158 李香、白麗の笛の音に限りある命を想う・その5



 胸の前で腕を組んで少し体を傾げた荘興は、小さな子どもに世の中の理を噛んで言い含めるような静かな口調で答える。


「園剋は大恩ある舅の息子で、腹違いといえども李香の弟。

 わしには義弟で、そしておまえたちには叔父である。

 最後には毒蛇の首を斬って落とすにしても、園剋によほどの落ち度があったと知らしめない限り、手を下した我々は泗水の縁戚のものたちに恨まれる。

 そして世間にそしられる。


 泗水と世間の信頼をなくせば、荘本家は安陽進出どころか屋台骨すら傾くと、おまえは思わぬか?」


「では、その日は、おれも警護を兼ねて本宅に行かせてください」


「いや、それは叶わぬ。

 刀を携えた警護はいらぬ。

 かえって園剋を用心させるだけだ。

 やつの企みは読めている。」


「父上も、毒蛇と萬姜の企みをすでにご存じと……」


「園剋は自分の保身から、萬姜は主人に対する忠義の心から、白麗と康記の仲を取り持とうとしている。

 それをこちらとしてはどう利用するかだ」


「そのことを知っていて、父上は、白麗を行かせようと……」


 荘興が傾けていた体を起こした。

 真正面から英卓を見つめる。


「おまえは白麗に惚れているのか?」


 突然の予期せぬ父の問いだった。

 英卓は正直に答えるしかなかった。


「麗は……、いえ、白麗はまだガキです。

 からかって遊んでやるには面白いですが、惚れるとかそういうことは」


 白麗を女として意識とすると頭が割れるように痛むとは言えない。


「そうか……。

 白麗はおまえにたいそう懐いていると聞いていたが。


 いずれ白麗は、荘家の男の誰かにその行く末を任せようと考えている。

 天涯孤独でこの中華大陸をさまよっていた身だ。

 この慶央で、末永くあのものを守ってやるにはそれしかない。


 わしの妻に迎えようと考えていた時もあったが、残念ながら老い先の見えている身だ。おまえが白麗に惚れていないと言うのであれば、いまのところ康記が相応しい。 


 康記は白麗に惚れている。

 あれはまだ若いが数年後には一人前の男となるだろう」


 そこまで言って、荘興は話を元に戻した。


「本宅に向かうのは、白麗と萬姜、そして但州と春仙の四人。

 但州は察しがよく、春仙は賢い。

 二人とも状況を読んでうまく立ち振る舞ってくれるだろう」


 しかしながら英卓は父・荘興の言葉を聞いていなかった。

 先ほど廊下ですれ違った萬姜の顔を思い出していた。

 嬉しくてたまらないという笑みを浮かべていた。

 そういうことだったのか。


 ……あの雌鶏が。

  麗を守るために口煩く騒がしいのは許せるが、今回ばかりは許せぬ。

  あの小さな頭でくだらぬことを企んだな……


 あまりの腹立ちに、彼は奥歯をぎりぎりと噛み締めた。

 荘興の言葉が続いた。


「園剋はひそかに私兵を募っている。

 その数はすでに数十人とか。

 ことの終わりが見えるころには、おまえにも命をかけた重要な役割を負ってもらうことになるだろう。

 英卓、その日のために鍛錬に励め」


 そして最後に、彼は独り言のように呟いた。


「白麗の笛の音を聴けば、李香の頑なな心に何かが起きる。

 あの笛は、そういう不思議な力を持っている」

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