勿論、彼女にとってもそうである。
そんな勇者が、希望の象徴が……自分の様な
……いや、望子が仮に勇者で無かったとしても、彼女の心臓の鼓動は早まっていたかもしれない。
(……あぁ、そうか。 私は――)
レプターが衝動的に、望子を抱きしめ返そうとしたその時、彼女は何者かの視線に気づき――。
「……ねぇ、いつまでくっついてんの」
氷点下かと言わんばかりに冷え切ったその声は、声と同じく冷めた瞳をしたフィンから出たものだった。
「っ!? あ、あぁ! そうだな! ミコ様、ありがとうございました!」
そんなフィンの声にハッと我に返り、レプターが望子から離れて礼を述べたものの、
「……何のお礼よそれ」
「もっ、戻していただいた事への礼だ!」
抱きしめ返そうとしていたのが見えていたのだろうか、ハピも射殺さんとする程の視線を向けている。
その時、ん? とそれまで静観していたウルが声を上げ、それに気がついたレプターが視線を向けて、
「な、何だ? ウル、貴女も何か――」
まだ何か言いたい事があるのか、とばかりに不満げな表情でそう言おうとした時、
「いやお前……そんな髪色だったか?」
ウルは彼女の言葉を遮って、ビシッと指を差しつつ見たままの事実を口にしてのけた。
しばらく静寂が部屋を包んだ後、何の事やらとばかりに首をかしげたレプターが口を
「……? 私の髪は両親より受け継いだ……ん!?」
サラッと肩にかかる長髪を手に取りそれを自分の視界に入れた途端、彼女は思わず目を見開く。
「なっ……私の髪が……! おまけに角の位置も……いやそれよりも、この翼はまさか……!?」
それもその筈、艶のある深緑だった筈の彼女の髪が一本一本に至るまで綺麗な黄金色となっていた。
そればかりか目の上辺りから生えていた鱗と同じ色の小さな角は、何故か髪を掻き分ける様に頭頂部へと移り、おまけに強靭で魔力も多めにこもっていそうなものへと変異を遂げており、更に彼女の背中にはこちらも鱗と同じ色で荘厳な見てくれの翼が生えている。
そんな彼女にさも追い討ちをかける様に、ハピがレプターの肩をトントンと叩いて、
「……あと貴女の種族、りざーどまん、じゃ無くなってるわ。 どらごにゅーと? ってのになってるわよ」
「
「? えぇ、そう視えるもの」
衝撃の事実に反応を示したレプターにも、まるで何でも無いかの様にそう答えるハピに、信じられないといった表情を向けてしまう。
あまりにも唐突に、今まで切望しつつも成し得なかった上位種への進化を遂げてしまったレプターは、
(ミコ様は紛れも無い勇者だ。 それくらいやってのけてもおかしくは無いが……)
すると当の望子は何故かしゅんとしていて、そんな望子に違和感を覚えたレプターが、
「……ミコ様?」
怪訝な表情で望子に目線を合わせて声をかけると、その小さく黒い瞳には涙が浮かんでおり、
「ご……ごめんね。 かみのいろとか、つのとかいろいろ……わたしのせいだよね……?」
ぬいぐるみにしてしまった事と同じ様に、その全てを自分のせいだと思っているのだろう、望子はぺこりと頭を下げて謝意を示す。
レプターは一瞬、謝罪など不要ですと告げようとしたものの、それはそれで誠意を持って謝罪している目の前の小さな勇者を否定する事にならないかと考え、
「……ミコ様、私は怒ってなどいませんよ。 この髪や角も、種族の事も。 確かに驚きはしましたが……他でも無い、貴女からの贈り物なのですから」
元より自分の変化を望子のせいだと責めるつもりは毛頭無かったレプターは優しく語りかけ、望子はそんなレプターの笑顔に安堵し、涙目のまま頷いた。
「で、どうする?」
「……どうする、とは?」
そんな折、突然微塵も要領を得ない質問を投げかけてきたウルに眉をひそめて聞き返すと、
「細けぇ事はあたしにゃ分かんねぇが……お前もあたしらの仲間入りしたって事だろ? ついて来るか?」
「は、え? 私が、仲間……?」
さも当然の様に彼女を勧誘し始めた事に、レプターは困惑して更に聞き返してしまう。
「うん! いいとおもうよ! いっしょにいこう!」
望子もウルの提案に随分と乗り気の様で、満面の笑みでレプターの手を握ってそんな事を口走るが、
「し、しかし……」
一方のレプターはというと、二人の言葉を嬉しく思い、既に王が亡くなっている為ここで兵士を続ける理由は殆ど無いとは理解していても、自分一人だけ国を去っても良いものかと葛藤し、言い淀んでいた。
その時、うーんと唸るレプターに対し、ちょっといいかしらとハピが口を
「そもそもどうして貴女までぬいぐるみになったの? それが望子の力ではあるんでしょうけど……ハッキリしないうちから貴女を仲間にというのは少しね」
「ボクもそう思う。 ねぇキミ、何か分からないの? 自分の事なんだしさぁ」
懐疑的な視線を向けつつそう言うと、彼女の発言に賛同する様にフィンもレプターに尋ねてくる。
勿論レプターとしても、その疑問に対する正確な解答こそ持ち合わせてはいないが、
「……ミコ様、一つよろしいですか?」
「? なぁに?」
心当たりはあったのか、再び望子に目線を合わせて声をかけると、望子はこてんと首をかしげた。
その仕草にレプターだけで無く
「ミコ様……貴女がこの世界へと喚び出された時、その場に居合わせた者……例えば国王や聖女、兵士たちの言葉を理解出来ていましたか?」
至って真剣な表情レプターがそう尋ねると、望子はうーんと唸って少し前の出来事を思い返す。
「……えっと……うぅん、なにをいってるのかぜんぜんわからなかったけど……あれ? でもとかげさんのいってることはわかるよ……?」
しばらくすると、あまり思い出したくない出来事だった事もあり決して明るくない表情で望子はそう答えつつ、目の前の
「……やはり、そうでしたか」
あれぇ? と困惑する望子をよそに、レプターはおそらく自分の推測が正解なのだろうと確信していた。
「……おい、一人で納得してねぇで説明してくれよ」
一方、うんうんと頷いていたレプターに、痺れを切らしたウルがジロッと睨みつけてそう言うと、
「あぁ、おそらくは……『慣れ』だろう」
「「「は?」」」
ハッと顔を上げたレプターがそう告げたものの、残念ながら
異世界から来たのだから仕方ない、そう思いつつも理解されなかった事に若干ガックリきていた彼女が、
「……この世界へ召喚されたばかりのミコ様は正真正銘、異世界人だった。だが、この世界へ来てからミコ様は幾度となく……呼吸をされた筈だ」
「それはまぁ……そうでしょうよ。 生きてるのだし」
気落ちした声音で説明を始めると、ぬいぐるみの私たちと違って、と付け加えつつハピが先を促す。
「あぁその通りだ。 そして……おそらく貴女たちがいた世界には存在しないのだろうが、この世界には空気中に『魔素』という魔力の素となるものが存在する」
ハピの言葉に答えながらも、つまり、とこの世界における常識を持って結論を出そうとした時、
「……まさか、呼吸する事でミコの身体がこの世界に馴染んでいってるって言いてぇのか?」
「……」
彼女の説明を遮ってウルが口にした推論に、レプターは無言で頷き肯定の意を示した。
「……成る程ね。 言葉が通じる様になったのは勿論、望子の力が貴女にまで及ぶ程になったのも……その慣れとやらが原因だって事かしら」
ハピはレプターの説明から、彼女がぬいぐるみになった理由を自分なりに解釈する一方で、
「……ふーん」
フィンだけは、納得したのかしていないのか微妙な反応を見せていた。
「で? ついてくるか? レプ」
そして話が一段落ついたタイミングで、ウルは再びレプターに対して自分たちへの同行を提案し、ハピもフィンも今回は特に反対もしなかった事で、
「……私は」
元より悪い気はしていなかったレプターが、ゆっくりと口を
ズドオォオオオオーーー……ン!!!
腹の底に響く様な重い衝撃と震動が彼女たちを襲い、真っ先に反応を示した望子たち一行が、
「ひゃあっ!?」
「なっ、何だぁ!?」
「……外、からね。 今のは」
「お城の方から聞こえたよ! ずどーんって!」
口々に言葉を紡いでいるところへ、部屋の扉を勢いよく開けて先程の兵士たちが慌てて入室してきた。
「報告せよ! 何があった!?」
自身も驚いていたものの、部下の前で情けない姿は見せられないレプターは凛々しい表情でそう叫び、
「……っ、それがっ……!」「い、いえ、兵長! とにかく外へ!」「王が、王城が……! 大変な事に……」
そんな上司に対し兵士たちは息を切らして矢継ぎ早にそう告げて、とにかく外へと声を荒げる。
「……分かった、一旦外へ行こう。 貴女たちも」
切羽詰まった部下たちの言葉と表情に、レプターは望子と
「我こそは魔王軍幹部が一人、ラスガルド! セニルニアの民よ、心して聞くが良い! 我らが魔王様は此度の
浅黒い褐色の肌に薄紫色の瞳、見るからに強靭そうな腕と脚にはあまりそぐわない黒の礼装と、背中に生えた
望子やウル、フィンにはその姿はハッキリと見えなかったが、鳥獣の眼を持つハピと今や
「ねぇ、レプ」
「……あぁ。 あれが、あれこそが――」
「――魔族だ」
……辺りはもう、夕暮れになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます