第15話 勇者は人形使い

 望子が手を離した時点で水晶玉から放たれた神々しい白い光は随分と弱まっており、目がくらんでいた亜人ぬいぐるみたちにも部屋の様子がハッキリ見えてきた。


「てめぇ、さっき危険はねぇって――」


 そんな彼女たちを代表して人狼ワーウルフ蜥蜴人リザードマンを問い詰めようとした瞬間、大きな音を立てて屯所の扉がひらき、

「へ、兵長! 今の光は一体!?」「ご無事ですか!? お怪我は……」「貴女たち、一体何をして……!」

 亜人族デミ三人に人族ヒューマンの少女、そんな妙な組み合わせに違和感を覚え、万一に備え扉の近くに待機していた兵士たちが転がり込んできた。


 ……自分たちとは種族からして違う存在であるものの、それでも彼女の強さや国に対する忠誠心に惹かれていた兵士たちは多く、野暮だとも取れるその行動も彼女を慕っているからこそ。


(やっぱり……はぁ、めんどくさ)


 一方の人魚マーメイドは、こそこそとした話し声や呼吸音、何かが起こるかもしれないという緊張感からの速い鼓動によって兵士たちが扉の前にいる事は把握しており、

「あー、えっとね――」

 どう言い訳したものかと人魚マーメイドが口をひらいたその時、蜥蜴人リザードマンが手を伸ばして彼女の言葉を遮った。


「……いや、大丈夫だ。 水晶の効果を知ってもらう為に亜人族デミの一人に試してもらっただけで……思いの外魔力が強くて私も驚いていたところだ、ははは」


 すると、何故か蜥蜴人リザードマンが自分たちを庇う様な発言をした事に、人魚マーメイドは少しだけ呆気に取られてしまう。


(……へぇ)


 それは奇しくも自分が考え、口にしようとしていた言い訳と殆ど同じだったからであり、望子と他二人以外の生命いのちには特に関心の無い人魚マーメイドがこの世界において初めて好意的な興味を他者にいだいた瞬間だった。


「……そ、そうでしたか」


 兵士たちは上司の様子に多少の違和感を覚えはしたものの、この方が無用な嘘をつく筈も無いと判断したのか、何かありましたら直ぐにお声掛けを、と言い残してぞろぞろと部屋を後にする。


 その後、兵士たちが全員退出し扉の前からも気配が完全に消えた事を確認するやいなや、

「……もう、大丈夫だろう」

 蜥蜴人リザードマンが椅子を引いてからそう呟きつつ……何故かその場に片膝をついた。


「……何、やってんだ? お前」


 そんな蜥蜴人リザードマンの突然の奇行に困惑した人狼ワーウルフが心底怪訝な表情で尋ねたが、その言葉が耳に届いていないのか彼女はあくまでも望子を一心に見つめ――。



「数々のご無礼をお許し下さい、



 ――瞬間、望子を優しく抱っこしていた鳥人ハーピィ以外の二人が蜥蜴人リザードマンに牙を剥き、人狼ワーウルフは身を乗り出して強靭な爪を彼女の首筋に、人魚マーメイドはいつでも彼女に振り下ろせる様にと空中へ巨大な水の斧を出現させていた。


「……っ!!」


 ルニアという……国民の殆どが人族ヒューマンの国にあって、亜人族デミの身でありながら駐屯兵たちのおさを務める彼女は、自らの実力にもそれなりの自負がある。


 ……だがそんな彼女にさえ二人の動きや魔術の行使は全く目で追えず、ただただ硬直するしかなかった。


「……なんでキミが知ってるのかな?」

「言葉は選べよ蜥蜴野郎……死にたくなきゃな」


 彼女の発言一つで豹変し、鋭い眼光で睨みつけながらこちらを威嚇する二人に蜥蜴人リザードマンはこれまで味わった事の無い戦慄を覚えていたが、

「ちょ、ちょっとまってふたりとも!」

 修羅場と化していた三人の間に割って入り制止の声を上げたのは、鳥人ハーピィの腕から離れた望子だった。


 望子がそのまま蜥蜴人リザードマンの方へ近寄り、彼女を庇う様にして亜人ぬいぐるみとの間に立つと、

「ミコ! 危ねぇから下がってろ!」

「そうだよ! 何されるかわかんないよ!」

 声を荒げて蜥蜴人リザードマンから距離を置かせようとする二人だったが、当の望子は首をぶんぶんと横に振って、

「……っだ、だいじょうぶだよ。 このひとは……たぶん、わるいひとじゃないよ」

 さも親が子に言い聞かせるかの様に、あくまで優しい声音で二人を説得せんとする。


 ……しかし、望子に危険が及ぶ可能性がほんの少しでもあるのなら、たとえ望子本人の言う事であってもそれを聞くわけにはいかない……そう考えた人狼ワーウルフが、

「何の根拠もねぇだろ! いいからこっちに来い!」

 思わず語気を強めて叫び放ってしまった事で、ひぅっ、と望子は身体を震わせ怯えを露わにした。


 その様子を見た鳥人ハーピィが、少し落ち着きなさいなと肩に手を置き声をかけるも、完全に頭に血が上っている人狼ワーウルフには届かず、聞き分けの悪い望子に対して再び人狼ワーウルフが怒鳴りつけようとした時、望子が大きく息を吸い、ぎゅっと目をつむって――。



『……いいからしずかにはなしをきいてっ!』



 ぽぽぽんっ



 目に涙を浮かべる望子の口から何故かエコーの様に響くその言葉が発せられた瞬間、三人の方から随分と間の抜けた……そんな音がした。


「「……え?」」


 図らずも望子と蜥蜴人リザードマンの声が重なるが……それも無理はないだろう。


 何故なら、三人の亜人族デミがいた筈の場所に、三つのぬいぐるみがころんと転がっていたのだから。


「ぇ、あ、みん、な?」


 望子はゆっくりとぬいぐるみたちに近寄っていき、それらをその小さな腕で抱えてから、

「……ど、どうしたの? みんな……なんで、もどっちゃったの……?」

 訳も分からず涙目になる望子の様子を見て、蚊帳の外となっていた蜥蜴人リザードマンはより一層謎を深めてしまう。


 ……彼女は一瞬、流石勇者様と称賛しようとした。


 自分の言葉を聞き入れようとしない仲間の亜人族デミたちを、仕置きとして人形パペットに変えた様に見えたからだ。


 だが、怒るどころか哀しむ様子さえ見せている望子に違和感を覚えた蜥蜴人リザードマンは、うぅぅ、とあまりにさめざめと泣く彼女に意を決して話しかける。


「ミ、ミコ様……? これは、一体どういう……」


 言葉に詰まりながらも怪訝な表情で尋ねる蜥蜴人リザードマンに対し、望子は嗚咽も止まぬままに、

「……ぅ、み、みんなは……もともと、ぬいぐるみ、なの……っ、ここにきて、からっ……おねえ、さん、みたいにっ……なってて……っ」

 何とか自分たちが置かれている状況を話しきり、その後はまたポロポロと涙を流してしまっていた。


(そうか、この方は――)


 そんな望子の言葉を聞いて、蜥蜴人リザードマンは既に大体の事を理解しており、すすり泣く望子を優しく抱きしめてから、一度しっかり顔を見合わせて――。


「ミコ様、貴女は……人形使いパペットマスターなのですね」


「ぅ、ぱ、ぱぺっと……?」


 優しい声音で告げられた言葉に、濡れた瞳で彼女を見つめつつ反応を返す望子を見た蜥蜴人リザードマンは、

(しかし……この反応だと元々人形パペットだった物が亜人族デミになっていたのか? 単なる人形使いパペットマスターにそんな芸当が出来るとは思えない。 やはりこの方は……)

 駐屯兵長を務めているという事もあり同種と比べて知識も豊富で、様々な冒険者や傭兵たちとも触れ合う機会の多い彼女は、自らの属する騎士ナイト以外の職業ジョブにも明るく……その中には人形使いパペットマスターも含まれている。


 だが彼女の記憶にある人形使いパペットマスターとは随分異なっている事からも、望子の勇者性を感じざるを得なかった。


「……ミコ様、もしも私を信じていただけるのであれば、彼女たちを戻す方法をお教えします」


 蜥蜴人リザードマンが一度望子から身体を離してそう提案すると、ハッとした望子はごしごしと涙を拭い、

「おねがいおしえて! なんでもするから!」

 それでも未だに黒い瞳に涙を浮かべたまま、心の底から切羽詰まった様子で縋りついて叫ぶ。


 ――なんでも?


 あまりにも愛らしく……そして潤んだ瞳も相まってどこか妖艶ささえも感じさせる望子の言葉に、

(……はっ、わ、私は今、何を考えて……っ!)

 一瞬、おかしな方向へと思考が飛んだ蜥蜴人リザードマンだったが、思わず赤くなった顔をぶんぶんと振って気を取り直してから望子の小さな手を握る。


「ミコ様は先程、『静かに話を聞いて』と彼女たちに仰いましたが……人形使いパペットマスターが力を行使する上で最も重要なのは、人形パペットに対する想いと言葉です」


 蜥蜴人リザードマンが静かな声音でそう語り出すと、望子も涙目のまま至って真剣な表情で、うんうんと頷きながら何とか噛み砕いて理解しようと努力している。


「先のケースで言うなら、彼女たちに静かにしてほしいと願った貴女の言葉の力で、彼女たちは物言わぬ人形パペットへ戻ったのだと思います。 つまりは――」


 そして、彼女の耳にもエコーの様に響いて聞こえたあの言葉に宿っていたのだろう力について口にして、チラッと三つのぬいぐるみに目を向けてから、自身の話に結論を出そうとしたその時――。


「……また、はなせるようになって、って……しっかりおもったらいいの……?」


 自分なりに彼女の話を解釈し、鼻をすすって涙を拭った望子に対して蜥蜴人リザードマンはしっかりと頷いて、

「その通りです。 ミコ様、大丈夫ですよ。 貴女なら必ず出来ます。 私もついていますから」

 望子を安心させる為にもう一度優しく手を握り、整った顔に柔和な笑みを浮かべてそう言うと、望子はこくんと頷きぬいぐるみを床に均等に並べる。


 その後、自分も同じく床に膝立ちになって、祈る様に両手を組み……強く、願う。


「おねがい、みんな……こんなところで、わたしをひとりにしないで……っ」


 僅か八歳の少女が異世界にたった一人、耐えられる筈も無い……それを重々理解している望子のそんな切実な願いが届いたのか、ぬいぐるみたちが王の間にて初めて変化した時とは違い、淡く、優しく光りだす。


 そして、ぬいぐるみたちは次第にその形を変えていき、しばらくするとそこには――。


「……んぁ? 何であたし床に座ってんだ」

「あら、本当ね……え、望子? どうして泣いて……」

「もしかして何かされたの!? 大丈夫!?」


 今の今まで眠りについていたかの様な反応を見せつつも、真っ先に自分を心配してくれる彼女たちに、

「……うわぁぁん! みんなぁぁ!」

 望子が泣きながら飛び込んでいくと、三人の亜人ぬいぐるみはきょとんとしながらも望子を受け止めたのだった。

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