第3話 賢王の愚行

「――これより、勇者召喚の儀を執り行う。聖女よ、ここへ」


 しゃがれつつも重々しい声でそう告げたのは、かつて商業や軍事において他国を圧倒し、何一つ恥じることのない大国であったルニア王国の国王である老爺、リドルス=ディン・アーカライト。


 その声に応じ、リドルスの前に跪いたのはこの世界においても希少な『選ばれし者』、白と水色が基調の神官服を着たカナタという名の金髪の少女であった。


 そんなカナタに対して、極めてつまらなさそうな視線を向けていたリドルスがゆっくりと口をひらき、

の補充は済ませてあるな?」

「……っ、はい」

 そう告げられた覆しようの無い事実に、カナタは昏い感情を出来るだけ表に出さぬ為、無表情で答える。


 その時、カナタがリドルス以外にこの場に……王の間に居合わせる者たちへ目を遣ると、彼らは気まずさを少しも隠さず、彼女からスッと視線を逸らした。


 ……それもその筈、彼らも本来この勇者召喚の儀には否定的な意見を示していたからだ。


 だがそんな彼らの心情など微塵も構うことなく、リドルスはかつて国の全ての者たちに語った時の様に、再び『勇者』の重要性について言葉を紡ぎだす。


「……この世界には、およそ『勇者』と呼べるような者はおらぬ。百年前、地の底より突如蟲の如く湧き出た『魔族』たちが現れるまで、この世界は余りに平和を享受しすぎていたのだ」


 実に重々しい表情と声音でそう語るリドルスの言い分は……何一つ間違っていなかった。


 現にこの百年間、この世界の人族ヒューマンや魔族に与しない亜人族デミたちは、銘々武器を取り魔術を行使し、可能な限りの抵抗を試みたものの、結果はそぐわない。


 苦虫を噛み潰し、挙句飲み込んだ様な表情を微塵も隠そうとせず、リドルスは話を続ける。


「だからこそ……力が、『勇者』が必要なのだ。あの忌々しい魔族どもに、そして彼奴きゃつらを統べる『魔王』に勝利し得る……絶対的な希望が」


 彼は……リドルスは、決して現状を理解しようとせずに暴挙に出てしまう様な愚者ではない。


 魔族との戦争に苦戦し、人族ヒューマン亜人族デミ問わず殆どの国やその民、魔術や技術が取り込まれる中、未だに多くの臣下を従え、民を保護出来ているのは他でも無い、『賢王』であるリドルスあってこそだからだ。


 ……だが、今の彼の目は『賢王』と呼ばれた過去のものとは違い、黒く澱んでいる。


 十年前、私どもで王の力になれるならとその身を捧げた国民たちをとし、おこなった『勇者召喚』。


 国の誰しもが勇者の出現に心踊らせ、やっと虐げられるだけの日々が終わる、そう思っていた。


 ――しかし、その思いは実を結ばない。


 人々の尊い犠牲や文字通り身を削る様な苦労を嘲笑って現れたのは勇者などでは無く、漆黒の翼を携え圧倒的な闇の力を纏う少年の様な『何か』だった。


 既に王であったリドルスを含め、全ての者たちが絶望する中、当代一とまでわれた当時の聖女が、自らの命を糧としてその『何か』の封印に成功した為、一国の崩壊という最悪の事態は回避出来ていた。


 その場にいた者は皆、王の為に、民の為に……そして国の為に命を賭した聖女を讃えたが、ただ一人リドルスだけは、深い哀しみに打ちひしがれていた。


 何故なら、封印の際に『何か』が必死に抵抗した時の余波により、妻を早くに亡くしたリドルスのたった一人の家族であり、いずれは後継者となっただろう王女のリティシアが亡くなってしまっていたからだ。


 ……その時から、なのだろう。


 リドルスの目には何も映っていない。


 リドルスの手は何も救わない。


 そしてリドルスの頭には、人族ヒューマンに仇なす者たちへの憎悪以外は存在しない。


 故に彼は再び民に呼びかけ贄を募り、勇者さえ喚ぶ事が出来れば、あの時の王に戻ってくれるかもしれない、と国民たちもその声に応じ、身を捧げる。


 ――この国はもう、狂っていた。


 そして今……十年の時を経て、ルニア王国王都セニルニアにて禁断の秘術、『勇者召喚サモンブレイヴ』が聖女の手により行使される――。

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