夜の匂い

 夜の匂いがする。

 夜中。寝付けなくてタバコでも吸おうとベランダに出た時、ひんやりとした寒さに身を竦めて余計に眠気が冷めそうだと思っていたところに鼻孔を擽る風。

 私はそれを何の根拠もなく夜の匂いだと思った。

 この匂いを嗅いだのは新聞配達のアルバイトをしていた頃。夜中に新聞を積んだカブで走り回っていたあの時によくあの匂いを嗅いでいた。多分、雨や雪でアスファルトやコンクリートが濡れた時のにおい。

 匂いは記憶と強い繋がりがあると何処かで聞いたことをぼんやりと思い出す。実際、この匂いでアルバイトの頃を思い出したのだから間違いではないのかもしれない。

 大して賢くもない頭でそんなことを考えながら煙草に火を点ける。夜の匂いは煙草の煙にあっという間に掻き消えて……。それが少しだけ寂しいと思ってしまった。

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