145 白麗、その意味を知らぬ嫉妬に泣く・その6



 荘興と正妻・李香の次男である康記は十六歳になったばかりだ。

 長兄の健敬は三十歳に近く、父・荘興の片腕として荘本家を支えそして妻帯もしている。


 健敬に続いて女の子を産んだ李香は、その後、夫と閨を共にすることを拒んだ。

 彼女には慶央の水が合わず、体の不調に苦しんだこともある。

 そして何よりも、彼女は夫・荘興の血生臭い生業を嫌った。


 とことがある日、突然に、彼女は三番目の子を欲しがった。

 それに荘興が応え、望み通りに身ごもり難産の末に康記を得た。

 しかし病弱だった彼女の体に出産は負担となり、その後は寝たり起きたりの暮らしだ。


 しかしながら命をかけて産んだ子だ。

 李香は康記を溺愛し、彼を夫に近づけようとしなかった。


 そのために、康記は慶央郭壁内にある本宅の母の下で我儘な男として育った。

 李香の腹違いの弟・園剋が後見人を気取り始めると、その我儘にいっそう拍車がかかった。


 十五歳で紅天楼の春兎というなじみの妓女までつくり、毎日、悪友たちと街を練り歩く。そして荘本家の威光を借りての悪行三昧。


 見かねた荘興が何度か戒めようとした。

 そのたびに病弱な李香が涙ながらに康記をかばう。

 園剋を怖れている本宅のものたちも口を揃えて言った。


「康記さまはまだお若いのです。

 そのうちに、分別をわきまえた大人になられるでしょう」


 荘本家を立ち上げるにあたっては李香の実家の財力に助けられている。

 そのうえに長年、妻として李香をないがしろにしてきたという負い目が荘興にはある。また毒蛇とあだ名される底知れぬ不気味さを持った園剋を刺激したくもなかった。


 幸いにして健敬が李香と園剋の影響を受けることなく育ち、今では荘本家の跡取りとして覚悟を決めている。

 彼は何事にも中庸を好み穏やかだ。

 よい補佐をつけてやればじゅうぶんに務めを果たすだろう。


 康記の現状については頭の痛い問題だと思いながらも、十六年間、荘興は見て見ぬふりをしてきた。






 いなないて体を揺する黒輝の首を叩いてなだめながら、康記は白麗を待っていた。


 黒輝は、彼が十五歳となった日に、叔父・園剋より妓女の春兎とともに与えられた牡馬だ。

 その名前の通り黒毛で額の星と四本の足の蹄近くの毛だけが白い。

 体格といい気性といい、若造にはもったいない名馬だ。


「そのような馬は、おまえにはまだ早い」

 案の定、父・荘興は、康記が黒輝を乗り回すことによい顔をしなかった。

 しかし、園剋が押し切った。

「手に入る最上のものこそ、康記にふさわしい。

 康記はそういう運命のもとに生まれてきた」


 向こうから白麗が駆けてくる。


 乗馬にふさわしい簡素な格好で化粧もしていないが、二輪にして結われた真白い髪が、足取りに合わせて跳ねるさまが愛らしい。


 黒輝がひときわ高くいななき、落ち着きなく前足で地面を掻く。

 白麗を乗せる喜びにじっとしていられないのだ。

 真白い髪の少女は十六歳の康記の心も虜にしたが、四本足の黒輝の獣の心もまた奪った。





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