第4話 聖女の葛藤

『異界よりきたりしもの、なんじ、昏き闇を打ち払う一筋の光となり、まばゆい未来をひらく一粒の希望となる――』


 国王や臣下たちが見守る中、王の間に展開された青白く……どこか妖しい光を放つ大きな魔法陣。


 その前に膝立ちし、両手を組んで祈りを捧げて詠唱をする神官姿の『選ばれし者』、聖女カナタ。


 その最中にあっても彼女はこの儀に対して、そしてこの国や王に対しての不信感を持ち続けており、

(本当に、これでいいのかしら)

 脳内で密やかにそう呟きつつも、今更止める事など出来もしない為、詠唱を口にし続ける。


 確かに王の言う様に、この世界は魔族によって半分以上を掌握されており、脆弱で惰弱な人族ヒューマンの国々などいずれはその全てを支配されてしまうだろう。


 今こうやって生き残っている自分たちでさえ、ほんの気まぐれで生かされているに過ぎないのだから。


 ……実を言えばカナタ自身、ほんの少しの淡い期待を抱いてはいるのだ。


 召喚された何某かが、この絶望に満ちた世界を少しでも良い方向に変えてくれるのでは、と。


 彼女は十年前、僅か五歳であり、前回の勇者召喚の儀を伝聞でしか知らないのだから、それも無理はないかもしれない。


 しかし、いくら勇者の資格を持って喚び出されるとはいえ、この世界のことを碌に知らず、その瞬間まで平和に生きてきたかもしれない異世界人に世界の命運を背負わせるなど、と考えてもいるのは事実だった。


 彼女も結局は宮仕えの身であり、上の判断を真っ向から否定することなど出来はしないのだが。


(私も同罪、よね。恨んでくれてもいいわ、勇者様)


 脳内での呟きでさえ年齢にそぐわない大人びた口調をしていたカナタは、終わりに近づいていた詠唱を言い切る為に深く息を吸った。


 ――拭いきれない、罪悪感を胸に。


『数多の悲憤を上回る、輝かしいまでの希望をどうか我等に、なんじ――救世の勇者也』


 詠唱を完全に終えた後、一呼吸置いてからカナタは覚悟を決めて……確かな声音で唱える。



勇者召喚サモンブレイヴ



 瞬間、魔法陣から放たれていた青白い光が更に強まり、王の間ごとその場にいた全ての者を包み込む。


 おぉっ、と周りにいた者たちから感嘆の声が上がるが、それも一瞬だった。


 臣下たちや近衛兵の殆どが、あまりのまばゆさに目を閉じ逸らしてしまう中、カナタとリドルスだけは光り輝く魔法陣を瞬き一つせずに見つめている。


 かたや、人族ヒューマンに希望を与える存在であれ、と。


 かたや、魔の者に絶望を与える存在であれ、と。


 両者の思想に差異はあれど、願う事は同じ。



 ――どうか、現状を打ち破る力を。



 次第に少しずつ光が弱まり、臣下や近衛兵たちも魔法陣の中心に目を遣り始める。


 そして彼らは、そこに現れた勇者である筈の者を視認したが……少なからず、落胆した。


 勇者召喚サモンブレイヴにて喚び出されたのだから、何かしら人並み外れた力を持っているのだろう、とは思うが――。


「……どう思う?」「何とも言えんな……」「あれは、耐えうるのか?」「いや、どう見ても……」


 不信感を少しも隠そうともしない臣下や近衛兵たちだったが、それも仕方ないのかもしれない。


 魔法陣より召喚されたのは、おそらく獣を模しているのであろう三体の人形パペットを抱え、誰の目から見ても明らかな、年端のいかない――。



『……ぇ?』



 ――寝間着姿の、少女だったのだから。

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