156 李香、白麗の笛の音に限りある命を想う・その3
「お前たち母子がこの屋敷に来て、この秋で二年となるのか」
「いつのまにか、そのように長い月日が過ぎてしまいました」
その後、二人の間にしばしの沈黙があったのは、それぞれの胸で去来する二年間の出来事に想いを馳せていたからだ。
しかしそれは決して不愉快な沈黙ではなかった。
萬姜よりもはやく我に返った荘興が言った。
「おまえを呼んだのは他でもない。
白麗のことで、おりいって頼みたいことがある」
「荘興さまとお嬢さまのお役に立つことでしたら、この萬姜、いかようなことでも尽力を惜しみません。
ご遠慮なくお申し付けください。」
「萬姜、そのように片肘張るようなことを頼むわけではない。
以前から、李香が白麗の笛を聴きたいと言っていた。
しかしながらあれも病弱で寝たり起きたりの日々である。
また、白麗も長く病を得ていた。
それで、今までことを運ぶことが出来なかった。
このたび妻も小康を得ていることもあり、また白麗も元気になったとのことで、その願いを叶えてやろうと思う」
「それはよいことにございます。
お嬢さまの笛の音を聴けば、奥様の気も晴れることでございましょう」
「そう言ってくれるとありがたい。
だが、ことが簡単に運ばぬ困ったことが一つある。
それで今日はおまえを呼んだのだ」
荘興の顔がその困ったことに曇った。
しかし曇った表情の奥に、それを楽しんでいる様子が見て取れる。
つられて萬姜も口元を袖で隠して笑う。
「さようでございます。
本当に困ったことが一つ……」
「そのとおりだ、萬姜。
白麗は自ら気が向かぬと、笛を吹かぬからな。
そのうえに言葉が不自由だ。
本宅に
そこでだ、萬姜。
おまえに何かよい知恵はないか?」
荘興の期待に応えねばと、小首を傾げてしばらくの間、萬姜は考え込む。
そして顔を上げた時は、その目を明るく輝かして「名案がございます」と答えた。
「春仙さまに手助けしていただいてはいかがでございましょうか。
お嬢さまは春仙さまの琵琶の音がことのほかにお好きでございます。
春仙さまもご一緒されたら、よいと思われます。
奥さまの前で春仙さまの琵琶と弾き合わせが出来ると知れば、お嬢さまは喜んで赴かれる気になることと思います」
「おお、それはよい。
さすがに萬姜だ、よいところに気がついた。
春仙にはわしから頼んでおく。
日が決まれば知らせる。
手数をかけたな、もう下がってよい」
……荘興さまに頼りにされた。
そして、奥さまがお嬢さまに会いたいとおっしゃっておられる。
康記さまとお嬢さまの仲が、これできっと、よい方へと向かう……
嬉しさあふれる笑みを隠し切れない。
白麗の部屋に戻るために萬姜が廊下を急いでいると、向こうから英卓・堂鉄・徐平の三人が来た。
荘興に呼ばれたのか、それとも報告ごとでもあるのか。
それにしてもまたまた鬱陶しい男三人の壁の出現だった。
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