141 白麗、その意味を知らぬ嫉妬に泣く・その2
「でも、でも、お母さま。本当に大変なことに……」
「一年後にはあなたは如賢さんの妻となり、いつかは人の子の親ともなる身ですよ。そのように、いちいち騒ぎ立てどうします?」
「お母さま、申し訳ありませんでした」
母の叱責に落ち着きを取り戻した梨佳がぺたりと座り込む。
萬姜は膝の上に広げていた着物を、ことさらゆっくりと畳んで片づけた。
しかし二度目のため息が漏れてしまうのを抑えることは出来ない。
「さて、お嬢さまのお部屋に参りましょうか。
あなたは箒と雑巾の用意をして、あとから来なさい」
「はい、お母さま……」
白麗の部屋に一歩足を踏み入れる。
ひっくり返った盆と中身をまき散らして転がった碗と二つに割れた皿。
それらを踏まないようにと気をつけながら、寝台のある隣の部屋の垂れ布を引き上げる。
ここでも白麗はひとしきり暴れたようだ。
衣桁が倒されて、明日のためにと用意された着物がその下で丸まっている。
さすがに黒檀の重い飾り棚は無事にその場に立っていた。
しかし飾られていた置物はことごとく落ちている。
どれも壊れていなことを目の端で確かめる。
このようなことが二度ほど続いたあと、女主人に投げられても壊れないものに並べ替えておいた。自分の機転を気づいた誰かが褒めてくれてもよいものをと思いつつも、いまはそんなことを考えている場合ではない。
寝台の上に身を投げ出した白麗が泣いていた。
細い指は骨が浮き出るほどに強く布団を握りしめ、よほど悔しいのか悲しいのか時々足をばたつかせている。
傍らに嬉児が座り込み、しゃくりあげるたびに大きく上下する白麗の背中を、その小さな手で撫でていた。
……おやまあ、何度言ってきかせても慌てる姉の梨佳よりも、幼いこの子のほうが肝が据わっている……
感心しながらも、萬姜は言った。
「嬉児、あとはお母さまに任せて。
お姉さまを手伝って隣の部屋の片づけをしておいで」
母の言葉に嬉児は素直に頷いて寝台の端から下りて、姉のいる隣の部屋に駆けていった。その後ろ姿を見送った後、女主人がつっぷしている寝台の端に萬姜は静かに腰をおろす。
彼女の気配をさっした白麗が身を起こすと、萬姜の豊かな腰に抱きついてきた。
再び火がついたようにわっと泣きじゃくる白麗を膝のうえで優しく揺すってやりながら、彼女の乱れた真白い髪の頭を撫でて慰める。
毎朝、その短い髪をなんとかまとめて小さな髷をつくり、その根元に簪をあしらっているのだが、髷は解け簪もどこかに飛んで行ったようだ。あとで探さねばと思いながら、ここに来るまでに何度もついたため息をもう一度吐き出す。
嗚咽もだんだんとおさまり、しゃくりあげるたびに大きく上下していた白麗の細い肩も動かなくなってきた。
「エ・イ・タ・ク……」
つぶやいた白麗は大きく肩を震わせて、そしてそれを最後に静かになった。
泣き疲れて寝入ってしまった。
七歳の萬嬉よりも彼女の心は幼く純粋だ。
そしてその純粋さに自分もそして英卓さまも命を助けられたというのに。
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