第1話 はじまりの光【運命】

           *



 翌日。早朝。

 ルーとキノはここしばらくの収穫をまとめて売りに、ルピス王国の城下町を訪れていた。


 『ルピス王国』は別名『光の国』と呼ばれ、深界にありながら、ほぼ唯一にして最も光が降り注ぐ場所である。

 豊富な石灰石せっかいがんによって塗られたその白い町並みはまるで天国のように美しい。

 なぜ、深界でルピス王国にだけ光が注ぐのか。それはこの国の歴史に関係がある。

 約千年前の地震により地上の岩盤が崩れ、深界へと落ちてきた青い目の人々『ルピス人』が、この光射す土地に建国したのがルピス王国とされるからである。

 

「いらっしゃい!!今日はねぇ!朝一番でマザーから送られてきた幻の深水魚しんすいぎょトケティーが入ってきてるよぉ!!」


※深界生物File No.2

『トケティー』…ギョロりとした目に赤い鱗とトゲを持った、深界の川で採れる、深水魚。水の色に同化でき、捕まえることが難しく、高値で取引される。名前の通り、身はとろける美味しさだぞ!


「わぁー!!まじょがきたぞー!」

「あはははは!つーかまえたぁ!おまえのめをもらったぞー!」

 まだ、午前六時を過ぎた頃であるが、活気のある商人や元気な子供の声で、城下町はすでに騒がしくなっている。

 なぜなら、多くのルピス人は光に感謝しするために日の出と共に起床し、太陽へ祈りを捧げるのが日課だからである。

「お!ルー、ジゴクウサギをつかまえたのか。さすがだなぁ!こりゃあ、今日も市場が賑わうよ!」

「まあな。すげぇだろ!」

 顔見知りの商人がルーのベルトに吊るされたジゴクウサギを見て、声をかけてきた。

「なあ、トム。そんなことより、今日はなんかの記念日なのか?皆、いつもよりそわそわしてるけど」

「なんじゃ、ルーは知らんのか。今日は『白の騎士団』の新隊長就任の儀の日だぞ」

 横に立っていたキノが答える。

「さすがキノさん、詳しいねぇ!白の騎士団は魔女やその手下『魔獣グリード』から、民衆を守ってくれるヒーローだからな。皆、そわそわもするさ!」

「そういうことじゃ。ルーも少しは『モグラ新聞』読んだほうが良いぞ」

「キノさん。ここだけの話、今回の新隊長はそれこそルーくらい若くて、めちゃくちゃべっぴんさんらしいっすよ」

 トムは声をひそめて言った。

「それは楽しみじゃのぉ」

二人はムフフと笑っている。

「だめだこりゃ」

 そう呟くと、キノを置いてルーは自分達の露店の方へと歩き出した。




 時刻は十一時を少し過ぎた頃。

 ルー達の露店は城下町の東ブロックに位置する。


 東ブロックはルピス王国の中で最も光の当たらないブロックであり、その通りは日中でも薄暗くなっている。

 ここでは主に、深界の豊富な鉱石や材料を加工したアクセサリーや雑貨。深界に生息するクラオオクモの糸を材料とする『光る服』を販売するブティックなど、腕に自信をもつ職人が多く出店している。


※深界生物File No.3

『クラオオクモ』…深界に生息する体長約一メートルにもなる、巨大なクモ。体は黒いがお尻は光り、獲物を引き寄せる。光る糸はなんと大人百人が乗っても切れることはないとも言われているぞ!


 ルーの驚異的な販売スキルのおかげもあり、二人の商品は真っ青リンゴパイ(ルーのお手製)残り一個となっていた。

 そこへ顔見知りの主婦が一人やって来た。

「ウフフ、あらあら!ルーちゃん、今日も青いピアス似合っているわね」

 ルーがしている両耳のピアスは、今は亡き両親からの最初で最後のプレゼントである。

「おばちゃん久しぶり!リンゴパイあと一個なんだけど、買ってかない?」

「ウフフ、あらあら、相変わらず美味しそうね。旦那がルーちゃんのお菓子のファンだから買っていってあげようかしら」

「ありがと、毎度あり!」

 ルーはシシシと笑って、パイを袋に詰める。

「お!ロビンじゃないか。毎度、ありがとね」

「あらあらキノも、お久しぶりね」

「そうだ、ロビン。フランクのやつに、こいつを加工してもらうように、頼んでくれないか?」

 キノはルーに見えないように身をかがめ、布袋ふくろからこっそりジゴクウサギの赤目を取り出し、ロビンに渡した。

「あらあら、ルーちゃんへのプレゼント?明後日が誕生日だっけ。急ぐように、旦那に言っとくよ!」

「すまんな。よーし、お礼に代金を半額にしちゃおうかのぉ!」

「ウフフ、あらあら、それはありがたいわぁ。」

 ロビンは革の財布から半額二百五十ライ丁度を支払うと、足取り軽やかに立ち去っていった。




 ルーは手早く店じまいを済ませると、今日の売上が入った布袋ふくろを持ち上げた。その布袋からは、たしかな重みを感じる。

期待を込めて中を覗いてみると、ざっと三万ライはありそうだ。

「よーし。俺らも買い物しに、メインロードへ行行こう!」

「そうじゃな」

 二人は、メインロードが通る、城下町の南ブロックへと向かった。




 南ブロックに足を踏み入れると、メインロードの方からたくさんの歓声が聞こえる。

 近づいてみると、メインロードに沿って大勢の人が集まっているのが分かる。

 二人は人波ひとなみにもまれながら、集まる群衆の中を前へ前へと進んだ。やっとの思いで行列の一番前に出た時、群衆の歓声はひときわ大きくなった。

「わぁーーーーーー!」「メル様、素敵!」「頑張って!」

 黄色い声援が辺りを飛び交う。

 ルーはその声援が送られる先、つまりは皆がそろって向いている方を見た。

 ルピス王国を囲む砦の正門みなみもんから真っ直ぐ伸びるメインロードを通り抜けると、王国の中心に当たる。そこには王の住まう城『ムーンドリップ城』がそびえる。

 さらに、その王宮へと続く階段の一番上、王宮の玄関門げんかんもんの前に桜色の髪をたずさえた一人の少女が立っていた。

「じいちゃん、あの人が……」

「十五歳にして、薙ぎ倒なぎたおしたグリードは数知れず。ついたあだ名は戦姫せんき。彼女こそがメル=フェブリー=バレンタインじゃ」

 キノは先刻、トムに教えてもらった情報をそのまま話した。

「…………」

 十五歳とは思えない端正で大人びた顔つき。女性にしては太く、つり上がった眉からは意思の強さを感じる。そして、青緑色の美しいひとみは見るものをきつける。

 ルーはキノの話なんて半分で、見とれてしまっている。それを見たキノはニヤニヤしながら、指で輪っかを作り、それを覗き込むようにして言った。

「ルーよ、わしにはレンコンの穴から覗くようにお前の気持ちが筒抜けだのぉ。ズ・バ・リ、恋しちゃったんじゃろ!」

「ち、違うよ!」

 ルーは正気を取り戻し、慌てて否定する。

「いいんじゃ、いいんじゃ。わしもはやく孫が見たいし」

 キノはワッハッハと、とても愉快そうに笑っている。

「そんなことより!どうして、あんな若くて隊長になれたの?」

 ルーは思春期特有の恥ずかしさにられ、急いで話題を変えた。

 キノはまだ何か言いたげではあったが、

「前任のキャンティー=チュイン=カチュアルが還暦かんれきで勇退したからのぉ。そのキャンティーの強い推薦もあって、そこで白羽の矢しらはのやが立ったのが彼女だったわけじゃ」

 と説明した。

「キャンティーって、あの大酒飲みのおばあさんだろ。大丈夫なの……」

 キノとキャンティーは飲み仲間で、たまに家に来るためルーも顔は知っている。

「あいつはああ見えて、意外としっかりしてんじゃよ。そういえば。今日の夜に、白の騎士団がマザーズの住む木漏れ日の森の奥地に挨拶もかねて行くって、トムが……見に行くか?」

「何で俺たちが?あそこはグリードも出るからじいちゃんが危ないって……」

「だって……ホラ……」

 再びキノはニヤニヤしだした。

「うっ……じいちゃんだって!?」

 恥ずかしさでうつむいていたルーが反論しようと顔をあげたとき、そこには城の階段を下り、民衆の声援を浴びながら、メインロードの中央を手を振り歩くメルの姿があった。

 その距離は、ほんの数メートルである。こちらを向いたメルと目線が合う。すると、なぜかメルが妖艶に微笑みかけてきた。

 その瞬間。周りの歓声は聞こえなくなり、スローモーションな世界の中で、お互いが二人だけをはっきりと認識する。

 ルーは二人の間で確かに揺れる、運命のようなものを感じた。

「また、ボーッとして。冗談じゃよ、冗談。あんな危ないとこ行くわけないじゃろう。さぁ、いいものも見れたしぼちぼち買い物に戻るとするか」

 そう言うとキノはさっと身をひるがえし、再び群衆をかき分けていく。

 その顔にはさっきまでの笑顔は消え、けわしさを宿していた。


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