146 白麗、その意味を知らぬ嫉妬に泣く・その7



 今朝のこと、白麗を遠出に誘おうと出かける支度をしていたと康記を呼びつけて、園剋は言った。


「どのような手段を使ってもよい。

 あの白麗の身も心もおまえのものにせよ。

 それも一年以内にだ」


 春兎という女を与えてもらいながら、心が白麗に向いていることを叱責されるものだとばかり思っていた。

 梅見の宴で園剋は白麗に恥をかかされている。

 恨みがあると思っていた。

 納得のいかぬ叔父の言葉だ。


「叔父上、なぜに?」


「荘本家が安陽への進出を決めたことは、おまえも噂で聞き及んでいるだろう。

 一年以内に、荘興は三人の息子のうちの誰かを安陽に行かせると言っている。

 健敬と英卓と、そしておまえのうちの誰かだ。

 しかしだな、選ばれる息子は絶対におまえでなければならない」


「おれに、安陽に行けと言われるのですか?」


「おまえ一人ではない、おまえとおれだ。

 我々二人は安陽に行かねばならぬ。

 なぜなら、もし李香に何事か起きた時、この慶央では我々の生きる場所がないからだ」


 感情を露わにすることなど滅多にない園剋がこの最近、露骨に苛立ちを見せるようになった。

 それは五年ぶりに戻ってきた英卓に関係していると思われる。

 しかしその理由を訊いても叔父は決して答えてはくれないだろう。


「どうした。白麗が嫌いか?」

 今度は、園剋が荘記に訊く。

「あっ、いいえ。

 白麗とおれと安陽がどのように結びつくのかと……」


 白麗という名前を聞き白麗という名前を口にするだけで、口の中が乾く。

 これが恋か。


 女も金も何不自由なく生きてきて、十六歳で世の中のことはすべて知っているつもりでいた。

 しかしそうではない。

 恋すら知らなかった。


 自分の知っている世界は、すべて叔父に与えられたものばかりで形作られているのだ。いままた、叔父は白麗とともに安陽に行けと言う。


 心の内を読まれまいと目を伏せた康記に、園剋は言葉を続けた。

 珍しく饒舌だ。

 初めて見る叔父の焦りだ。

 自分の知らないところで状況は差し迫ってきているのか。


「おまえのものになったあの女が安陽行きを望めば、荘興も許すしかない。

 あの女はそういう女なのだ。

 だが一筋縄ではいかぬぞ。

 わかっているようでわかっていない、わかっていないようでわかっている。

 言葉は喋れないが、あれはそういう不思議な女だからな」


「しかし、いまの白麗は英卓兄に心奪われている様子に見えます」


 伏せていた顔を上げて、康記はすがるような目で園剋を見た。

 背だけはひょろひょろと高くなったが、まだまだその心は子どもだ。


「案ずることはない。

 英卓は片腕がなく、顔には醜い火傷の痕もある男だ。

 白麗も若い女であることに違いはない。

 そのうちに目も覚めるだろう。


 それにこちらには萬姜という力強い味方がいる。

 まあ、萬姜は自分の立場を理解していないようだが、それはそれでこちらには好都合というもの。


 あとはこのおれに任せて、おまえは白麗の気を惹くことだけを考えておればよい」



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