第13話 魔族との邂逅
「……ぅ、ん……」
望子たちが宝物庫を後にしてからも、しばらく壁に寄りかかったまま眠りについていた聖女カナタ。
「……っ!?」
瞬間、パッと目覚めた彼女はきょろきょろと周りを見渡し、誰もいない事を確認するやいなや安堵や疲労からか、はぁ〜っ、と深い溜息をつき、
(彼女たちは……もう行ったのかしら)
そんな風に思い扉の方へ目を遣っていたカナタは改めて部屋へ顔を向け、ある事に気づく。
「え……?」
彼女は思わず疑問を声として出してしまったが……それも無理はない。
何故なら、多少なり宝物庫内が散らかされてはいるものの、ここへ来た時に見た金銀財宝の数が減っている様にはとても思えなかったからだ。
(……どういう事? わざわざ宝物庫に来たのに、宝を持っていかなかったの?)
そもそもカナタは、宝が欲しいから案内しろと暗に言われたから彼女たちを連れてきたのであって、何故これらを置いていったのか、全く理解が及ばない。
(……心変わりでもしたのかしら)
カナタは一瞬そう考えたものの、すぐに首を横に振ってその考えを否定する。
あの
(あるとしたら……あの子、かしら)
その時思い浮かんだのは、彼女たちが大切にしていたミコという名の召喚勇者……黒髪黒瞳の女の子。
あの子が彼女たちを諭したのかも、と推測したカナタだったが、それは
とはいえ正確には全く手をつけていないわけでは無く、比較的に売っても足がつかなさそうな宝を
その後、カナタはふぅっと一息ついて、望子たちに対しての思考を一旦放棄し、
(呼び出した責任もあるけど……それよりもまずは)
今一番に考えなくてはならない事は……と、首をふるふると横に振りつつ思案する。
(王の……いえ、国の事、よね)
あの惨劇が起きた現場……王の間は今頃、国王や近衛兵だったものが放つ死臭でいっぱいなのだろう。
そんな中で、
(……宰相様は、ご無事かしら)
かつては崇敬の念すら
自分一人では正直言ってどうにもならない、こんな事態において、戦場にも立たず、かと思えば大して国政に有益な発言をする訳でも無い臣下たちが、これからのこの国の役に立つとはどうしても思えなかった。
(どうにか、しないと)
そう思い、何とか壁に手をつき腰を上げたカナタは取り敢えず宝物庫を出ようとした。
――その時。
「ご機嫌麗しゅう。 聖女カナタ様」
「ぇ? ……っ!?」
今日起こった様々な事象に疲労しきっていたカナタは、一瞬普通に反応してしまったが……すぐさま後ろを振り向き、自分以外は誰もいない筈の宝物庫から聞こえた声の方向へバッと振り向く。
そこには、漆黒の執事服に身を包み、鮮血の如き真紅の長髪を揺らす、カナタより遥かに高身長の、絶世と表現しても過言では無い美女が立っていた。
「だ、れ……?」
あまりにも突然の事態に驚きつつも、その美女に若干目を奪われていたカナタに対して、
「おっと、これは失礼を……名も名乗らずに突然お声をかけてしまい、申し訳ありません」
とんだ失態を、とさして反省もしていない表情で片手を額に当てた彼女は、まるで貴族の如き一礼をしながらニヤリと昏い笑みを湛えて――。
「お初にお目にかかります。 私の名はデクストラ。魔族の一人にして……恐るべき魔王、コアノル=エルテンス様の側近。以後お見知り置きを」
そう告げた美女の白い肌が、少しずつ浅黒い褐色へと変わり、頭からは
「……ぇ、あ?」
……それはカナタにとって今日最大の衝撃だった。
この世界で生きるカナタにとっては、この世界において自分たちを滅し、支配せんとする魔族の存在の方が、より現実味のある脅威に感じられていた。
「随分困惑されている様ですが……一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
そう告げられたデクストラの言葉に、カナタは強い既視感を覚えてしまっていた。
(……あの時と同じだわ)
それもその筈……あの
「……は、い」
か細く震える声でそう答えると、デクストラはその整った表情をニコッと笑顔にさせて、
「ではお聞きしますが……あの少女は、聖女である貴女が召喚した勇者様、という事で宜しいですか?」
食い入る様にカナタの顔を覗きこみつつ、彼女はまるで見ていたかの様にそんな事を問うてくる。
――これも、同じだ。
あの
「……そうです、が……それが、一体……?」
カナタがおそるおそる答えると、デクストラは心底満足げな表情を浮かべながら、
「成る、程……そうですか、そうですか……」
その事実を噛み締めるかの様にうんうんと頷き、小さく小さく呟いて、ふふふと微笑んだ。
「な、なに、を……」
彼女の笑みの意図を掴めず、カナタが言葉に詰まりつつも問いかけると、あぁ、とデクストラが反応し、
「実はですね、今回の
そんな衝撃の事実を、本当に何気なく語ってみせた事で、カナタはポカンとしてしまう。
「は、え?」
一体私は何度驚けばいいのだろう、諦念にも似た感情がカナタに湧いてくる。
まさか、魔王を討伐せんとする勇者の召喚を、魔族どころか
「あぁ、ですがご安心を。魔王様はあの小さな勇者に危害を加えるつもりはありません」
そんなデクストラの言葉を聞き、何故かカナタは無意識の内にほっとしていた。
半強制的に異世界に召喚し、魔王討伐を勧めておいて何を、と思われても仕方無いが、これ以上あの少女に不幸で危険な目にあって欲しくなどなかったのだ。
――だが、そんな彼女の想いはあっさりと覆されてしまう……他でも無い、目の前の魔族によって。
「……とはいえ、干渉しない訳では無いのですよ。どうやら魔王様はあの勇者に一目惚れしてしまった様でして……昔から可愛い物には目が無いのです」
「え……!?」
先程までの安堵した気持ちを返して欲しくなる程、カナタは再び驚愕してしまった。
これでは結局、この世界にいる限りあの少女は魔族に追われる身となってしまうではないか。
カナタはせめてもの抵抗としてデクストラを睨みつけるが、何処吹く風とばかりに彼女は微笑み、
「ふふ……では私はこれで。あの少女の元へ向かう部下たちを選別しなければなりませんし」
片方の腕を上に伸ばし、その手に薄紫色の魔力を込めてからカナタの方を向いたまま、
「『
そう呟くやいなや、彼女の真上に同じ色の大きな魔法陣が出現し、ゆっくりと彼女の元へ降りていく。
デクストラの身体が魔法陣に包まれかけていた時、彼女がふと何かを思い出したかの様に口を
「あぁそうです、言い忘れていましたが……魔王様は二度の
「ぇ、は……!?」
何の気無しに告げられたこれまでで最も衝撃的な発言に、もう驚く事は無いだろうと思っていたカナタはまたもや目を見開いてしまう。
その言葉を最後に、デクストラは魔法陣へ吸い込まれる様に姿を消し、何処かへと転移した。
(……どう、しよう……どうしたらいいの)
その場にぽつんと残され、脳内で苦悩するカナタには……二つの選択肢があった。
一つは、この国の聖女として……まず間違い無く亡びゆくのだろうルニア王国やその民と心中する事。
――そして、もう一つは。
(……あの子への、償いを)
カナタは首を振ってからすぐに決意し、この国を発つ準備をすべく行動を開始する。
いずれは異変を感じた者たちも、王城へ、そして王の間へと駆けつけるだろうが……もう、手遅れだ。
(ごめんなさい、私は)
自分に大した力は無いが、それでも魔族の手からあの少女を守りたい……カナタはそんな身勝手ともとれる思いを胸に秘め、彼女たちの後を追わんとする。
聖女、魔族、そして
いつの間にか、
――望子は、知る由も無い。
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