第12話 ちやほや勇者

 しばらく望子を抱きしめていた亜人ぬいぐるみたちは、誰からでもなくそっと体を離し、望子にも分かりやすい様に自分たちが置かれている状況について話し始めた。


 ここが地球とは……日本とは違う世界である事、喚び出したのはそこで倒れている聖女である事、異世界でもお金は必要だろうからと宝物庫にいる事。


 ――そして。


「元の世界に帰る為には、魔王? ってのをころ……あぁいや、倒さなきゃいけねぇらしいんだ」


 こんな小さい子相手に『殺す』って表現はな、と思った人狼ワーウルフは言葉を選んでそう言い直し、

「そ、そうなんだ……?」

 望子は極めて大まかにではあるものの、帰る為にしなきゃいけない事がある、とは理解出来ていた。


 そんな会話をしていた横で人魚マーメイドが、あ、と声をあげた事で他の三人が、ん? と顔を向けて、

「いるかさん、どうしたの?」

「何か気づいたのか?」

 望子と人狼ワーウルフが心配そうに声をかけるが、彼女は少し思案する様な仕草を見せてから、

「……んーん、何でもないよ。 気にしないで、ね?」

 心配しないでと言わんばかりに、二人に対して……いや、特に望子に対して笑顔を浮かべる。


(あの事は……言わない方がいいかな、今は)


 ここでさっきの話は嘘、帰る方法なんて無い、そんな事を言ってしまえば望子が悲しむかも……そう思い口を噤む事を選択した人魚マーメイドに、

「ねぇ、一つ聞いてもいいかしら」

 突然、鳥人ハーピィが彼女の肩をつつき、怪訝そうな表情を湛えて小声で話しかけてきた。


「うん? どうしたの?」


 人魚マーメイドが首をかしげて聞き返すと、鳥人ハーピィは更に彼女へ近寄りひそひそ声で――。


「貴女……何か隠してない?」


 そう告げられた言葉に人魚マーメイドは少しだけドキッとしたが、なるだけ冷静さを保ちつつ、

「……何の事?」

 これは知られない方がいい事だ……あくまでもその考えを貫き、きょとんした表情を作ってそう言った。


「望子が起きる少し前、聖女と何か話してたでしょ」

「……っ」

「彼女……怯えてる様に見えたけど」


 眉を顰めてそう話す鳥人ハーピィの言葉を聞いていた人魚マーメイドは、ある一つの可能性に思い当たり、

(……話は聴こえてなかった、のかな)

 それなら誤魔化せるかもと考えて、彼女は咄嗟に言い訳をしようとする。


 ……奇しくも、聖女カナタと同じ様に。


「……怯えてたのはずっとだよ、ボクたちがずいぶん脅かしちゃったんだからさ」


 少し視線を逸らしながら、何とか言い切る事が出来た人魚マーメイドの言葉に、鳥人ハーピィは首をかしげたものの、

「……まぁ、そうね。疑ってごめんなさい」

 これ以上は聞き出せそうに無いと判断したのか、軽く頭を下げてから話を終わらせた。


(……これでいい、よね?)


 自分たちには望子がいればいいが、望子にはまだお母さんが必要なのは誰の目から見ても明らかであり、そんな望子からわざわざ帰還方法きぼうを奪う事は無い、この世界を旅する中で見つければいい。


 そう考えた人魚マーメイドが、うんうんと頷き自分を納得させる一方で、望子への説明を終えた人狼ワーウルフが、

「じゃ、さっさとこんなとこ出て外行こうぜ!」

 至って元気な声で提案すると、その声に二人の亜人ぬいぐるみが真っ先に反応してそちらに顔を向けつつ、

「そうね。 名残惜しくも無いし、行きましょうか」

「ちょっと楽しみだね! 外はどんな感じなのかなぁ」

 こちらも明るく賛同し、鳥人ハーピィの観察眼により選別された宝を運び出そうとした時――。


「ちょ、ちょっとまってみんな」


 か細い声で望子が三人に声をかけると、瞬時に亜人ぬいぐるみたちが食い入る様に身を乗り出して、

「おぅミコ! どうした? 何かあったか?」

「お姉さんに話してみて? ね?」

「ボクが何でも解決しちゃうよ!」

 あたしが、私が、ボクが……と協調性の無さを存分に発揮し、望子の次の言葉を待つ。


 そんな彼女たちに無自覚とはいえ少し引いた様子の望子は、あ、あのね? と話し出し、

「おたからをもらうってことは、どこかでおかねにかえてもらうんだよね?だったらはじめからおかねをもらったほうがいいんじゃないかなぁ、って……」

「「「……!」」」

 完全に略奪者思考だった三人には、ここが王城だという事もあり金目の物を奪う事しか頭に無く、望子の提案が青天の霹靂にも思えた。


「そ、そういやそうだな……別に宝じゃなくてもいいのか……うっかりしてたな」

「……そもそも国の宝じゃあ、売ろうにも足がついちゃうかもしれないわね」

「流石みこ! ボク全然思いつかなかったよ!」


 三者三様に望子の提案を肯定する発言をした亜人ぬいぐるみたちは、偉い偉いと望子を褒めて、

「そ、そうかな? ぇへへ……」

 そんな彼女たちに対し照れ笑いを浮かべる望子に、三人はきゅんときてもいたのだった。


 その後、望子の笑顔に緩みきった自分の頬を、人狼ワーウルフが両手で挟みこむ様にパンッと叩き、

「よし! そんじゃあかね貰っていくか! 案内を……っと、倒れてんだっけか。 どうすっかなぁ」

 そう言ってふいっと聖女がいた筈の方に顔を向けたが、彼女が倒れていることを思い出す。


 だがそんな彼女の言葉や困惑気味の表情とは対照的に、鳥人ハーピィは何かを手に持った状態で、

「別にいいんじゃないかしら、ほらこれ」

「ん? 何だそれ」

 見せつける様に望子たちの前に差し出したのは、地球にもありそうな小さめの箱の様なデザインの鞄。


「さっき見つけたのよ……ちょっと見ててくれる?」


 高そうな物を探してる途中にね、と付け加えてからそう言うと、彼女はもう片方の手にいつの間にか持っていた宝飾付きの絢爛な盾を鞄に入れた。


 ……明らかに鞄より大きな、その盾を。


「おぉ!?」

「えぇ!?」

「わぁ……!」


 亜人ぬいぐるみたちは目を見開いて驚き、望子が感嘆の声を上げはしたものの、ここで人魚マーメイドが、

「……でも、それが何?」

 宝は持っていかないんだよ? と付け加えて問いかけると、鳥人ハーピィは鞄に手を入れて何かを取り出し、

「はいこれ」

 未だ物珍しそうに鞄を見つめていた人狼ワーウルフに、それを手渡して短くそう言った。


 何だこりゃ、と人狼ワーウルフが疑問の声を上げつつチャリッと音を鳴らすと、あっと何かを察した望子が、

「……もしかして、ここのおかね?」

「えぇ、多分ね」

 自分なりに推測してそう口にして、鳥人ハーピィがそんな望子の言葉を肯定し、チラッと視線を向けた人狼ワーウルフの手の中には、数枚の金貨や銀貨が握られている。


「これと同じ匂い、貴女なら辿れるんじゃない?」


 先程の、匂いがどうのといった彼女の発言を覚えていた鳥人ハーピィが、貴女が頼りなのとばかりにそう言うと、

「! 成る程な! よーし任せろ!」

 鳥人ハーピィにそう提案された人狼ワーウルフは通貨の匂いを覚え、すんすんと鼻を鳴らして探り始めた。


 しばらくすると、彼女はハッと目をひらき、彼女自身が破壊した扉の方向を見遣ってから、

「……よっしゃ見つけた! 行こうぜ!」

 余程嬉しいのか大声で叫ぶ人狼ワーウルフに、望子を含めた三人は若干の呆れを見せながら、

「はいはい、分かったからもう少し静かにね」

「もー……耳に響くぅー……」

「あはは、げんきだね……」

 口々にそう答えて前を歩く彼女に倣い、倒れた聖女を壁に寄りかからせてから宝物庫を後にする。


 その後、無事に大きな金庫を発見した四人は、なるだけ静かに扉を破壊して大量の金貨を拝借し、こっそりと、されど速やかに王城を出る事を選んだ。


 ――主を失った、その城を。

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