萬姜、女主人の行く末を案じる
140 白麗、その意味を知らぬ嫉妬に泣く・その1
自室で冬物の着物のあれやこれやを広げて、萬姜はひとり思案にくれていた。
本格的な冬到来の前に、子ども達の合わせや綿入れの着物の何を仕立て直して何を新調するのか、調べておかねばならない。当然ながら、育ち盛りの範連と嬉児の昨年の冬の着物はすべて小さくなっている。
そして梨佳にいたっては、あれよあれよと言う間に荘家の養女となっての嫁ぎ先が決まってしまった。嫁入り支度として、着物だけではなくあれこれと整えなければならないものがある。
「養女となる以上、本来なら妻の李香が取り仕切らねばならないことだが。
李香は病身であるので、すべておまえに任せる。
しかしながら、安陽は遠い。
身一つで来られよとは、沈家の意向だ」
荘興さまよりお言葉はいただいている。
ありがたいご配慮とは思う。
しかし、娘を嫁がせる母親としてはその言葉に甘えてばかりではいられない。
昨日は、呉服商・彩楽堂の主人と古物商の汪峻の突然の来訪を受けた。
「梨佳お嬢さまのご婚儀が決まられたと聞きました。
まことにおめでとうございます。
お仕度でお入り用なものは、なんなりとお申し付けください」
彼らは丁寧な挨拶のあとに口を揃えて言った。
同席していた允陶がいつもの律義な表情を崩すことなく言う。
「萬姜、明日からは慶央中の老舗の主人たちが押し寄せてくるぞ。
覚悟しておいたほうがよいな」
秋も深まってきているというのに、噴き出した冷や汗で萬姜の着物が濡れた。
こういうことにはあまりにも経験不足だ。
不幸な生い立ちの梨佳の母親代わりとして彼女をここまで育てたが、三十歳になったばかりの萬姜はまだ娘を嫁がせるほどの歳ではない。父と母が生きていたらどんなにか喜び、そして手助けを惜しまなかったことであろうかと思ってしまう。
そうだった、新開にある両親と夫の墓に長らくお参りもしていない。
慶央で無事に暮らしていると報告したら、墓の中で三人とも驚きそして安堵することだろう。
梨佳の実の母である姉の墓にも、梨佳の婚儀が決まったことを知らせたい。
与えられた一年という時間は長いようで短いのだ。
そうとわかっていながら、萬姜の着物を広げる手は止まる。
あれこれと思案ばかりしてしまう想いは、まるで尻尾を追いかけてその場で回り続ける犬のようだ。
そういえば、昨年の冬に彩楽堂で誂えた白麗お嬢さまのお着物が、着丈も裄もどこも直す必要がない。
雨後の筍のような七歳の嬉児と同じとまでは思わないが。
それでもまだ背の伸びが止まるというお歳でもないはず。
考えなければならないことやしなければならないことが、いまの萬姜には山のようにあった。
「お母さま!
お嬢さまのお部屋が、またまた、大変なことになりました!」
女主人の世話を任せていた梨佳が息急き切って部屋に飛び込んできた。
着物を手に物思いにふけっていた萬姜は我に返った。
大きなため息が漏れたのは、物思いを中断させられたためか。
それとも、梨佳の「またまた」という言葉に思い当たったためか。
「落ち着きなさい、梨佳。
大声を出してはなりません」
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