第9話 宝物庫での一幕
その腕に少女を抱いたまま、
(だ、だめ、ころされ――)
目の前に迫る脅威に屈しカナタは完全に膝をついたが、そんな彼女に向け笑みを崩さぬまま、
「一つ、聞いてもいい?」
「……!」
大声を出すまいと口を抑えていた先程とは違い、返事をしようにも声が出ず、ぱくぱくと口だけが動く。
津波の様に押し寄せる恐怖に、最早彼女の身体は言う事を聞かなくなっていた。
それでも何とか首を縦に振る事で、目の前の
すると
「さっきさぁ、まおう? ってのを倒せば戻れるって話、してたよね?」
「……!」
疑問符をいくつか登場させつつそう告げられた疑問に、カナタはこくこく、と頷き、先を促す。
――瞬間。
「あれさぁ……嘘でしょ?」
――思考どころか、呼吸すら止まりかけた。
なんで、どうして、いったいなにが……この短時間で何度浮かんだかも分からないそれらの言葉が今、カナタの頭の中いっぱいに溢れ返る。
そんな彼女に対して
「なんで、って顔だね。まぁボクにもよくわかんないんだけど……キミ、ボクたちが出てきてからずっとドキドキしてたじゃん?」
あっけらかんとした様子で話し出す彼女の言葉に、カナタとしては思い当たる節がありすぎた。
(正直、今だって)
……そう、彼女の胸は今にも張り裂けんばかりに脈動し続けている。
何であれば、彼女たちに殺される前に死んでしまうのでは、と思う程に。
「でもさぁ、ある時だけ急にドキドキが収まって、落ち着いてる様に
「!」
「そ、まおうがどうのこうの言ってた時だよ。だから、怪しいなぁ、もしかして嘘かなぁって思ったの」
そう語る
(
カナタにはこれらが
その証拠に
本人にとっては質問……ではなく、確認だったのかもしれない。
「キミなりに……死にたくないからって頑張って考えたんだろうけどね」
そう言うと
「ぇ……?」
そこでようやく言葉を発せられたカナタへ向けて、
王を惨殺した時の様に無意識にでは無く、途方も無い程の純然たる殺意を持って。
「そういうタチの悪い嘘、つくべきじゃ無かったね」
「っひ、あっ」
心の底から怯えきり、芯を折られたカナタの口からは、言葉とも呼吸音ともつかない物しか出てこない。
「大丈夫だよ、あの王さまみたいに半端に残したりしない。ぜんぶぜーんぶ……呑み込んであげる」
そう告げる
丁度彼女が乗っている水玉の様な物だが、一つだけ違うのは目の前の渦潮からは……絶対的な破壊の意志しか感じられない、という事。
「ぁ……あぁ……」
カナタは動かない……いや、動けない。
拘束されているわけでもなければ、動くなと言われたわけでもない。
それでも、彼女は動けなかった。
彼女の深く青い瞳を見て、この日感じた恐怖が一瞬の内に蘇り……彼女の身体を侵食していたからだ。
――じゃあね、聖女サマ。
そんな言葉が随分遠くに聞こえた気がして、あぁ、私はこれから死ぬんだ……いや、もう死んだのかなと
(……あれ……?)
だが、いつまで経っても痛みが来ない……いや、痛みの生じる事の無い魔術だったのかもしれないが、こうやって思考出来ているという事は――。
(私、生きてる……?)
……そう、聖女カナタはまだ生きており、身体どころか身につけていた神官服や、儀式に必要な装飾品一つにさえ、一切の傷が無かった。
(どうして、彼女に何か)
全く理解が及ばず、ふとカナタが脳内でそう呟いておそるおそる顔をあげるとそこには。
「ん、んうぅ……?」
「みこ……? みこ! よかった! 目が覚めたんだね! 二人とも! みこが起きたよー!」
そう、少女が漸く目を覚ました事で、
「ほんとか!? ミコ、怪我はねえよな!?」
「望子……! そうだわ、気分が悪かったりしない?」
すると二人は、運んでいた財宝を投げだして一様に望子を囲み、頭を撫でたり抱きついたりしている。
一転蚊帳の外となったカナタは、命が繋がった自分の幸運と、そのきっかけとなった
(たす、かっ……)
この日、初めて彼女に訪れた真の意味での安堵からかその意識を……完全に手放した。
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