第2話 望子の夢
――その夜、望子は夢を見ていた。
いつものように、母である柚乃と一緒に台所に並んで仲良く料理をする……そんな夢。
母と二人で暮らしている望子は、幼いながらに母のことを
写真も碌に残っておらず、顔もうっすらとしか覚えていない父親の代わりにはなれないが、ありがとうと褒めてくれる母の笑顔が大好きだった。
(……ぇへへ)
夢の中でも同じ様に褒めてもらえている事に、望子はまた嬉しくなる。
あしたもがんばろう、望子の心の中はそんな温かい気持ちでいっぱいだった。
夢の中の自分たちが料理を終えると、ふいに先程挙げた様な洗濯や掃除の手伝いの場面へ切り替わる。
黒く綺麗な髪を優しい手付きで梳く様に撫でながら褒めてくれる母に、望子もまた笑顔を向けて――。
……望子はこの時、少しだけ違和感を覚えた。
(……おかあさん?)
何故だろうか、間違いなく母であるはずなのに、その表情にどことなく影が差し、全く別の何かである様に見えてしまっていたのだ。
(おかあさ――)
夢の中とはいえ、その違和感を拭いたくなった望子が声をかけようとしたその瞬間、突如母が望子の腕を掴み、どこかへと引っ張っていこうとする。
(ぇ、い、いたい! いたいよおかあさん!)
無論、夢の中なのだから痛みなど感じるはずもないのだが、望子にはこれまでの人生で感じたどんなものよりも辛く、苦しい痛みに感じられていた。
……相手が他でも無い、最愛の母だったからかもしれないが――。
(なんでこんなこと)
黒い瞳に涙をいっぱいに溜めながら、望子はそう呟いてからパッと顔を上げてもう一度母の顔を見た。
……瞬間、望子の思考が完全に硬直する。
(ぇ……だ、れ……!?)
先程まで母の顔をしていた筈の目の前の女性が、望子の短い人生において一度も出会った事の無い筈の人の形をした何かへと変貌を遂げていたからだ。
(ぁっ……ぃ、いやっ! はなしてっ!)
ハッと我に返った望子は何とか逃れようと抵抗するものの、幼い少女の力では何の意味もなさず、ただひたすらに引きずられていく。
……これらは全て、望子が見ている夢の話。
これはゆめだからだいじょうぶ、と望子は焦りながらも理解はしていたのだが、たまに見る様なお化けに追いかけられたり、迷子になってしまったりといった『ちょっと怖い夢』とは何かが違う。
……そんな気がしてならなかった。
しばらくすると、ズルズルと引っ張られていた先に一筋の明るい光が見えたが、望子にはその光がとても恐ろしい物に感じられた。
もしもその先へ行ってしまったら、もう二度と母には会えなくなってしまう様な気がして――。
(たっ……たすけてぇっ!!)
もう自分ではどうにもならない、そう理解した望子は精一杯力の限り叫んだ。
どんな時も傍にいてくれる、大好きな母に向けて。
そして――。
眠りにつく寸前まで一緒だった三つの……いや。
……
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