第1話 はじまりの光【予感】

           *



 その夜。

 地上では月が陰っているのだろうか。木漏れ日の森は微かな明かりも見えず、闇に包まれていた。


─わしはちょっと寄るところができたから先に帰っといてくれ

 キノはそう言うと、なぜかムーンドリップ城の方へと歩いていった。

 一人家に帰ったルーは、今にも雨粒が落ちてきそうな岩盤そらを窓越しに見上げ、昼間市場で買ったトケティーの唐揚げをつまんでいた。

 森が泣きたがっている。ルーはなんとなくそう思った。

 しばらくして、木製のドアの「ギィー」と鳴る音がキノの帰宅を知らせる。

「なんじゃ、またボーッとして」

「別に何でもないさ。唐揚げ作っといたから。俺は今日はもう寝る。おやすみなさい」

 階段を上がるルーの頭の中では依然として、昼間のメルのことがフラッシュバックしている。

 あの感覚はなんなのであろうか。ただの恋にしては強すぎる。

 何なのかはわからない。しかし、ルーとメルはいずれまた出会うそんな気がした。



            *



 同時刻。

 メル率いる白の騎士団『太陽組』一番隊は、木漏れ日の森の奥地にあるマザーズの村を訪れていた。


 『マザーズ』とはルピス王国が建国される以前から深界に住んでいた赤い目を持つ人々の総称である。

 彼らは暗闇で生活するために、闇を見渡す赤い目だけではなく、一キロメートル先のコインの落ちる音も聞こえるという大きな耳、人間離れした直感力と様々に進化してきた。

 一方で、彼らは光に滅法めっぽう弱い。直に強い光(特に日光)を浴びてしまうと、皮膚が焼け落ちてしまうほどだ。

 マザーズが基本的に温和おんわで平和的な性格ということもあり、現在、マザーズとルピス人は友好関係にある。

 マザーズが深水魚やヒカリサンゴなどの特産品を奉納する代わりに、白の騎士団は辺境まで出て、マザーズの村を魔女とグリードから守っている。

『魔女』とはマザーズの過激派である。


※深界生物File No.4

『ヒカリサンゴ』…地下の放射線を食べ、冷光ルミネセンスするサンゴ。地下世界を淡く照らしている。マザーズでは加工してランプにするなど、貴重な産業資源である。5月の産卵の時期には、ルピス王国からもたくさんの観光客が訪れる。


村の砦の門から、曲がった腰に杖をつき、あごから地面につきそうなほど長い銀色のひげ生やした老人と若い御付きの者二名がこちらへやって来た。

「ようこそいらっしゃいました。メル殿、この度は隊長就任おめでとうございます。お若いのに素晴らしいですな」

 この村の村長であるジューロウは優しく微笑みながら言った。

「ありがとうございます。村長こそお元気そうで何よりです」

 メルは左ひざを折り、右手を胸に当てて言う。白の騎士が敬意を表すときにするポーズである。

「そんなにかしこまらないでください。いつも騎士団殿が魔物グリードから私達を守ってくださっているから、皆こうして暮らせているのです。さあ、顔をあげてください。ご馳走ちそうをたくさん用意しています。今宵こよいは楽しみましょうぞ」

 そう言うとジューロウはフォッフォッフォッと笑いながら、ヒカリサンゴのランプで淡く照らされる古風な民家へと向かっていった。

「そうよぉ!戦いは永遠とわなんだから、休めるときに休んどかないとね。今くらい、楽しく待ちましょうよぉー!」

 同行していた前隊長のキャンティーはいつものように、メルのお尻を撫でながら言う。

「キャンティーさん、もう飲んでるでしょ……」

「あら、気づいた?相手の変化にいち早く気づくのも隊長の資質よ。あんたを隊長に選んでよかったわぁー」

 キャンティーはガッハッハと大笑いしている。

「誰でもわかります」

 メルは呆れて言う。

「ここは地下水が美味しいから酒も旨いの。あんたも大人になったらわかるわよ!」

 そう言ってキャンティーはメルの頭を三回叩き、ジューロウの後を駆け足で追っていった。

「ああいう大人にはなりたくないわ……」

 物凄い早さで小さくなるキャンティーの姿を眺めながら、メルはそうつぶやいた。




「あんた大丈夫?」

「一杯でこんなに赤くなるなんて、不覚です……」

 メルが白の騎士団の付き合いで、お酒を一杯だけ飲むことは少なくない。普段メルは、まだ若いとはいえ、一杯で酔うほどお酒に弱くはない。

─一週間前の任務の時、一回、胸の鼓動が急に早くなったことはあった。でも、それはその時だけ。それが何で……昼間の儀式以来……

 メルは夜風に当たるため、一人静かに外へ出た。




 赤青黄と色鮮やかに豪勢な深水魚の料理。マザーズの子供達は『キモーノ』と呼ばれる民族衣装を身にまとい、独特なリズムで打ち鳴らされる打楽器のリズムに乗って無邪気に踊る。

今宵のうたげは大盛況につき、続いていた。

 しかし、突如鳴り響く鐘の音が幸せな時間に終わりを告げる。

「敵襲ー!敵襲ー!北西からグリードが攻めて来たぞ!」

「ゴーンゴーン」と鐘を鳴らし、見張り台にいるマザーズが叫ぶ。

「全員、戦闘体勢!砦の門へ急げ」

 メルは急いで宴の場に戻ると、冷静に指示を出す。


「まったく……。百年の酔いも覚めるってもんよ!」

 キャンティーもゆっくりと立ち上がり、誰よりも早く砦の門へと駆け出していった。



            *



 少々時間ときさかのぼり、ここは木漏れ日の森。


─あぁ、愛しき我が子よ。運命日は今夜だ。必ず会いに行く。ずっと、千年待った、そのきぼうを手にいれるために


「また、この夢か」

 いつものように目を覚ましたルーが時計を見ると、短針たんしんは一の文字を少し過ぎたところにあった。

「まだこんな時間?それに夢もどこか、いつもと違ったような……」

「ボツボツ」と大粒の雨が屋根を叩く音がする。

 ルーはカーテンを開け、外を眺める。

 木漏れ日の森は昨日と打って変わり、どしゃ落ちぶりである。

 しかしルーの視線を奪ったのは、「ゴウゴウ」と唸るうなる雨の奥、傘もささずに走るキノの姿であった。その手にはいつもと違う、上に飾ってあった猟銃が握られていた。

「何で?じいちゃんが森の方へ……」

 ルーは跳ね起きると急いで階段を下り、雨が落ちふり続く森へと飛び出していった。

─嫌な予感がする……

 ルーの直感は確かにそう告げている。


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