第1話 はじまりの光【少年】

─ここはどこだ?


 一寸の光も見えない闇の中に少年はいる。

 体は動かすことができず、ただ光を探し辺りを見渡すだけである。

 そんな時、どこからか微かに女がわらう声がした。頭を回し、その声の方角を探ると、自分より下、闇の底に一人の妖艶ようえんな美女を見つけた。ちょうど少年は空に浮き、女を見下ろすようなかたちになっている。

 女は両手を伸ばし、こちらへ何かを言っている。


─あぁ……よ……必ず……にい……


 最初、 何を言っているかわからなかった声がだんだんとはっきり聞こえてくる。重たい汗が頬をなぜる、気持ち悪い感触がする。


─あぁ、愛し……子よ……必ず……に行こ……千年……


 女は徐々にこちらへ這い上がり、近づいてくる。何か恐ろしいことが起きるのは本能的に感じてる。しかし、体は動かせない。逃げられない。もう女の端正たんせいな顔は目と鼻の先まで来ている。

 そして、女の左手が少年の右目に触れたとき、その声は完全に聞こえた。


─あぁ、愛しき我が子よ。必ず会いに行こう。ずっと、千年待った、そのきぼうを手にいれるために


 アハハハと甲高いかんだかい声で、女はもう一度、闇に嗤った。



            *



 地上からの朝日は木々の隙間をすり抜け、森にひっそりとたたずむ木屋こやに降り注ぐ。窓から射し込むやわらかな光は、銀色の髪に反射して輝いている。少年は目を覚ました。


「また、あの夢だ」

 最初の頃は夢に恐怖し、体を汗でぐっしょり濡らしながら勢いよく飛び起きていたが、一週間もそれが続けば不思議なもので、今まで通りに起きれるようになっていた。

「ルー、起きたか?今日は狩りの日じゃ。朝飯を作ったから、早く降りてこーい」 

「今行くよぉ~、じいちゃん」

 階下からの声に少年は返事をした。

 少年の名前はルー。ルーの唯一の家族である、じいちゃんの名前はキノという。

 ルーは眠たい左眼まなこを擦りながら、木目調の階段をゆっくりと下っていった。




朝飯を食べ終えると、さっそく二人は狩りへ向かう準備を始めた。

 ルーは着用したベルトに獲物を回収するための引き縄ひきなわ、解体するためのナイフを装着する。そして、採った果物やキノコを入れる大きなカゴを華奢きゃしゃな体に背負って準備万端だ。

 キノも同じように道具類を装備し、さらに大きなカゴを背負う。

 最後に、家のなかで最も光の当たるリビングの北側の壁に飾ってある猟銃二丁の内、下に飾っているものを手に取った。

「じいちゃん、いつも下の銃を使うけど、上のかっこいいやつは使わないの?」

 上の銃の銃身じゅうしんは純白に塗られ、木目のグリップには太陽のような彫刻がほどこされている。

「これはな、わしが昔使っていたもので今はもう使っていない、いわばお守りのようなもんじゃ。わしらが留守の間、この家を守ってくれているんだよ」

「ふーん。いつか俺が使おうと狙ってたんだけどなぁ」

「まあ、お前の体がゴボウからニンジンくらいまでなったら銃を教えてやるよ」

「ちぇっ。俺だって毎日鍛えてるんだけどな」

 そう言うと、ルーは袖をまくり力こぶをつくった。まだまだ白く細い腕ではあるが、鍛錬の成果はしっかりと浮き出ている。

 キノもそれを見ていためであろうか、

「……今日だけじゃぞ。」

 そう言って、ドアのほうへ歩き出す。

「やったぁ!」

 跳び上がるルーを余所目よそめに、キノはドアノブを右に回し外へ出る。ルーも勢いよくそれに続く。

 優しい光が二人を迎える。ありふれた、けれど幸せな日常はもう少し続く……。




 ここは、地下世界『深界しんかい』の『木漏れ日の森こもれびのもり』。

 空を覆う地上の岩盤はひび割れ、そこから漏れる光を求め木々が我先われさきにと上へ上へ伸びている。深界で日と月の光が当たるのは『木漏れ日の森』と『ルピス王国』だけである。


 果物とキノコの採取を終えた二人は見つけた一匹の獲物を追っていた。

「ルー、獲物やつはどこへ逃げた?」

「ちょっと待って」

 ルーは左目を閉じ、精神を研ぎ澄ます。

「見つけた!南西方向、百メートルの草かげに隠れ

てる!」

「了解。よし、銃を構えろ」

 ルーは息をのみ、照準を獲物に合わせた。緊張のために手は大量の汗で濡れている。

「これでもくらえ!」

そう叫んだ瞬間、草かげから見える獲物の耳がピクリと動いた。

慌てて引き金を引くも、時すでに遅し。

「バンッ」と銃声は鳴り響いたが、弾はあえなく獲物の横を通りすぎてしまった。

 ルーは撃った時の衝撃で、尻餅しりもちをついている。

「何で、撃つときにわざわざ叫ぶんじゃ!」

 キノはルーの脳天めがけ、必殺チョップをくりだした。炸裂。

「痛ってぇ!だって……」

「だって、じゃないわ!さぁ、追うぞ!」

 もう一度脳天必殺チョップをくりだし、キノは軽快に走り出した。




 十分後。

 二人は再び草かげに、獲物を発見した。

「今度は大声を出すんじゃないぞ」

「わかってるさ」

 ルーは教えられた通り中腰になって、銃を構えた。キノは後ろから覆い被さるような体勢になり、その大きな手でルーの手を支える。

 二人の目は真っ直ぐ獲物を捉えている。

「ルー、撃つぞ。三、二、一……」

 スローモーション。

 ルーが引き金を引く。反動でカゴから色鮮やかな果物とキノコが宙を舞う。

「バンッ」という銃声と共に、今度は草かげから青い血が飛沫しぶくのが見えた。

「おぉ!こりゃでっかいジゴクウサギじゃ。このぶっとい大根みたいな耳は、市場に明日行って売ったら良い値だんがつくんじゃないか」

 捕まえた獲物の足を持ち上げ、キノは血抜きをしながら言った。


※深界生物File No.1

『ジゴクウサギ』…闇のなかで暮らすために赤い目と大きな耳をもつ白いウサギ。耳と目は主に装飾品

として使われる。身は鳥のようにしっかりした歯ごたえでヘルシー。耳はコリコリして珍味としても扱われるぞ!


「逃げ足の早い、ジゴクウサギは市場でもレアだからな!」

「その逃げ足に、どれだけ苦労したことか。誰かさんのせいで……」

 キノはルーを睥睨へいげいした。

「う、うるさい。その度に見つけたのは、俺の直感力のおかげだろ!」

 ルーには右目がない。

 生まれた時に魔女の襲撃によって奪われてしまった。

 その際、両親も魔女によって殺されてしまったと、キノから聞かされている。

 今、右目は糸によって縫われ、閉ざされている。

 一方で、右目の欠損けっそんを補うように、ルーの直感力は普通の人間に比べて飛躍的に進歩している。

「まぁ、ルーの初狩りもめでたく成功したことだし、今日はそろそろ引き上げるかのぉ」

「だな!」

 森は夕焼け色に照らされている

 木漏れ日の森は夜になると微かな月明かりを残し、暗闇へと姿を変える。

 そうなる前に二人は帰路についた。



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