第14話 蜥蜴人の兵士

 時は少し遡り、聖女カナタが魔族との邂逅を果たす少し前……望子と三人の亜人ぬいぐるみたちは、何とか誰にも見つからずに王城を抜け出す事に成功し、城下町を物珍しそうに見回しながら歩いていた。


 望子たちの目から見た住民や冒険者たちは、何不自由無く生活している様にしか見えず、とても魔族の支配を受けかけているとは思えなかった。


 ……最もそんな彼ら、或いは彼女らの暮らすこの国の王は、亜人ぬいぐるみの手によって惨殺されているのだが。


「さて……これからどうする?」


 そんな折、腹が減っているのか露店をジーッと見ていた人狼ワーウルフが、望子を含めた三人に尋ねると、

「そうねぇ、まずはこの……王都? から出ましょうか。城下町ここにも私たちみたいなのがいるにはいるけど、望子にとって安全かどうかは分からないし」

 そんな風に王都から出る事を提案する鳥人ハーピィの視線の先には、人族ヒューマンの生活に馴染んでいるのであろう、町の住民と触れ合う亜人族デミたちの姿があった。


「ボクもそれでいいよ。早くしないと追手が来ちゃうかもしれないしね」


 ふわふわと宙に浮かぶ人魚マーメイドもそう返した後、みこはどう? と隣を歩く少女へ尋ねると、

「う、うん、そうだよね……かってにおかねもらっちゃったんだもん。 おこられるよね……」

 よくよく考えればそれを提案してしまったのは自分だと思い出し、望子はしゅんとする。


 そんな望子に対して三人は、あわあわとしながらも何とか望子を元気づけようとして、

「い、いやぁそっちじゃ……あぁ何でもねぇぜ」

「そ、そうね、お金は大事だものね」

「うんうん! 王サマがどうとか関係無いよね!」

 三者三様にそれぞれがそう口にするも、人魚マーメイドの言動は明らかに失言という他無かった。


 ……故に。


「「……」」

「いったぁ!」


 ばしっ、と無言で他の二人に叩かれた人魚マーメイドは、う〜っ、と涙目で唸りつつ頭を押さえている。


「……?」


 その様子を、何かあったのかなと理解せぬまま眺める望子だったがそれもその筈、彼女は何も知らない。


 自分の大切なお友達が幾人もの近衛兵たちを始末した挙句、この国の王までも惨殺してしまった事実を。


 彼女たちもこの世界で命を得て、今や知恵有る生物となった今、罪悪感というものが理解出来ない訳では無く……自分たちが殺めた近衛兵たちにも家族や大切な者がいただろう、そう思わない事も無い。


 ……あの国王は、どうでもいいが。


 あくまでも、彼女たちにとって最も重要なのは望子ただ一人であり、それ以外の有象無象など……どうして気にかける必要があるというのか。


 慣れない手つきでいくつも手に傷をつけながら自分たちをつくってくれて……遊びに行く時も、夜眠る時も、ずっと一緒にいてくれた。


 勿論、地球にいた時の彼女たちは単なるぬいぐるみであり、意識こそ持ち合わせてはいなかったが、それでも幸せな日常は大切な記憶おもいでとして残っていた。


 だからこそ……望子を守る為、元の世界へ帰す為ならば、魔王だろうと罪の無い人間だろうと関係無い。


 三人が三人とも、望子の敵になり得る全てを排除する覚悟を持っていたのだった。


「「「……」」」


 そんな事を改めてアイコンタクトで決意し合う彼女たちに、少しだけ仲間外れとなっていた望子は、

「……ねぇみんな、そろそろいこう?」

 流石に裸足で歩き回る訳にもいかなかった為、人魚マーメイドに抱っこされたままの姿勢でそう提案する。


「あー、そうだな。 さーてどうすっか」

「そうねぇ、私たちでも大丈夫な町がいいわね。 そこで……服なんかも買いたいわ」

「あは、みこなんてパジャマだもんねぇ」


 その一方、三人は未だ寝間着姿の望子に笑顔を向けつつ、口々にそう言いながら改めて移動を始める。


「うー……やっぱりはずかしいよねこれ……」


 八歳児とはいえ、流石に外でパジャマなのはみっともないと理解していた望子は、気恥ずかしそうに人魚マーメイドの豊かな胸に顔をうずめてしまっていた。


 しばらく城下町を歩いていると、彼女たちの視界に国の出入口だろう大きな門が映り、そこには人族ヒューマン亜人族デミの数人の兵士が立っている。


 先程近衛兵たちに始末されかけた事もあり、若干トラウマがあるのか望子はビクビクしていたが、そんな望子に大丈夫だよと言い聞かせて頭を撫でながら、

「外に出たいんだけど。いいよね?」

 一切怖気付く事も無く、三人を代表して人魚マーメイドが兵士たちに話しかける。


 すると亜人族デミの兵士の一人、緑色の長髪が鮮やかな混血の雌の蜥蜴人リザードマンがスッと前に出て、

「構わないが……身分を証明できる物はあるか?」

 片方の腕をを彼女たちに伸ばし、これも仕事なのでな、と至って真剣な表情で口にした。


「身分を証明?いるのかそんなもん」


 一方、当然身分など証明出来る筈も無い人狼ワーウルフがぶっきらぼうにそう言うと、

「当然だ。そもそも入国の段階で許可証とはいかないまでも、冒険者の免許ライセンスなどの証明書の提示があった筈。 見たところ、ここの住民では無いだろう?」

 何を今更、とその蜥蜴人リザードマンは軽く溜息をつき、少し呆れた様子で答えてみせる。


 そんな彼女の態度に思わずイラッとした人狼ワーウルフだったが、ここで暴れる訳にもいかない為、

(……めんどくせぇなこいつ)

 今はそう思うだけにとどめ、まずは正直に自分たちの境遇を話し、その上で尚ごちゃごちゃと止めてくるならいよいよ黙らせようと心の中で決めて、

「あー……あたしらさぁ――」

 そう口をひらこうとしたその時、人魚マーメイドに抱えられていた望子が彼女の言葉を遮って――。


「っあ、えっと……あの、みんななくしちゃったの、その、らいせんす? を……ね?」

「「「……!」」」


 控えめな声で割り込んだ後、同意を求める様に亜人ぬいぐるみたちの顔を見ると、三人はすぐさま望子の言葉の意図を理解し、こくこくと頷いた。


免許ライセンスって……冒険者の? そちらの亜人族デミなら分かるけど、君もそうなのかい?」

「ぁ、えっと……」


 ……とはいえ、完全に見切り発車だった事もあり、蜥蜴人リザードマンの横にいた他の兵士に優しい口調でそう返され、望子は言葉に詰まってしまう。


 同年代の女子と比べても小さめの望子が冒険者というのは、兵士たちからしてみればどうしても違和感を覚えずにはいられなかったのだろう。


 ……その時。


「いやぁ兵士さん、そう馬鹿にしたもんでもないよ!この子はこう見えて結構強いんだから!」

「「え?」」


 そんな人魚マーメイドの突拍子もない発言に、思わず望子と蜥蜴人リザードマンの声が重なる。


 当然、どちらにとってもこの言葉は予想外であり、現に人魚マーメイドは他の二人から拳骨をくらっていた。


(……この少女が、強い?)


 一方、生まれながらにして人族ヒューマンよりも強い蜥蜴人リザードマンとしては、こんな小さな子が、と到底信じられなかったが……もしもという事もある。


「……少し付いてきてもらえるだろうか? 何、そこまで時間は取らない」


 蜥蜴人リザードマンはそう言うと、返事も碌に聞かぬまま門の横にある然程大きくも無い屯所へ四人を通す。


 そこには、どこにでもありそうないくつかの長机と沢山の椅子が置かれており、少し待っていてくれ、と蜥蜴人リザードマンは彼女たちに着席を促した。


 しばらくすると蜥蜴人リザードマンが何かを持って戻って来て、その何かを机の上に置き、

「これは……何かしら?」

 向こう側が綺麗に透き通って見える程に透明度の高い、丸い水晶玉を覗きこみつつ鳥人ハーピィがそう尋ねる。


 そんな鳥人ハーピィの疑問に対し、彼女は然程大きくも無い胸を誇らしげに張りながら、

「これは鑑定シントと呼ばれる恩恵ギフトが付与された水晶玉だ。一般的には物に恩恵ギフトが与えられる事は無いが、神に祈りを捧げ授かった者が非生物に恩恵ギフトを付与する事は出来る。この水晶玉もその一つという訳だ」

 先程、聖女カナタが鳥人ハーピィの眼をそうだと思い込んでいた恩恵ギフトの名を挙げて語り出した。


「「「……」」」


 ハッキリ言って彼女たちには、『しんと』だの『ぎふと』だの、さっぱり分からなかったが、

「……それがありゃあ、ミコの力を証明出来ると?」

 随分と噛み砕いて解釈し、代表して人狼ワーウルフが確認する様に問いかけると、蜥蜴人リザードマンはその通りだとばかりにうんうんと頷いている。


「そうだとも。 まぁ、授かった者が行使する恩恵ギフト程正確ではないのだが……これで充分な魔力があると判断出来れば、私の方から免許ライセンスの再発行の許可を出そう」


 そんな折、蜥蜴人リザードマンがそう言って椅子に座る望子に、まずは君から確認したいと声をかけ、

「……は、はい」

 それを受けた望子は、おそるおそる言われた通りに水晶玉に小さな手を置いた。


 ……その、瞬間。


「ぅわぁっ!」

「!? な、んだ!?」

「「「ミコっ!?」」」


 一瞬のうちに、王の間をぬいぐるみの放つ光が飲み込んだ時の様に、部屋中が白い光に包み込まれる。

 無論、望子はすぐに手を離したが、突然の発光に驚いたのか涙目になっていた。


(こ、これは……まさか……!)


 明らかに規格外な、それでいて神々しい魔力を有するその少女に、蜥蜴人リザードマンは一つ心当たりがあった。


 亜人族デミでありながら駐屯兵長を務める彼女には、僅かながらに伝えられていたのだ。


 禁断中の禁断の秘術、勇者召喚サモンブレイヴが行われるのは……今日、この日であると。


(そうだ、きっと……!)


 亜人族デミたちに慰められている黒髪黒瞳の少女を見据え、蜥蜴人リザードマンはある事を確信していた。


 彼女が……彼女こそが、異世界より召喚されし、救世の勇者なのだと……この世界の、希望なのだと。

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