144 白麗、その意味を知らぬ嫉妬に泣く・その5



深まった秋の日差しが長く伸びて、濡れ縁にひときわ明るい陽だまりを作っている。


 その中で、日差しを跳ね返して輝く白麗の真白い頭と嬉児と梨佳の黒い頭三つが、くっついたり離れたりしていた。くっつき過ぎてぶつかると三人はくすくすと楽しそうに笑い合う。


 庭の遅咲きの赤い花を集めて絞った汁で、梨佳が白麗の形のよい爪と萬嬉の小さな爪を染めてやっていた。


 筆に含ませた赤い汁を爪に塗り、乾くと手布で拭きとりまた塗る。

 何度も繰り返すと、白い爪がほんのりと薄桃色に染まった。

 お互いの爪の色が気になって白麗と嬉児が身を乗り出すものだから、時々、三人の頭がぶつかるのだ。


 白麗はむろんのこと、婚約の調った萬梨は幸せに輝き萬嬉も愛らしい。


 日差しの届かぬ部屋の隅から、萬姜はその様子を静かに見守っていた。

 鬼子母神の縁日で白麗に母子の命を救ってもらってから、はや一年が過ぎた。


 





 部屋の外で案内を請う声がした。

「どうぞお入りを……」を応えれば、気配を消した允陶がするりと入ってくる。


 遊びに興じる女たちの邪魔をしたくないとの配慮であろう。

 彼は萬姜の耳だけに届く小声で囁いた。


「康記さまが来られた。

 白麗さまを遠出に誘うとかで、外で待っておられる。

 支度を急がれよ。

 それからこれは手土産だとことづかった」


 允陶が差し出した持ち手のついた竹籠の中は、その形も凝った美味い菓子だと見なくてもわかる。

 康記は若いが女心を喜ばせる気遣いの出来る男だ。


「康記さまにはいつもお心遣いをいただき有り難く思っています。

 すぐに参りますとお伝えください」

 そして萬姜は白麗に声をかけた。

「お嬢さま、康記さまがお待ちですよ」


 白麗は両手を目の高さにかかげ、萬梨に染めてもらった爪を小首を傾げて眺めていた。きらきらと輝く柔らかな陽だまりの中ということもあって、一幅の絵にして留めておきたいような光景だ。


 萬姜の呼びかけにゆっくりと顔だけを巡らし、白麗はその白い顔に輝くような笑みを浮かべた。

 毎日世話をしている女の萬姜ですら見とれる美しい笑顔だ。

 まして男の允陶ははっと息を飲み、立ち上がるために浮かした腰が途中で固まった。


 しかしその笑顔のままで、白麗は無邪気な声で叫んだ。


「ウ・マ!」


 腰を浮かしたままの允陶が微かに失笑する。

 萬姜はうろたえて恥ずかしさに頬に血が上った。


 遊び慣れた康記が女の喜ぶ芝居見物や小店の建ち並ぶ市場に誘っても、白麗はまったく興味を示さなかった。

 しかしある時、戯れに愛馬の黒輝に乗せるとこれを喜んだのだ。


 それより、康記は屋敷に来ると白麗を黒輝の前に乗せて軽く駆ける。

 今では屋敷の外より出て少しばかり遠出もする。


 言葉の不自由な白麗は「ソ・ウ・コ・ウ」「エ・イ・タ・ク」とは言える。

 しかしながら彼女は康記の名前が覚えられない。

 萬姜は荘記の名前を繰り返し教え込むように言ってはみるのだが、白麗は康記を「ウ・マ」と呼ぶようになった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る