138 荘興、沈明宥と義兄弟の契りを結ぶ・その3



 十日後の荘本家屋敷で、沈明宥と孫の如賢の送別の宴が催された。


 荘興と明宥が義兄弟の契りを交わしたこと。

 そして安陽進出のこと。

 この席に侍るものたちは皆すでに知っている。


 安陽進出は荘本家の悲願でもあったが、それが容易でないことに荘興の心が今まで定まらなかったことも、皆はまた知っていた。

 それゆえに、今夜の酒の旨さは格別だ。


 宴席には、荘興の三人の息子たち、健敬・英卓・康記の三人も並んでいた。


 彼らのうちの誰が安陽に来ることになるのだろうかと明宥は思う。

 しかし、「賽は投げられたのだ、思い煩うことはない」と思い直した。


 山賊に襲われたことで、安陽に戻った彼に息子たちは隠居生活を強いるであろうし、彼も荘本家を迎える準備で忙しくなるはず。

 彼にとっては、これが異郷で味わう最後の美酒となる。


 その時、萬姜に付き添われた白麗が、笛を片手にその姿を現した。

 皆が盃を持つ手をとめて、「おお!」とどよめく。

 

「白麗の笛を皆に披露するのは、梅見の宴以来となった。

 病も癒えて、笛が吹けるようになったのはまことにめでたい。

 長寿を約束すると言われている笛の音を、皆も楽しんでもらいたい」


 そこで言葉を切った荘興は座を見回して言葉を続ける。

「だが、白麗に笛を奏でる気があればだが……」


 荘興の言葉にどっと笑い声が起きる。


 自分がここに立っている状況をよく理解できていないようで、 真白い髪の少女は挨拶もせず突っ立ったままだ。


 少女の視線が英卓一人に向けられている。

 それを受け止めた英卓が笛を吹くようにと、これもまた目で促す。

 それに応えて少女は笛を構えた。


 今までは、自分を頼ったはずだが……。

 めでたい宴でありながら、荘興は一抹の寂しさを覚えた。


 この席で白麗に見惚れていない男は、唯一、如賢だけであろう。

 彼の舌は美酒を味わい耳は白麗の笛の音を聴いているが、その目と心は白麗の横にひかえている梨佳一人に注がれていた。


 一年後、荘興の三人の息子の誰かが安陽に上って来るときに、荘家の養女となった彼女も来る。彼らの祝言はその時にと決まった。


 一年の別れは辛いが、その後の長い幸せを想えば耐えられる。







 荘本家の安陽進出の噂は、慶央郭壁内にある宗家本宅にいる毒蛇・園剋の耳にも届いた。


 銅山で英卓を亡き者にしようと企てて失敗した。

 その後、荘興によって、配下のものをことごとく殺され、資金源も断たれた。

 荘興の妻の弟そして末子・荘記の叔父としておとなしく過ごしているが、当然ながらそれは彼の本意ではない。


 ……荘興のやつめ、ついに安陽進出を決めたのか。

 三人息子のうちのいずれかを安陽に送り出すとか。

 ならば、それは康記に決めてもらわねば困る。

 幸いなことに、康記は白麗に惚れている。

 あの白麗という女子を手懐ければ、運は再びこちらに向かってくるはず……


 園剋の立場として、このまま慶央にとどまるということは、荘興に飼殺しにされるということだ。

 姉の李香が死ねば、本当に殺される。

 康記とともに安陽に逃れれば、巻き返す望みもあるだろう。


 先が二つに分かれているという赤い舌をちろちろとさせて、彼は唇を舐めた。





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