第8話 悪しき天啓

(どう、したら)


 目の前の亜人族デミたちへ、どう事実を伝えるべきか……聖女カナタは逡巡していた。


 一罪悪感から死を覚悟した彼女ではあったが、先程のやりとりにより全身が恐怖に染まりきっている。


 ……言える筈が無い。


 帰り方なんて知らないばかりか、そんな方法があるのかどうかも分からないなんて。


 ただ殺されるだけならそれはいい、だが彼女たちが王を殺害した際の残虐さや冷徹さ、あの少女を想う病的なまでの感情を垣間見た今、きっと死ぬだけではすまない……そう、思ってしまっていた。


「……ねぇ、聞いてんの?」


 口ごもるカナタに対して痺れを切らしたのか、人魚マーメイドは更に詰め寄り、そう口にする。


 本当に少しずつではあるが、その青い瞳が怒りの色を帯びている、カナタにはそう見えていた。


(どうすれば、どうしたら……あっ)


 ……その時、カナタはある案を思いついた。


 だがそれはあくまでカナタにとっての天啓であり、少女たちにとっては決して良い提案とは言えない。


 しかし、これを信じてさえくれればとカナタは決意を固めて、いつの間にか一様に意識を手放していた臣下たちに興味を無くし、こちらへと近づいてきていた人狼ワーウルフを含めた三人の亜人族デミに向け、

「……帰る方法は、あります」

 カナタが神妙な面持ちでそう告げると、亜人族デミたちは三者三様の反応を見せる。


「ほんと? なら良かった」

「ふぅん……」

「嘘じゃねぇだろうな?」


 ――やはり、信用はされていない。


 だがそれもこれから話す内容次第、カナタは頭の中でここまでで得た情報を整理しながら、

「貴女たちが大切にしているその子は、勇者召喚サモンブレイヴという秘術で……この世界を救う勇者として私たちが……いえ、私が喚び出しました」

 あろう事か、今この場で即興の帰還方法を紡ぎ出す事を選択していたのだった。


「……この世界は随分と平和と程遠いのね」


 その一言で、地球程平和では無いのだろうと判断した鳥人ハーピィがそう口にして先を促す。


 ……果たして地球が平和かどうかと問われれば、微妙なところではあるのだが。


「はい、百年ほど前に突如現れた魔族たちによって、世界の半分以上が支配下に置かれているんです」


 その言葉を受けたカナタが震える声でこの世界の現状を説明すると、はぁ、と人狼ワーウルフが溜息をついた。


「てめえらで戦えって言いてえとこだが……強そうな奴のしねえんだよなこの辺」

「……におい?」


 そんな人狼ワーウルフの突拍子もない曖昧な発言に、人魚マーメイドがすんすん、と鼻を鳴らす。


「ん? あぁ、なんとなくだけどな、少なくともあたしより強いのはいねえってのがわかるだけだ」

「へー、便利だね」


 一方、人魚マーメイドの疑問にふわっとした答えを返した人狼ワーウルフに対して、理解したのかしていないのか、人魚マーメイドも同じくふわっとした返事をしていると、

「……話が逸れてるわ、続けてくれる?」

 鳥人ハーピィが二人の会話を終わらせて、そのままバトンをカナタに渡してみせた。


 ――ここからが、正念場だ。


勇者召喚サモンブレイヴとはつまり……この世界を侵す魔族を、ひいてはその魔族たちを統べる『魔王』を討伐せしめんとする者を喚び出す儀なんです」

「……成る程ね、読めてきたわ」

「……んー? どういうこと?」


 カナタの完璧とは言い難い説明でも理解出来たのだろう、納得する鳥人ハーピィとは対照的に、何やら頭がこんがらがっている様子の人魚マーメイド


「……その魔王ってのをあたしらに倒せって?」

「は、はい、そうなります」


 そんな人魚マーメイドの疑問を解消する様に、人狼ワーウルフが乱暴な口調で結論づける。


 ――信じて、もらえた?


 カナタは少しだけ安堵したが、それも無理はないだろう、亜人族デミたちが現れてから今の今まで、全く心の休まる暇が無かったからだ。


「面倒くせぇなぁ……でもミコの為だしなぁ」

「まぁ、望子が目を覚ましたら一度話し合いましょうか。決めるのはそれからでも遅くないわ」

「うんうん、そうしよっか!」


 そんな亜人族デミたちの会話を聞き、一息ついたのも束の間、人狼ワーウルフが再びカナタに声をかける。


「なぁ」

「はっ、はいっ!」


 思わず声が上ずってしまうカナタだったが、そんな事は気にも留めず、

「王様がいたって事は、ここって王城なんだよな?」

 人狼ワーウルフは特に笑顔などを浮かべる事も無く、随分と今更な事を尋ねてきた。


「そう、ですが……それが何か?」


 機嫌を損ねない様に言葉を選んで聞き返すと人狼ワーウルフは、カナタの十五年という短い人生において一度も見た事のない様な邪悪な笑みを浮かべ、

「なら、金目の物の一つや二つ、あって当然だよな」

 またも当然であろう事を、改めて確認するかの様に問うてくる事にカナタは違和感を覚える。


 だが、だからといって尋ね返すのも恐ろしく、今は素直に答えておこうとカナタは口をひらき、

「……ぇ、えぇ、まぁ、おそらく」

「じゃあ、そこ連れてけ」

「……えぇっ!?」

 何の気無しに告げられたその言葉に、カナタは少し遅れて反応し、その表情を驚愕の色に染めた。


「そっ、それは私の一存では……!」


 力では勝てるべくもないゆえに、彼女は言葉で必死に抵抗してみせたのだが、

「でも、貴女が決めるしかないんじゃない? 貴女より位の高そうな人は……あんな状態だし」

 そんな鳥人ハーピィの声を聞いてふと目を遣ると……ルドマンは、肉片や衣類の切れ端の散らばる血の池に手をつき、

「……あぁ、へいか……ぁああ」

 何かそんな事を呟きながら、パシャパシャと音を立てて血を掬い、溢し、また掬い――。


 ――彼はもう、壊れていた。


 露骨に視線を逸らした後、完全に諦めたカナタは三人の亜人族デミを引き連れ、宝物庫へ向かう。


 ――勇者みこはまだ、目を覚まさない。

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