第16話 ぬいぐるみの名は

「ぅう……ぐすっ」

「よしよし、もう大丈夫よ。 もう力の使い方も分かったんでしょう? 突然いなくなったりしないわ、ね?」

「ぅん……」


 この世界における元の姿に戻った亜人ぬいぐるみたちに慰められた事で漸く落ち着きを取り戻した望子は、それでも鳥人ハーピィにぎゅっと抱きついたままだった。


 その一方で、長机を挟んで人狼ワーウルフ人魚マーメイドと対面していた蜥蜴人は、異世界からの来訪者である彼女たちに自分が知り得るこの世界の事を伝えており、

「……じゃあ、お前は異世界から勇者が喚び出されるってのを知ってたから、ミコを勇者っつったのか」

「……あぁ、そうなる」

 あの様な神々しい魔力が他にあろう筈も無い、そう付け加えた彼女に、んなこたぁ聞いてねぇよと人狼ワーウルフは舌を打ち、続けろと言って先を促す。


 彼女の話のいくつかは聖女から聞いた話とも被っていたが、中には初耳となるものもあり、

「でだ、あたしらもお前みたいのと同じ……その、何だ、亜人族デミってのになるのか?」

 自分たちが喚び出された王の間でも、今は亡きリドルスからそう呼ばれていた事は覚えているが、改めて確認する様に同じく亜人族デミである彼女に問うた。


 すると蜥蜴人リザードマンは、あぁその事かと声を出しつつ頷いて、人差し指をピンと立てつつ、

「そうだな、正確には……人狼ワーウルフ鳥人ハーピィ人魚マーメイドとなる」

 椅子の上で胡座をかく人狼ワーウルフと、そんな彼女とは対照的に行儀良く座っている他二人、それぞれの目をしっかりと見て種族名を告げていく。


 自分たちに関する確かな情報を得た亜人ぬいぐるみたちだったが、それよりも彼女たちが気になるのは、

「それよりみこだよ。 さっき言ってた……人形使いパペットマスター? ってのが、みこの力なの?」

 あくまでも望子の力の事であり、人魚マーメイドが身を乗り出し、首をかしげて彼女へ問いかけた。


 ひるがえって蜥蜴人リザードマンは、これは私の知識が正しい事が前提なのだが、と前置きしてから、

人形使いパペットマスターとは……作成、または用意された人形パペットに魔力を込めて、自らが行使出来る魔術を移動砲台の様に撃ち出す……そんな職業ジョブの事を指す」

 つらつらと語りつつも、無論これは冒険者や宮仕えの魔術師の場合であり、家事や土木作業といったものに使われる事もあるのだという。


 その説明を聞いていた人狼ワーウルフが、何か引っかかる部分があったのか首をこてんとかしげて、

「……ん? じゃあミコは違うんじゃねえのか? あたしらは別に、ミコが使える魔術を撃ち出してるって訳じゃねぇ……よな?」

 そう言い終わる頃には若干自信無さげに声を落としてしまっており、そう思うよな、と二人の仲間に話を振ると彼女たちも頷いた為、一先ず安心していた。


 その一方で、彼女の疑問に何と答えるべきか、と顎に手を当て思案していた蜥蜴人リザードマンがスッと顔を上げ、

「……そうだな。 正確には違うのだろうが……広義的に言えば人形使いパペットマスターで間違いは無い筈だ。 貴女たちの本質がミコ様の人形パペットである限りはな」

 鳥人ハーピィに抱きかかえられたままの望子に目を向けつつ、冒険者登録自体も問題無い筈だと告げる。


 そんな彼女たちの会話に既に刺々しさは感じられないが、それは他でも無い望子の口から自分たちに何が起こり、それを誰が解決へと導いてくれたのかを聞いたというのが大きいのかもしれない。


 蜥蜴人リザードマンは彼女たちと話をする過程で、この国の王が身罷みまかられた……いや、望子を始末しろと言われて激怒した亜人ぬいぐるみたちが殺めたという事実も聞いていた。


 ――だが、彼女が忠誠を誓っていたのは誰からも愛され、誰よりも信頼されていたかつての『賢王』であり、決して自らの復讐心の為だけに民の命を犠牲にしてしまう様な『愚者』では無く……だからこそ、声を荒げる事も彼女たちを責め立てる様な事もしない。


 その後、話題が途切れてほんの少しの静寂が部屋を包んだ頃、あぁそういえばと鳥人ハーピィが声を上げ、

「まだ貴女の名前、聞いてなかったわよね。私にはけれど、改めて聞かせてくれる?」

 翠緑の瞳を妖しく光らせながら、望子たち三人にも彼女の名前を伝える良い機会だとばかりに尋ねる。


 一方の蜥蜴人リザードマンは、『視えてる』という言葉に一瞬引っかかり首をかしげはしたものの、

「……あぁ、そうだな。 申し遅れたが、私はレプター=カンタレス。 馴染みの者たちからは『レプ』と呼ばれている。 貴女たちも気軽にそう呼んでほしい」

 自己紹介に加えて自らの愛称と、それを口にする許可まで出した彼女は、あっ、と何かに気がついた。


「そういえば……貴女たち三人には正式な名前は無いのだったか? 冒険者登録には名前が必要だからな、今のうちに考えてはどうだろうか」


 そう、登録というからには名前は必須事項であり、それぞれを模した動物の名にさん付けした望子専用の呼び名ではまずいだろうとレプターは判断する。


 ひるがえって亜人ぬいぐるみたちはほぼ同時に望子をチラッと見遣り、うーんと腕組みをしつつ唸ってから、

「まぁ……確かになぁ。 は駄目か?」

「そうねぇ、はまずいかしらね」

「……ボクは気に入ってるんだけどなぁ、

 望子が付けてくれた呼び名を否定する意図は無いのだとばかりに、『あれ』という表現を用いていた。


 一方、視線を向けられた当の望子は首をかしげて何も分かっていない様だったが、それを見ていたレプターは彼女たちの様子に合点がいき、

「では、異世界ここでの名前を私がつけようか?」

 クスッと微笑んでそう提案すると、亜人ぬいぐるみたちは顔を見合わせ、無言で頷き肯定の意を示す。


 するとレプターは、先程までの亜人ぬいぐるみたちと同じ様に腕組みをして思案していたが、

「そうだな、人狼あなたは元となったウルフから二文字取って『ウル』、鳥人あなたは種族名を省略して『ハピ』、そして……人魚あなた海豚ドルフィン人魚マーメイドだろう? では『フィン』というのはどうだろうか」

 パッと顔を上げるやいなや、種族名を告げた時と同様に一人一人に視線を向けて名付けていった。


 そんな彼女がつけた名前を、脳内で繰り返し咀嚼した亜人ぬいぐるみたちは顔を見合わせて、

「ま、いいんじゃねぇか? あたしはウルだな」

「そうね。正直思いつかないし、ハピを名乗るわ」

「ボクもフィンでいいけど……いるかさんって名前を捨てるわけじゃないからね、みこ!」

「う、うん?」

 それぞれが良好な反応を見せる一方、突然フィンから話を振られた望子は、何の事だろうと困惑する。


 そんな異世界での新たな名前に、少しだけ喜色ばんでいる様な彼女たちを見ていた望子が、

「あ、あの」

「? どうしました、ミコ様」

 てくてくとレプターの元へ近寄って遠慮がちに話しかけると、彼女は目線を望子に合わせて聞き返す。


「えっとね? さっきのおれいができてなかったから、あらためてとおもって……」


 レプターは望子の拙いその言葉でも充分に全てを理解出来ており、お気になさらずと首を横に振って、

「当然の事をしたまでです。 貴女はいずれ、この世界を……いえ、とにかく私がそうしたいと思った事を成しただけですから。 礼などいりませんよ」

「うぅん、それでも――」

 片膝をついたままそう告げたのだが、望子はどうしても彼女に感謝したいらしく、スゥッと息を吸って。



「ほんとうにありがとう……『とかげさん』!」



 ――ぽんっ。



「「「「!?」」」」


 望子が彼女をそう呼んだ直後、部屋に響いたその音は……亜人ぬいぐるみたちには初めての、望子にとっては二回目となる……随分と間の抜けた音。


「……ぇ」


 驚きのあまり、口をぱくぱくさせる望子と亜人ぬいぐるみたちの視線の先には――。


「「「「えぇーーーっ!!?」」」」


 緑の生地に金色の毛糸が背中側に縫い付けられ、何故か翼も生えた蜥蜴のぬいぐるみが転がっていた。

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